酒場
「もうすぐ日が暮れる。どこかに泊まって、明日、アレイスターに向かおう。あんたら魔女が加勢してくれれば、少しはましだろう」
タンジーの肩にベイが止まった。
「おい、お前、タンジーから離れろ」
ジョーンズが追い払うと、ベイは空へ舞い上がった。近くの枝に止まって、見下ろしている。
タンジーはほっとすると、ジョーンズをたしなめた。
「ジョーンズ、ベイに優しくしてあげて」
「あれはカラスだ」
周りに人がいるのに、ためらいもなくタンジーをぐいと引き寄せる。
「僕以外の者を見るんじゃない」
「妖精よ」
「妖精だろうが、鳥だろうが、なんでもダメだ」
強引にタンジーを馬に乗せて、自分が後ろに乗り込んだ。
タンジーは驚いてむっとしているアニスを見た。
「アニスはどうするの?」
「自分で何とかできるだろ」
冷たく言い捨てて、ジョーンズは馬を走らせた。
馬が走り出すと、アニスは地団駄を踏んでジョーンズを睨みつけた。
「待ってよ、あたしはどうなるのっ」
「わしが乗せてやろう」
フランキンが、アニスをメスの鹿毛に乗せてやろうとすると、アニスはフランキンの手を払いのけた。 自ら、馬の背に乗って手綱を握った。
「見事なもんじゃ」
アニスは、フランキンを一瞥してむっつりとジョーンズたちを追いかけた。
フランキンは使い魔を呼び寄せて狼を馬の姿に変えると、その背中に乗った。シスルが一緒に乗る。ロイは、置いて行かれないようにと追いかけた。
先頭を走るタンジーは、ジョーンズの様子がおかしいのに胸騒ぎを感じていた。
ジョーンズの体は燃えるように熱い。自分もその熱に浮かされそうになる。
小道を抜けて人家がまばらに見えてきた。
村に入ると、ぽつんと一軒、酒場も一緒になった宿を見つけた。
「あそこへ入ろう」
馬を厩舎につなぎ、酒場に入る。ジョーンズは、タンジーの手をずっと握ったままだ。
「ジョーンズ…」
タンジーが言ったが、彼には届いていなかった。
「ベイ、フランキンたちに、僕たちは中に入っていると伝えてくれ」
ジョーンズは、ベイの返事も待たずに酒場に入った。
中はごちゃごちゃしていて人であふれていた。薄汚い男がわんさといる。みんな浮かれて酒を飲んでいた。
ジョーンズは、酒場の主人に宿を借りたいと頼んだ。当然、タンジーは自分と同じ部屋にしてある。
タンジーには何ひとつ口出しさせずにいた。
「ねえ、ジョーンズ」
「黙って」
「命令ばかりね」
テーブルに着くと、これ見よがしにテーブルの上でも手を握りしめる。
タンジーは顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
「手を離して、誰もわたしのことなんて相手にしないわよ」
「されちゃ困る」
タンジーは、顔を抑えた。
「何も言わないのが懸命ね」
「好きにしろ」
ビールが二つ運ばれて来た。タンジーは、実はお酒を飲んだことがない。ぶどう酒もブランデーもだ。
タンジーはちらりと横を見た。
「飲めないの」
ジョーンズが目をぱちくりさせた。
「なんだって?」
「お酒を飲んだことがないのよ」
「まさか」
「そんなに驚くことはないでしょ。慣れていないの」
「じゃあ、これが初めてだ」
ジョーンズはいたずらっぽく笑うと、グラスを取った。
「出会いに乾杯」
「乾杯…」
他の仲間がまだ到着していないのに。
ジョーンズは喉をごくごく言わせて飲んでいる。タンジーは、一口飲んで冷たさに喉が潤った。
「おいしいわ」
「そう言うと思ってた」
タンジーは、さらにごくごくと飲んでみる。
「大丈夫みたい」
飲んでいるうちに、体がふわふわしてきた。気分が高揚してきて、なんでもできる気がしてくる。
ジョーンズに触りたくてたまらなくなった。
「ねえ、ジョーンズ」
タンジーは、ジョーンズのたくましい腕に手を乗せた。
「あなたがとても好きよ」
目をとろとろさせて言うと、ジョーンズはどきりとしたように体を硬くさせた。
「お尻はキュートだし、声はセクシーで言うことないわね」
「そうかい?」
どぎまぎと答えるジョーンズに気づかず、タンジーはビールを飲み干し、目をこすった。
「おかしいわね、すごく眠たいの」
首がかたんと落ちたと思うと、タンジーは机にうつぶせになった。
ジョーンズが慌てて立ち上がり、そっと顔を覗き込むと、タンジーは夢の中だった。
フランキンたちが今頃になって入ってくる。
「先に一杯とは、薄情者だ」
ロイがむっとして言った後、うつぶせのタンジーに眉をひそめた。
「タンジーは?」
「酒を飲んだら、眠ってしまった。飲んだことがないと言っていたのに…」
ジョーンズが情けない顔で答えた。
「天罰だな」
ロイが呆れて首を左右に振る。
「疲れたんだろう。シスルとアニスは、先に宿で休んでいるよ」
ロイが寝込んでいるタンジーを抱きあげた。
「それにしても、初めて会った時とだいぶ印象が変わったな、この娘」
ロイの一言に、ジョーンズも頷いた。
長い旅の間に、烏羽色の髪はいっそう濃く、肌の色は、日に焼けて赤くなるどころか、抜けるような白い肌になっていた。
「女性はこんなにも変化するものかな」
ロイが首を傾げる。自分の女房を思い出しているのだろうか。
ロイと自分は何日、故郷に戻っていないだろう。
ジョーンズは遠い目を向けた。




