10話 柚とスカート_1
女性が圧倒的に多いこの世の中では、『男性』という要素が少しでも見えると爆発的な需要が生まれる。
数えるほどしかいない男性俳優がCMで化粧品を紹介すればすぐ売り切れになるし、男性が歩いていた、と噂になれば自然とそこに人は集まる。たまたま男性にコンビニのレジでお釣りを手渡ししたとSNSで自慢すれば、軽く炎上して社長が謝罪することになる。
男性は注目を集めるためのジョーカー的存在で、メディアや雑誌もいかに男性を出演させるか、各々頭を悩ませていた。
そんな世の中だから、たとえ女性だとしても『男性っぽい』という理由だけでお金になったりもする。
僕、河鹿柚は見た目が男の子っぽい、というだけでスカウトされた雑誌モデルだ。
「はぁい! いいよー! 今日もバッチリ決まってるねー!」
フラッシュの光に瞼が動かないように意識しながら今日の撮影を終える。今まではウェブメディア中心の仕事が多かったけど、仕事をこなすにつれ求められている『男性っぽさ』が分かってきて、最近やっと雑誌に載れるようにもなった。
「はい! OK! 確認するから柚君はちょっと待っててくれる?」
カメラマンのその声に、お礼を言って端の休憩スペースに移動した。ほっと息を吐き出して乾燥してしてしまった眼を休ませる。
「柚君、お疲れ様ー。これで撮影ラッシュは乗り切ったね」
マネージャーさんがペットボトルを渡してくれて、中の水を飲み干した。今日の撮影はまとめ撮りだったから、今頃外は真っ暗だろう。
「……今予定してる大きいのって、これで最後でしたっけ?」
「そうだねーひとまず落ち着いたかな。しばらく余裕あるはずだから、ようやく柚君も学校に行けるね」
「そうですね」
いわゆる『男性枠』で百合が原高校に入ったはいいものの、仕事の方が忙しくなってきてしまい一学期はほとんど登校できずに夏休みに入ってしまった。その夏休みも楽しむ暇もなく仕事で終わってしまいそうで、今気にしているのは勉強とか宿題のこと。
一学期はさすがに期末試験にはいかないと、と試験だけ受けたものの散々な結果だった。もともと授業に出ていなかったこともあるけど、撮影の合間での勉強時間だけじゃ全然追いつけない。百合が原高校は進学校だから授業も速くて、それが悩みの種だった。
そもそも出席日数が足りないと留年の危険性だってあるし、せめて成績くらい平均点くらいをキープしたいところだけど……少しだけ残った夏休み、勉強ばっかりで終わりそうだ。
「柚君、大体オッケー! 今日はとりあえず帰っちゃっていいよ、あとはこっちでやるから」
「わかりました、お疲れ様です」
僕が高校生ということもあって、周りの人達は気を使ってくれる。マネージャーと一緒に控室に戻って、帰る準備をする。
モデルの仕事は楽しい、お金だって普通の高校生とは比較にならないほどもらえている。それが悪いとは思わないし、仕事をしているときは充実しているとも感じる、けれどそれと同じく、普通の学生生活というものにも憧れるし、高校くらいはちゃんと卒業したい。
そのためには……やっぱり勉強しないと、とそんなことを考えながら、荷物をまとめてマネージャーに準備が終わったことを伝える。
「あっ柚君、今日の服くれるみたいだけど持って帰る?」
忘れ物チェックをしていたマネージャーがそう聞いてくる。視線の先には、さっきまで着ていた服がかかったままだ。
その服はどれも明らかなメンズファッション。そりゃ女子高生をターゲットした雑誌だから、それは当然のことだし、僕に似合っていることは十分分かっている。分かっているんだけど……。
「いらない」
一言そう言って、自分でも似合ってないな、と思う私服のスカート姿で控室を後にした。
★ ★ ★
夏休みが明けて初日、朝から学校に登校するだけなのに、僕はどこか緊張していた。
それでも『男性枠』ということもあって、クラスに入ると何人かが挨拶をしてくれる。男装モデルの『Yuzu』のことはみんな知っているから、「雑誌買ったよ!」と報告をしてくれるのはやっぱり嬉しい。
お仕事モードでお礼を言うと軽く黄色い歓声が上がるのは、悪い気持ちではない。みんなの視線が僕のスカートに一瞬動くことだけは、やっぱり気になってしまうけど。
「柚君、久しぶり」
自分の席に座ると、隣の席に座る穂乃花ちゃんが声をかけてくれる。穂乃花ちゃんはクラス委員で、僕がたまに登校した時に休んでいた間のことを教えてくれるありがたい存在だった。僕としては友達なのかなと思っているけど、直接聞くのは恥ずかしくてうやむやにしている。
「夏休み挟んだから本当に久しぶりな気がするよ」
「柚君忙しそうだしね。二学期は来られそう?」
「マネージャーが調整してくれてるから大丈夫だと思う。とは言ってもまた忙しくなったらそうもいかないけど」
「二学期は学校祭もあるし、参加できればいいね。あ、一時間目数学だ、一学期までのノート見る?」
「ありがとう」
穂乃花ちゃんがノートを貸してくれる。その穂乃花ちゃんの視線が僕のスカートに動くのを、僕は気づかないふりをした。
僕のクラスに男子はいない。というか、僕がその男子の代わりと言える。
