98話 白い花のブーケを添えて
今日は百合ヶ原高校、卒業式の日……なんだけど。
私は百合ヶ原高校とは反対方向に進むバスの中で、一人揺られていた。
3月に入るとやっと寒さも和らいできて、バスの中には春用コートを着ている人が多かった。私もコートを一段階薄くしているけれど、もう昼に差し掛かっているのもあって、バスの中じゃ少し暑いくらい。
『次は、清華院女子高等学校前です。お降りの方はお知らせください』
そんな車内放送に、降車ボタンを押して降りる準備をする。
今日はリュックの他に少し大きめのトートバッグ。これには大切なものが入っているから、ひっくり返らないように気を付けないと。
窓の外に高い塀が見えてくる。そのもっと向こうには、見覚えのある白亜の時計塔。
あの時計塔での透子ちゃんとの思い出は、まだ記憶に新しい。あれはちょっと恥ずかしいイベントだったけど、透子ちゃんとの忘れられない思い出なのは間違いなかった。
バスから降りて校門の方へ向かう。来るのは文化祭以来で、違う学校に来るのはやっぱり少し心が高鳴る。
今日は透子ちゃんの卒業を祝いに来たのだけれど、そうは言っても透子ちゃんの連絡先は教えてもらってないから、透子ちゃんはたぶん知らない。
というか清華院女子の卒業式が百合ヶ原と同じだと知ったのも昨日のことで、完全に突発でここまで来ていた。
別に百合ヶ原の方には知り合いの先輩とかもいないし、それなら透子ちゃんの卒業式の方が見たいかなって思って、先生には適当な言い訳をしている。もちろん、いつものメンバーには本当の理由を説明しているけど。
文化祭の時とは違って校門は開かれていて、多くの人達が出入りしていた。警備員のチェックは特にないみたいで、少しほっとする。
高そうな車が時折出たり入ったりするのを横目に、私もその敷地内に入ると、その中は真っ白な指定コートを着た卒業生が溢れかえっていた。
卒業式自体はもう終わっているようで、玄関前の広いスペースには卒業生とその保護者が入り乱れている。その光景は別れを惜しむと言うよりは社交場のような雰囲気で、大人同士で話していることが多かった。
「人多い……見つけられるかな」
文化祭の時も百合ヶ原と比べるとがらがらだったから、この混雑はあんまり予想してなかった。この学校どのくらいの人が通ってるか分かり辛いんだよなぁ。
私が探している時はだいたい透子ちゃんの方から現れてくれたけど、さすがに今日はそれもなさそうだし。
もう少し探してみよう、となるべく邪魔にならないように校舎の外を歩いてみる。すると時計塔から少し離れた場所に、カメラクルーが来ていることに気づいた。
ちょうどインタビューをしているようで、そのマイクを向けられているのは。
「あ、いた」
手には卒業証書が入っているであろう黒い筒を持ったまま、銀色の髪をなびかせている透子ちゃんが、カメラに向かって受け答えしていた。
カメラが向けられているのに、その様子は慣れたように自然体だ。まぁ透子ちゃんはいつもインタビュー答えてるから、もう慣れっこなんだろうけど。
そんな様子を、気づかれないように木の影から見守る。
「やっぱりカメラの前だとしっかりしてるように見えるなー」
ちょっと失礼なことを思いながら、お話できないかなーと少し待ってみるけど、なかなかそのインタビューは終わらない。
ちなみに透子ちゃんは私の前だと短い言葉しか使わないけど、テレビの中ではお上品な言葉でお話する。きっと聞いている人に対する配慮なんだけど、私の前で話す透子ちゃんとは別人のようで面白い。
その様子をしばらく見ていたけれど、インタビューは続いていた。
卒業したら会うのが難しくなりそうだし、お話したかったけど……まだ後の用事があるかもしれないし、邪魔しない方がいいかなと思い直す。
お付きの黒服もいないし、透子ちゃんの姿が見られただけいっか、と踵を返す。透子ちゃんから目を離すその瞬間、ふいに透子ちゃんがこちらを見た気がした。
「……気のせいかな」
もう一度振り向いても、まだ透子ちゃんはインタビューを受けていた。気になりつつも校門から出る。
「奏?」
「うわぁあ!!! え? 透子ちゃん?」
「なんでいるの?」
「いや、それ私のセリフ……え? ほんとに透子ちゃん?」
さっきまで校舎の横の方にいたはずだけど???
