墓地
部屋から出る前にアレイスターが振り向いた。
(そうだ、重要なことを忘れていた。今、外は闇に包まれている。ただの闇じゃない、暗黒に支配された闇だ。扉が開いたと同時に世界は変わった。その格好で出れば、すぐに黒い者たちに匂いをかぎ付かれるだろう。この部屋のどこかに祭服があるはずだ。それを羽織ってもらおう)
ジョーンズは部屋の中を見渡した。黒いローブが壁に掛けてあった。
「これでいいでしょうか」
(うん、いいだろう)
アレイスターが満足そうに頷く。
ジョーンズはローブを羽織ってみた。
上背があり、体格のいいジョーンズだったが、ローブは体にぴったりだった。
フードを深くかぶり、アレイスターの後を追う。
外はひやりと冷たく、嫌な臭いがしていた。
「この臭いは…?」
(獣だな)
アレイスターは、それ以上何も言わなかった。
ジョーンズの体はすっと闇に解けこんだ。辺りは暗く何も見えない。
(歩けるかな)
アレイスターが茶化すように言った。
正直、ジョーンズには何も見えておらず、一歩足を出すだけでも苦戦した。
「残念ながら、前に進めそうもありません」
(光を)
「わたしがですか?」
(他に誰がいる。俺は亡霊だ。力は使えない)
ジョーンズは魔法の使い方などさっぱり分からない。
どのようにしたらいいのだろうか。
(ほら、早くしろ)
アレイスターは急かしたが、その顔はにやにやと笑っていた。
明かりといっても炎を燃やすということだろうか。しかし、どのようにして火を熾せばいいのか。
魔法使いたちはただ思い描いただけで、自由に魔法を使うことができるのだろうか。
ジョーンズは頭がぐるぐるしてきた。
暗闇で茫然と突っ立っていると、アニスの顔が浮かんできた。
彼女の髪の毛が光り全身が光り輝くと、自分を見つめていた。
ジョーンズ、と呼ぶ声が聞こえた気がした。
「アニス…」
君が死んだなんて、僕は信じない。
ジョーンズはぐっと奥歯を噛みしめた。
「アレイスター城主に輝きを」
目の前で浮遊する彼に向かって言葉を放つと、あたりを浮遊している小さな生き物が、アレイスターの周りにびっしりとくっついて光を放ちだした。
彼はぎょっとしたが、けたけたと笑いだした。
(目的は違うが、まあ、いいだろう)
ジョーンズは、アレイスターの後を追いかけた。さらに気温が下がり、墓地へとたどり着く。
まさか、本当にアニスを埋葬したのだろうか。
ジョーンズの心はざわざわした。
「アニスは本当にここにいるのですか?」
(フェンネルは、アニスが一番安全だと思われる場所へ隠した。そこがこの墓地だ。俺の墓を探してみろ)
「あなたの」
(ああ、そうだ。あいつは俺の墓の中に姫を埋めたのだよ)
ジョーンズはごくりと喉を鳴らした。
「光よ、アニスの元へと導いて欲しい」
試しに言ってみる。が、何も起こらない。
ジョーンズは大きく息をついた。
(俺の墓だ。探せ)
アレイスターが背後から囁いた。
墓地には無数の墓があった。この中にアレイスターの墓があるのだ。
どれだ?
無数にある墓のうち一つがアレイスターに違いない。
彼は、初代アレイスター城主だ。さぞ、立派な墓に違いないとジョーンズは最初思った。
しかし、飛びぬけて立派な墓、苔に覆われ今にも朽ちそうな墓はない。
どれも同じ形で整然と並んでいる。
それに、フェンネルが一番安全な墓だと選んだのだ。目立つ墓ではないだろう。
目を凝らすと大きな池が真ん中にあった。無数の墓はその池を取り囲むように整列して並べられていた。
「…まさか、池の中?」
アレイスターがにやりと笑った。
(そうだよ。俺がいかに愚かな老人だったか、分かるだろう)
アレイスターが浮遊しながら、池の方を見つめた。
(俺はここで長いこと魔女や魔法使いを生産する方法を考えてきた。俺の墓を取り囲んでいるのは、生まれ変わることのできなかった、しがない魔法使いたちの墓じゃ。俺の息子や孫たちは、それを忌み嫌い、俺の墓を池の奥深くに沈めた)
ジョーンズはぞっとして、改めてアレイスターを見つめた。
深いしわの奥に隠された残虐な横顔は、冷ややかな目で池を睨んでいる。
(この墓たちには魔法が張られている。俺が復活せんようにな)
「つまり」
ジョーンズはごくりと唾を飲んだ。
アレイスターは楽しくて仕方ない顔をした。
(つまり、俺の墓を暴くのは、この周りを取り囲む魔法使いたちの魔法を回避せねばならんと言うことだよ)
くっくっくと笑いだす。
「なぜ、笑っているのです。たやすいことではないでしょう」
(だからだ。俺は困難であればある程、楽しいんだ。お前がもだえ苦しむ姿を見るのが心地よい)
「くそっ」
ジョーンズは、毒づいた。
最近、言葉遣いがなっていないと、自分でも思う。
フェンネルとナーダスはどのようにしていアニスを埋葬したのだろう。
フェンネルの澄ました顔を思い出す。
きっと彼はジョーンズが苦しむ姿を思い描いて、アニスを埋葬したのだ。
魔法使いってのは、どうして、こんな意地の悪い輩が多いんだ。
ジョーンズは、黒い池を睨みつけた。
周りを囲む墓にどんな魔法が隠されているのだろう。
こうしている間にも、アニスの肉体が朽ちていく。
「アレイスター城主、魔女はどのようにして復活するのですか?」
(簡単なことだ。自害するか、他人に殺されるかして死んだ後、自分の肉体から脱皮すれば復活できる)
「脱皮…」
想像するだけでおぞましい。アニスにそれを求めるのか。
(迷っているな。お前も魔法使いの一人だ。力を得たいのなら今ここで死んでもいいぞ。俺が葬ってやろうか)
ジョーンズは、その冗談には答えなかった。
「要は死ねば、その資格が得られるんですね」
(まあな。それより、そんなくだらないことを聞くより先にアニスを助けんと、彼女が復活しても水の中だぞ。それに、まわりは恨みがこもった魔法使いたちの魔術が待ちかまえている)
「なんだってフェンネルは、アニスを危険にさらす真似をしたんです」
(アニスは扉を塞ぐ唯一の鍵だ。フェンネルは、時期を見てアニスを復活させるつもりかもしれない。もし、アニスの肉体を奪われ、消滅させられればおしまいだからな)
アニスにそんな役割があったなんて…。
ジョーンズは愕然とした。
「それなのに僕は何も知らず…」
(いいから、さっさとしろ!)
しびれを切らしてアレイスターが怒鳴る。
短気な老人だ、と彼を睨んだ。




