30 鳳凰暦2020年8月21日 金曜日 森ダンジョン
「確かに川だけどさ……」
「こんな大きな川だとは思ってなかった……かな? かなり小さいイメージだったんだけど?」
私――矢崎絵美の前で、伊勢と宮島がそんなことを言った瞬間、川が見えた。
……確かに、川幅が広い。想像以上。
だいたい、プールくらい? 25メートルはありそう。
軽く跳び越えられそうな2、3メートルくらいの小さな小川を勝手にイメージしてた。
……そういえば鈴木、小川とは言ってなかった。
「ほんとだね、こんなに広い川だったんだ」
「ダンジョンの中にこんなところがあるなんて……」
「どこに流れていくんでしゅかね?」
森と森の間を遮る川は小川だと思ったのは私だけではないらしい。
……端島の疑問は私も知りたい。どこに流れてる、この川?
「……鈴木くん。身体のだるさがなくなったけど、ポーションは今でいいの?」
「ああ、少し休憩をはさもうか。毒攻撃を受けて、もうだるさが取れた人はライポを使ってくれていい」
高千穂が途中で受けた毒攻撃に関する質問を鈴木にした。
あれをかわせるかどうかは運次第かも。
鈴木の指示で、高千穂、伊勢、宮島、端島がライフポーションを取り出した。
森の中は1列で歩いた。
走らなかったのは残念だが、仕方ない。走れない訳ではないらしい。そのあたりは鈴木の判断。
薄暗いから『サークルランプ』も使った。今は全員使えるのがいい。これは鈴木のお陰。
先頭から鈴木、高千穂、宮島、伊勢、私、会長、あぶみ、端島、那智、岡山の順で歩いた。順番の指示が出た時の岡山の悲しそうな顔は忘れよう。
およそ2メートル間隔で、武器を振り回せるように歩いた。
ここのモンスターは基本的に不意打ち。
鈴木は音に注意と言っていたが……イノシシ以外はほとんど気づけない。
イノシシは突進へのカウンターで楽。
オオカミだと噛まれた場合、前後の者が対応する。噛まれるまで分からないからそこは大変。
それでも、一撃で倒せる上にダメージもあまりない。そういう意味ではほとんど問題はなかった。ただし、なぜか痛みはある。その瞬間だけ。
その代わり……ここもまた魔石はあんまり見つからない。『神殿』パターン。
下草が敵。探すと時間が無駄になる。
伊勢と宮島がぶつぶつ言って、鈴木に静かにするように注意されてた。あのふたりは守銭奴。
遠隔攻撃のサルだけはちょっと面倒な相手。
私、鈴木、岡山の三人が相手をした。私は弓で、鈴木と岡山は魔法。マジックスキル、かっこいい。お金を貯めてどうにかしたい。
並び順もサル対策だと理解できた。
ただ、後手に回るのが難点。
相手の攻撃を受けて、そこで位置が分かる。攻撃はそれからになる。しかも、運悪く毒攻撃の時は犠牲者が!
鈴木だけはなぜか先制攻撃……。
サルに気づく早さとマジックスキルの準備の早さが段違い。本当に音で分かる? これは才能の差? それとも経験の差? だが経験とは思えない……。
「休憩中に、僕はちょっと実験してくるから」
そう言って鈴木がみんなから離れた。
……実験?
「エミちゃんはすごいね。サルを確実に倒してたし」
「そうでもない。鈴木はもっとすごい」
「鈴木先生はもちろんすごいけど、エミちゃんもすごいよ? 鈴木先生に前、聞いたんだけど、相手が分かってたら、単体相手のあのマジックスキルは必中なんだって。弓矢は違うよね?」
「……そうかも」
……単体相手のあのマジックスキルは必中? そういえば、曲がって飛んでいたような気がする。つまり、誘導型! カッコいい!
まだまだ知らないことが多い。もっともっと……知りたい。
「……あのサルみたいな相手がいると、もう少しアーチャーがいた方がいい気がするよな?」
「そうね。もし、誰かが希望するのなら、練習してもらった方がいいのかも」
伊勢や高千穂の言う通りの面もある。
マジックスキルを身につけるためにお金を出すか、アーチャーを増やして練習するかの二択。
那智や端島も弓の練習をしてみればいい。役割が増えて、自信がつくはず。
私はそう。自信、ついた。
ただ、このダンジョンは……たぶん、あまり利用しない。
鈴木の好みじゃないはず。
走らないダンジョンで、魔石の回収も難しい。
何か、他の理由がないと入らないだろう。例えば、今みたいに『神殿』のための練習、とか。そういう何か。
「……鈴木くんがなんか変なことしてるかな?」
「足でマジックスキルの準備してるから、『アクセル』かもね」
「……走り出したな」
鈴木、いきなり川に向かって走り出した。謎の行動。でも、すごいスピード。
そのまま……跳んだ? 走り幅跳び?
「わっ! しゅごい!」
「……人間って、あんなに跳べるんだ……普通は跳べないと思うけど……」
「走り幅跳びの距離じゃないだろ、あれ……」
「走り幅跳びではありえない、かな? でも鈴木くん、中学は陸上だったから……」
「モミちゃんと同じだよね」
那智の言う通り。普通の人間はオリンピック選手でもあんなに跳べないはず。
鈴木、川の向こう側のぎりぎりの水辺に着地……着水? 足を少し濡らして、向こう岸に。
なんか、うなずきながら考え込んでる。
少なくとも20メートルくらいは跳んだ。
ダンジョン内の身体能力だから可能? それはありうる。その確認のための実験?
……たぶん、違う。
これは……階層間の移動の実験かも?
鈴木は川が階層を分けて、そこに橋があると言ったはず。
実験は橋のないところで向こう岸に行けるかどうかなのかも。
だとすると……跳んだのはなぜ?
歩いて川を渡ることもできるはず。
足をあまり濡らしたくなかったとか? それとも他に理由が?
鈴木がまた足でマジックスキルの準備をし始めた。
さっきのスキルの効果はまだあるはず。なぜ?
「はやっっ!」
宮島が思わず叫んだ。そのくらい今度の鈴木の動きが速かった。
そのまま、余裕で川幅を飛び越した。すごい。
着地した鈴木をみんな、呆然として見てる。気持ちは分かる。
とにかくすごい。
「……それじゃあ、進もうか。川沿いで、森側だけを警戒すればいい。ただし、川音のせいで耳での警戒は難しくなるから、森側に視線を向けて歩くように。ま、さっきまでの不意打ちも不意打ちにならないだけの距離があるし、ここからは楽だから」
そのまま、鈴木は歩き始める。
何の実験だったか、知りたい。でも、並ぶ順番が鈴木と離れてる。
……絶対にあとで聞く。
私、もっとダンジョンにくわしくなりたい。
めざせ、ダンジョン博士!




