11話 柚とスカート_2
話の流れの関係でちょっと更新日変更しています。
彼女、琴宮奏はちょっと変わった女の子だった。
僕のことを昔からの友達であるかのように、遠慮なく話しかけてくる。今日が初対面のはずなのに、そんなこと少しも思わせないような態度に僕の方が戸惑った。
なにより、奏は僕の事をこう呼んだ。
「柚ちゃん」
その呼び方は、小さい頃お母さんからしか呼ばれたことがない。今ではお母さんも『柚』と呼ぶし、僕のことを知っている人はだいたい『柚君』と呼ぶ。
だから奏のその呼び方は、僕を一人の女の子として扱ってくれているみたいで、なんだか嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げてきてしまう。
「ここはこうでー。あ、この数字違う。こっちの公式見れば分かるよ」
「あ、なるほど」
そして奏は頭が良かった。地頭が良いと言えばいいのか教え方が上手で、短い間で要点を押さえていく。カラオケの部屋は2時間しか取っていないけど、その時間だけで一学期の数学がある程度理解できるようになった。
「今日はこんなものかな? よーし、じゃあ歌おう! 急いで歌えば一人一曲いけるよ!」
「え、今から?」
「もちろん、勉強するだけじゃもったいないでしょ」
備え付けの電話から残り10分のコールを受けると、奏は急いで曲を入れる。
そこで僕は、こうやって誰かとカラオケに来ることが初めてだとやっと気づく。奏のアップテンポなポップスを聞きながら、なにを歌っていいかもわからないまま、聞き覚えのあるCMソングをとりあえず入れる。上手く歌えたのかは全然わからなかった。
終わってしまえばあっという間の2時間で、時間ギリギリになったのもあって急いでカラオケ店を出る。
講師代としてカラオケ代は全額払おうとしたけど、なぜか奏は受け取ろうとしなかった。なんとかドリンクバーだけ奢らせてもらったけど、300円足らずじゃ奏の労力にはぜんぜん賄えていないような気がした。
「あ、そういえば今日お母さんに買い物頼まれてたんだ……じゃあまたね、いつでも連絡していいから!」
帰り際に連絡先を交換すると、奏はそう言って僕が呼び止める間もなく去ってしまった。慌ただしく駆けて行くその背中を見つめて、カラオケ店の前で一人になると、なんだか妙に寂しい気持ちが胸の中に残った。
その夜、スマホの画面には教えてもらったばかりの連絡先が浮かんでいた。
いつでも良いとは言っていたけど、その日の内に連絡して迷惑がられないかなと考えてしまう。でも自分の中のもう少し話したいという欲求に勝てず最終的にボタンを押した。
数回のコールの後、ぷつりと音と共に奏の声が聞こえた。
「か、奏?」
そこでようやく、柄にもなく緊張していることに気づく。第一声はカッコよく決めたかったはずなのに、僕の声は明らかに裏返っていた。
『ん、柚ちゃん。なーにー?』
僕の緊張とは裏腹に、返ってきたのはどことなく間延びした、少し眠そうな声。その声は僕の緊張を一瞬で溶かしてくれる。
「えっと……ほとんどお互いのこと話してないから、もう少し話したいと思って」
『うん、大丈夫だよー。そういえば今日勉強しかしなかったしね……何話そっか?』
ほとんどお互いの事を知らなかった僕達は、自己紹介するようにパーソナルなことを話す。初めて見た時は目立つ女の子だと思ったけど、話をすればするほど奏はいたって普通の女子高生だった。
学食の美味しいメニュー、宿題の意地悪な問題、お母さんがちょっとウザいこと。取り留めのないその話は、『普通』に憧れがあった僕にはちょうど良くて、それは望んでいた高校生らしい会話でもあった。
そんな話をしながら、僕は会話の中に出た気になることを聞いてみる。
「幸太郎君ってこの前見た男の子だよね? どんな人なの?」
奏ほどのスペックの高さなら、もちろんあの男子ともよく話しているのだろう。僕だって男の子に興味がある。男子がいるクラスというのはどんなものなのか、ずっと興味があった。
『私あんまり関わってないからわかんないんだよね』
けどその答えは意外とそっけないものだった。
そう言われて、この間も男の子と一緒に帰っていなかったことを思い出す。
もしかしてすでに許嫁がいるとか、将来的にお見合いするとかの予定があるからだろうか、とかいろいろな予想が思い浮かぶけど、今日初めて会った相手にそこまで突っ込んだ話はさすがに聞けない。
もう少しその男の子のことを聞きたかったけど、時間も遅くなってきたのもあって、奏からもうそろそろ寝たいなと言われてしまう。
「よ、よかったら、また勉強教えてくれないかな」
『いいよー。またカラオケでいい?』
「毎回移動するのも悪いし、図書室とかでもいいかなって思ってるんだけど」
『図書室ねぇ、あんまりお話しできないんだ。図書委員が厳しくて、話してたらすぐに注意してくるの。二人でやるならカラオケの方がいいなー、あそこならついでに歌えるでしょ』
それはすでに経験済みなのか、図書室ってそんな感じなんだと思う。確かに教えてもらうなら声を出しても気にならない場所の方がいい。
「日程はいつにしよう? 僕はしばらく仕事もないし余裕はあるけど」
『私も基本大丈夫だよ、先に日程決められれば押さえておけるから』
そこから相談して、毎週水曜日に勉強会を開くことになった。僕の予定も今のところ水曜日は埋まっていない。
「じゃあまた来週の水曜日に」
『オッケー、玄関で待ち合わせしよ。もしわからないとこまとめておいてね』
「分かった。といっても僕も何が分からないか分からない状態だけど」
『大丈夫、なんでも聞いてくれていいからね! 私に任せなさーい!』
「なにそれ……でも、ありがとう。頼りにしてるよ」
『うん、頼りにして。あっ、そういえば』
電話を切ろうとしたその時、奏が思い出したように言う。
『柚ちゃんのモデル姿みたよ』
その声に、僕は少しだけ息を呑んだ。そして、できれば見てほしくなかったなと思う。
モデルとしての『Yuzu』は、見た目はもちろん表情や雰囲気含め完璧に男になりきっている。それを一度見てしまうと、クラスメイトと同じように、どこかに『男』を意識して話しかけてくることが多い。
だから奏に『男装似合うね』なんていわれてしまったら、僕は次奏とどういう距離感で会えばいいんだろう。奏が喜ぶように『Yuzu』として行かなきゃいけないんだろうか、でもそれは奏と一緒に勉強をしている『柚』とは別人で……そこで僕はただの『柚』として奏と話をしたいことに気づく。
僕がそんな恐怖感を抱えていることを知らずに、通話の向こうにいる奏は言った。
『でもやっぱ柚ちゃんはスカートも可愛くない?』
初めて聞くその感想に、僕は耳を疑った。それは今まで誰も言ってくれなかった言葉。二度と言われることはないだろうな、と思っていた言葉。
「……ご、ごめん。ちょっと電波悪くてよく聞こえなかった」
はっきりとその言葉は聞こえてたのに、口は勝手にそう動いた。
『えっと、だから柚ちゃんはスカートも可愛いなって』
だけどそれは聞き間違いなんかじゃなく、奏はなんの疑いもなくそう言っていた。
「……そ、そう、かな?」
『うんうん、柚ちゃんももっと可愛い服着るべき。絶対可愛いから』
まだ出会って一日の女の子、奏。
でもその一日だけで、奏は僕の世界の全てを塗り替えたのだった。