私がもう一度透子ちゃんがインタビューしていた場所を覗くと、テレビクルーがいきなり消えた透子ちゃんを探していた。あそこから校門の外に出るには、高い塀超えないと無理なはず……。
「……どうやって移動したの?」
透子ちゃんは首を傾げる。いや、物理的距離無視しすぎ……。
「まぁそれはいいや。あの人達、いいの?」
「いい。奏の方が大事」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」
私は卒業おめでとうって言いに来ただけだし、用事が終わってからでもぜんぜん良い。
「透子ちゃんはこの後、時間ある?」
「……少しなら?」
「じゃあ、ちゃんとインタビュー受けてきなよ。それからお話しよ」
透子ちゃんは私の瞳を見つめて、そして頷く。
「待ってて」
「うん、ここで待ってるから」
「すぐ終わらせる」
透子ちゃんのその言葉は本当で、インタビューをわずか5分で切り上げて戻ってきた。
そのまま私の手を取ると、校門から連れられる。
「行こ」
「どこへ?」
「静かなところ」
校門を出たと同時に滑り込んできた車に乗せられ、到着したのはとあるビルの中にあるカフェだった。
カフェと言ってもその扉には何も書かれていなくて、正直透子ちゃんに連れてこられた時はカフェかも分からなかったから少し怖かった。扉を開けばきっちりとした制服に身を包んだ美人の店員さんがいて、ほっと息を吐き出す。
どうやら全室個室のようで、部屋の中には真っ白なクロスが敷かれた四角いテーブルとふかふかの椅子があった。調度品も高級そうなものばかりで、見るからにお偉いさんが内緒話をするような感じ。
ひょっとしなくてもこのカフェ、会員制ってやつじゃない? 絶対学生が使うお店じゃないよね。
「ご注文はいかがいたしましょう」
ワイングラスに水が注がれる。その水も装飾過多の瓶に詰められていていくらか予想がつかない。
「私、珈琲。奏は?」
「ええと、なにがあるの?」
メニュー表とか見当たらないんだけど……。
「なんでもある」
そんな透子ちゃんの声に、本当かなぁと店員さんに視線を送ると、にっこりとほほ笑まれた。
「……じゃあカフェラテ」
「ケーキも二つお願い」
「かしこまりました。苦手なものはございますか?」
「い、いえ、特にないです」
それだけを聞いて店員さんが出ていくと、透子ちゃんと二人っきりになる。うっすらと落ち着いた音楽は流れているけれど、防音が良いのかドアの外からはなにも聞こえない。
今日は卒業おめでとうって言いにきただけだから、ここまでのお店用意してくれなくても良かったんだけど……今更かぁ。諦めて机の上にトートバッグを置く。
「透子ちゃん、卒業おめでとう。これ、私からのお祝い」
そしてトートバッグの中から取り出したのは、小さなブーケ。かすみ草、白い薔薇、スイートピーと、白と緑が色鮮やか。
「……可愛い」
「でしょー? お店で見かけた時に、透子ちゃんにあげたいなって思って! ほら、白い花が多くてなんだか透子ちゃんの髪みたいじゃない?」
「ほんとだ」
無表情ではあるけれど、その声はなんとなく喜びの色が見える。透子ちゃんはブーケを手に取ってじっくり観察していた。
「ふふっ、渡せてよかった。今日会えるかどうか心配だったんだ」
「会えなかったらどうしてたの?」
「どうしてたって……普通に帰ってたんじゃない?」
「お花は?」
「自分の部屋にでも飾ってたかも」
よく考えれば、会えるかどうかもわからないのに先に花を買うなんて変な話だなと思った。でも用意しておかないとなにも渡せないし……。
「本当は透子ちゃんの連絡先あれば楽なんだけど……教えてもらえないんでしょ?」
実はこの話は何回かしていた。1年生の時にもらった『困った時の連絡先』は本当に緊急の時に使う連絡先で、一度きりしか繋がらないらしい。透子ちゃんの個人的なスマホも存在はするけれど、家族と必要な関係者のみ登録が許されていて他の人はNG。というか登録しても翌日には自動的に消されてしまうらしい。
まぁ皇族なら連絡先が絞られるのも仕方がないよなぁって気もするけれど、気軽にお話できないのは残念。
「……私達、友達?」
と思っていたら、透子ちゃんが急にそんなことを言いだした。
「友達だよー、っていうかこんな話前もしなかったっけ?」
「したかも?」
私はもうぜんぜん友達だと思ってるんだけど、透子ちゃんは未だにこうして確認をしてくる。えっちなことだってしたのに友達以上じゃなきゃ何になるのか。
「奏の電話番号、教えて」