『男性枠』制度はどの学校にもあって、男性っぽい見た目であれば面接のみで入学が出来る。その代わり男性っぽい振る舞いを求められるし、制服もスカートではなくスラックスが基本だ。
男性がいないクラスのガス抜きをしよう、というのが『男性枠』の狙いではあるけど、服装は強制じゃないし、男性を確保できなかった学校の苦肉の策でもある。だから『男性枠』で入った本人が、スカートを選択しても特に文句を言われることはない。
僕が『男性枠』であることは特に公にはされていないけど、クラスのみんなはなんとなく気づいているだろう。だから最低限男性としての役割をするけど、それ以前に僕だって女の子だ。スラックスの方が明らかに似合っていたとしても、スカートの方が可愛いと思うし、それを身に着けたいという気持ちはごまかせない。
だからクラスのみんなが僕のスカートを気にしていたとしても、それに気づかない振りをして授業を受けた。
ほとんど付いていけない授業を終え、お昼になる。
そもそも基礎が全然できていないから、内容を理解しようと思ってもなかなか難しい。午前中だけでも頭がパンクしそうになってしまった。
「柚君、お昼どうするの?」
ため息をついて机の上を片づけているところに、穂乃花ちゃんが聞いてくる。
「学食に行こうと思うんだけど、よかったら付き合ってくれる?」
「もちろん! 他の友達が一緒でもいい?」
そう言われて、穂乃花ちゃんにも他に友達がいることに少し驚く。いつもお昼前に抜けることが多かったから、それを知らないのも当然のことだった。
穂乃花ちゃんの友達も同じクラスメートで、あんまり話したことのない人達だった。僕のことはもちろん知っていて、お昼を一緒にすることも歓迎してくれる。
だけど、穂乃花ちゃん達のその会話は、やっぱり友人同士の会話で、僕にはわからないことも多くて……穂乃花ちゃん達も気を使って話しかけてはくれるけど、期待していた学食でさえ、少しだけ疲れてしまった。
授業は良く分からないまま放課後になる。穂乃花ちゃんは茶道部に入っているらしく部活に行ってしまって、みんな僕が忙しいと思っているのか誰も声をかけてこない。僕から声を掛ければ一緒に帰ってくれるような気もするけれど、今日は授業で頭が疲れてしまったのもあって、素直に帰ることにする。
「……こんなことならずっと仕事してる方がいいのかな」
あんなに行きたかったはずの学校は、丸一日過ごしてみると気を遣うことの方が多かった。
勉強に追われ、他の人からは特別扱いされて、『男性枠』なのになんでスラックスじゃないんだと見られる。クラスに仲のいい友達だっていないし、僕がいるから本当の男子生徒もいない。
漫画やアニメで見る学校生活とは全然違って、一日過ごしただけでその現実に打ちのめされてしまった。
いっそ学校は諦めて、仕事に打ち込んだ方がいいのだろうか? でも学歴が中卒なのは大人になってから明らかに不安だし、僕も何時まで男装モデルを続けられるかわからない。
玄関から外へ出ると、どこからか部活動に精を出す声が聞こえてくる。部活とかすればもう少し違うのかな、と出来もしないことを考える。いつの間にか幽霊部員になってしまうのがオチだろう。それに友達とかよりももっと重要なのは勉強のほうで。
「やっぱり勉強は自分でなんとかしないと……」
「勉強?」
「ん?」
僕の独り言がたまたま聞こえてしまったのか、その声に振り向くと、一人の女の子が僕の事を見ていた。
それは、まさに「女の子」というのにふさわしい容姿だった。背は平均より高く、胸もしっかり出ていて腰は細く四肢のバランスがいい。肩までの髪は濡れているように艶やかでしっかりまとまっていて、それでいてその大きな目は活発な印象を持たせる。普段モデルをしている僕でもなかなか見ないタイプの美人だった。
「奏、どうしたのー? あ、柚君だぁ」
そんな女の子の影にいた、ゆるふわな印象の女の子が僕の名前を呼ぶ。
「……あぁ、モデルの! エマがこの間話してたっけ?」
「そうそう、やっぱりカッコいいね! この学校の生徒って聞いてはいたけど、見たのは初めて……あ、幸太郎君ー!」
僕に一瞬きらきらした視線を向けたかと思うと、次の瞬間見た目と想像つかない速さで玄関へと走り出す。そこは男性専用の靴箱が置いてある場所で、一人の男の子が出てきていた。走っていったその女の子は女子のグループに合流し、男の子を囲むように下校を始める。
というか……。
「……この学校の男の子って初めて見たかも」
「あぁ、幸太郎君ね。男の子っていう割には頼りなさそうだけど」
その一言に疑問を覚える。男の子は頼るものじゃなく頼られるものだ。いつか頼られた時、どんなことでもこなせるように僕たち女の子は日々努力しているはずだけど。
「ね、ね、それよりさぁ。もしかして勉強のこと悩んでるの?」
一人になった彼女が話しかけてくる。僕に身体を寄せるその距離は、クラスメイトより妙に近い。
「あ、あぁ。モデル業が忙しくてなかなか勉強できなくて……」
「なるほどねぇ……それならさ、よかったら一緒に勉強する?」
「え?」
「だから、私と勉強。場所は……カラオケとかでいっか」
初対面のはずの女の子は、モデルである僕のことをなんとも思っていない風にそう言った。




