チャクラ
いつの間にかうたた寝していたらしい。
ジョーンズは、机にうつぶせになっていた。目を覚ましたがふらふらする。
うたた寝ではなく気絶していたのかもしれない。苦笑して、体の節々を鳴らした。
だいぶ、弱っている。何か、食べないと体がもたないかもしれない。
机に手をついて立ち上がり、書斎の本を見上げた。あまりにも膨大な本だ。この中に探している本があるかもしれないし、ないかもしれない。それを確実に見つける方法は、魔法使いに頼むしかないのか。
ジョーンズは口を噛んだ。
自分の無力さに腹が立つ。先祖に魔法使いがいても自分は役立たずだ。何もできない。
天井が回り出した。腹が減っている証拠だ。
机に食事が置いてあった。シスルが置いて行ったのだろう。
彼女が入って来たことにも気がつかなかった。
サンドイッチを貪るように食べて、赤ワインで飲み干した。
サンドイッチを噛みしめるごとに甘い味がして、赤ワインの芳醇な香りに涙が出そうになる。
泣いている場合じゃない。
空になったサンドイッチを脇にどけて、新たにアニスを助ける方法を考えようと思った。
立ち上がり、目の前にある本を手に取ってみる。
本は魔術日誌だった。アレイスター城の城主の本らしい。試しに開いてみると、七つの鍵について書いてあった。
七つの鍵。
大いなる門に至る七つの鍵――
チャクラについて記してある。
ジョーンズは、チャクラについて祖父に聞いたことがあった。
分厚い本だったが、なぜかジョーンズの目に文字が飛び込んできた。
祖父の話と本の内容が一致する。
祖父の話を思い出す。魔法の波に体をゆだねるのだ。そこに自分がいるかのように。
試したことはなかったが、今、試す時なのだ。
ジョーンズは目を閉じて体の動きを封じた。
息をすることだけに集中する。大きく息を吐いて、呼吸を深くした。
穏やかな気持ちになり、場に溶け込んでいく。
アニス――。
アニスを愛している。
彼女の呼吸、髪の毛、目、唇、手足、声、何もかもを思い描き、彼女が呼吸している姿を思い描いた。
ジョーンズは自分がどこにいるのか、息をしているのか自分も死んでしまったのか、分からなくなった。
海の上に凪いでいる風になったように、それを見ているカモメになる。すると、突如、内側から熱い炎が燃え盛り、目の中までも燃え尽くした。
指先まで燃えて灰となる。灰は風に吹かれ、塵となって漂っていく。塵は空気に溶け込み、目の前を黒い犬が駆け抜けて行った。黒い犬は涎を垂らし、地上を走り抜けていく。
ジョーンズはそれを追いかけた。
黒い騎馬隊を追い越し、いつの間にか、背中に翼が生えて小さな鳥となっていた。黒い軍団を追い抜いた先に、白い花が咲いていた。
アニス!
アニスの花が群生となって咲き誇っている。
ジョーンズの目から涙がこぼれた。
涙は、雨となった。雨はアニスの上に降り注いだ。
雨はジョーンズの体を貪るように力を奪い、彼の肉体は消えた。
ジョーンズっ。
アニスの声が聞こえた。
ジョーンズはハッとしてもがきながら、大きく息を吸い込んだ。
手足が戻り、髪の毛が生える。口と目も戻る。
――はっ。
ジョーンズは息を吹き返した。
ぜいぜいと息を切らし目を覚ます。
生きていた。
全身にびっしょりと汗をかいている。
バカな真似をした。息を止めて死ぬ所だった、と本を閉じようとした時、自分の異変に気付いた。
何か、変なモノが視えている――。
ジョーンズはぞっとした。
気がつけば、黒い影が自分を取り囲んでいた。肩に置かれた骨ばった灰色の指。
真横には芯まで凍りそうな冷たい息を吹きかける老人が立っていた。
死者の魂が、彼を取り囲んでいた。
うつろな目をした若者。
美しい顔をした女性の頬には十字に刻まれた跡があった。そして、髪の長い男が鋭い目で自分を見ていた。
(セント・ジョーンズ・ワートの末裔よ)
ジョーンズは、ごくりと喉を鳴らした。
(聞こえているのは分かっている。貴様のチャクラは解放された。残されたわずかな魔力が全開しているのだ)
しわがれた声が頭に響く。
「だ、誰だ…?」
(俺は初代アレイスターだ)
ジョーンズは目を見張った。ローズの祖父。ジュリアン・アレイスター。
アレイスター城主はにやりと笑った。
皺だらけの顏は不気味だった。ローズと彼の血が繋がっているとはどうしても信じられない。
(俺について来い、墓場へ案内してやろう。貴様の愛した女を掘り起こす手伝いをしてやる)
ジョーンズは震える手足を奮いたたせた。
「待ってください。死体を掘り起こしても、生き返らせられるわけではありません」
(貴様の解放された頭で考えろ。貴様は、無限の力を得たのだ。アニス姫を生き返らせられることなど、たやすいことだ)
ああ、神よ!
ジョーンズは祈りを捧げた。