「え、もしかして登録してくれるの?」
私がちょっと期待してそう言うと、透子ちゃんはふるふると首を振る。
「覚える」
「……覚える?」
「登録はできないから、覚えておく」
「忘れない? 私、友達の電話番号とか一つも覚えてないけど」
スマホに登録している人の名前に触れれば電話出来るから、菜月やエマも番号さえも覚えてない。辛うじて言えるのは自分とお母さんの番号くらい。
「早く」
「えっと……***-……」
私が自分の電話番号を言うと、透子ちゃんはただそれを聞いていた。それからカバーもしていないシンプルなスマホをどこからか取り出し、ボタンをタップする。
「コレ透子ちゃんの番号?」
私のスマホに、11桁の番号が表示されて、すぐに切れた。
「好きな時に連絡して」
「わー……一年越しの電話番号」
私がやっと手に入れたその番号に感動していると、透子ちゃんは無表情で話を続ける。
「会話は録音されてるから」
「え゛っ……冗談とか言えないね」
貰えたのは嬉しいけど、気軽には電話出来なさそう……と思いながら、私は透子ちゃんの番号を自分のスマホに登録した。
話が一段落したところで店員さんがノックをして、注文したものを持ってきてくれた。
ケーキはザッハトルテ、つやつやとしたチョコレートが綺麗。上には金箔と、チョコレートで作られたオブジェのようなものが乗っている。
もう値段とか気にしてると味わかんないから、私はあえてフォークで大きく切り取り、口の中に入れた。
「……美味しー」
これだけチョコレートを使ってるのに、甘さは舌の上からあっさりと引いていく。甘さと少し苦味がバランス良くて、まさに大人のザッハトルテって感じ。もちろんカフェラテとの相性もバッチリ。
凄く美味しいけど、ここでしか食べられなさそうなのが残念。詩帆ちゃんとか連れてきてあげたいな……。
透子ちゃんは特に反応なく食べ進めていた。皇族だからか、その所作はどことなくお上品。
「そういえば、透子ちゃんは明日からどうなるの? 卒業してもまだ皇族なんだよね?」
「明日から種付け」
「た、種……?」
「うん」
さも当たり前のように、そんなことを言われる。
卒業したらすぐ、って話はなんとなく聞いていたけど、こんなにすぐだと思わなかった。というか前日に私と過ごしていても良いものなの?
「こんなことしてて大丈夫? 準備とか……」
「終わってる。男の子の準備も」
「男の子の準備ぃ?」
種付けと言われて、つい男の子が透子ちゃんに襲い掛かるような場面を想像してしまったけれど、よく考えたらこの世界って立場逆だった。
透子ちゃんのそのあっさりした言い方は、まるで男の子の方が袋の中のネズミのよう。 透子ちゃんに房中術を施された私にとって、ほんのすこーしだけその男の子に同情する気持ちが生まれる。
「ほ、ほどほどにね?」
「周期もバッチリ」
その声にはどこか謎の自信を感じさせる。全然ほどほどにならなそう、南無。
「でもきっと、三人産むまでは会えなくなると思う」
「……そっか」
それは前から説明されていることで、皇族のルールでもあった。本当は今こうしてティータイムをしていることだって、一般人である私にとってはありえないこと。
そう、一年生の文化祭で私がたまたま透子ちゃんに声をかけたのは、本当に奇跡的なこと――。
「いや、違うか」
別に透子ちゃんが皇族だから奇跡ってわけじゃない。詩帆ちゃんだって莉々ちゃんだって、柚ちゃんも白ちゃんも、奇跡的な確率で出会えて、そうして今でも友達としていてくれている。
それはもちろん、透子ちゃんも同じだった。
透子ちゃんは私の大切な友達で、そしてこうやって一緒にお茶したり、お話したり……それは別に皇族とか家柄なんて関係なくって、私が透子ちゃんと友達でいたいから続いている関係。
透子ちゃんと会えなくなるのはちょっと寂しいけれど、テレビでどうしているかはなんとなく分かるし、よくよく考えれば今年は柚ちゃんより会ってる。
たぶん透子ちゃんの幸せは、皇族として役目を全うすることなんだと思う。別に男の子が生まれなくてその後一般人になったとしても、透子ちゃん自身は全然変わらないような気がした。
「透子ちゃん、時間ができたらいつでも家にきてくれていいからね」
「……本当?」
「もちろん。私達、友達でしょ」
透子ちゃんは私をまっすぐ見て頷いてくれた。
「あっ、でもお母さんがいる時に来るのはちょっと困るかも……」
というと透子ちゃんは首を傾げる。いや、そこは本当に困るから素直に頷いてほしいな……。




