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願いは一度だけ  作者: 春野セイ


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変化



 喉が渇いたタンジーは、夜中に目を覚ました。

 腕を伸ばして、何か飲もうとすると硬い何かに当たる。

 薄目を開けると、ジョーンズが眠っていた。


「あっ」


 びっくりして体を起こす。

 いつの間にか、ベッドに運ばれて寝入っていたらしい。

 夕べの記憶は曖昧だった。ジョーンズとビールを飲んでからの記憶がない。


 おそらく眠っていたのだろう。

 タンジーは、テーブルに置いてあった水差しから水をコップについで、一口飲んで息をついた。


 部屋の中は真っ暗だ。夜中なのだろう。自分はよく眠っていたような気がする。


 朝早くに出発すると言っていたから、もう少し休もうとベッドに戻った。

 マットレスに手をつくと、ジョーンズの手が伸びて、手首をつかんだ。


「ああ、びっくりした」


 タンジーは心臓が止まるかと思って、胸を抑えた。


「起こしたわね、ごめんなさい」


 ジョーンズは、タンジーを引き寄せて仰向けに寝かせるとその上に覆いかぶさった。


「起きるのを待っていたんだ」

「嘘よ、よく眠っていたわ」


 小さな声で囁き返す。ジョーンズは、その声を塞ぐように口づけをした。


「言ったろ、寝かせないって」


 タンジーは、抵抗できなかった。体がまだ火照ったままだ。お酒の力に、魔法は通じないのかもしれない。

 気がつけば、ジョーンズは優しく自分をなぞっていく。タンジーは、心地よさに目を閉じた。


「眠っちゃだめだよ」

「あなたを感じているわ」


 タンジーは腕を伸ばして、ジョーンズの首に腕を巻き付けた。ジョーンズの口づけは次第に深くなっていく。タンジーは操られるように、深くそれに応えていった。


 首筋に唇を這わせ、洋服のボタンをひとつずつ外される。一緒に手伝いながら、もう、どうなってもいいと思った。


 タンジーは、コルセットなど巻いたこともない柔らかな体付きをしていた。

 ジョーンズは、タンジーの素晴らしい肉体を眺めながら、なぜ、彼女は、自分が口づけするごとに光輝き、角度を変えるたびになまめかしい色気を感じるのだろうと、うっとりと思った。


 指先を這わせると、感じて震える姿も長い髪がふわふわと白いシーツでうねっている所など、全てにそそられる。

 タンジーはまだ、口づけひとつしたことがないうぶな女性だった。自分が開発しているのかと思うだけで、支配力が増してくる。


 この女性を誰にも渡してなるものか、とジョーンズは彼女を抱きながら感じていた。


 ジョーンズが、タンジーの脇の下に手を這わせた時だった。ぱきぱきと場違いな音がする。

 木がきしみ、きな臭い。


 おそるおそる外を見ると、空が真っ赤に燃えていた。


「ジョーンズ、服を着てっ」


 自分の下でタンジーが悲鳴を上げた。


「僕は、何ひとつ脱いでいないっ」


 ジョーンズは体を起こし、タンジーにシャツを投げた。たくさんのボタンをひとつずつかけていく。


「急いで」

「分かってる!」


 タンジーに服を着せて飛び出すと、廊下は騒々しく、ロイたちを見つけるのに苦戦した。


「ロイっ」


 ロイは、ジョーンズに気付いてかけ寄って来た。


「ジョーンズ、大変だ。この宿は火に囲まれているっ」

「なんだって…」

「どういうことなの?」


 ジョーンズの後ろから現れたタンジーを見て、ロイは愕然とした。


「タンジー…君なのか?」


 じっとタンジーを見つめる。


「別人だ…」


 ロイが言うのも当然だった。

 小柄なタンジーの身体は変化していた。

 手足が伸びて、柔らかい体、胸も盛り上がり形よく整っている。アーモンド形の目に紫の瞳、すっと伸びた鼻筋に、目が吸い寄せられる真っ赤な唇は、キスした後のように濡れている。


 タンジーは外の方へ顔を向けると、走り出そうとした。


「わたしがなんとかするわ」


 タンジーが、外へ出るのをジョーンズが遮った。


「君を危険な目に合わせたくない」

「愛しい人、わたしは大丈夫よ」


 ジョーンズの頬を撫でて、タンジーは外へ飛び出した。後ろからベイが現れる。


「俺を使え」

「ベイっ。雨の匂いがする方角を示して」


 ベイが力強く飛び立った。

 ベイを遣いに出し、タンジーはアニスを探した。


 彼女にも手伝ってもらわないといけない。


 フランキンはすでに外にいた。森の動物たちが彼を取り囲んでいる。動物たちは傷ついていた。


「このままでは宿にも燃え移るわね」

「それが目的だろうな」


 フランキンの目先に、一体のトロールがいた。

 目を吊り上げたトロールの胸に矢が刺さっている。

 タンジーは目を剥いた。


「誰があんなことを?」

「あの娘だ」


 フランキンの差した方向にはアニスがいた。

 アニスは、弓矢を持って対戦している。


「あんなものをどこから……」

「自分で出したんじゃ、あの娘はおかしい」


 トロールはどこから出現したのだろう。森から逃げ出して来たのだろうか。


 タンジーは、アニスに向かって叫んだ。


「アニスっ、ベイを遣いに出したの。すぐに戻ってくるから一緒に手伝って」

「嫌よっ」


 アニスはそう言うと、身を翻して、どこかへ行ってしまった。


「待って、離れてはだめっ」

「無駄じゃ、あの娘は放っておけ。この火事ではどこへも行けん」


 フランキンが呆れて息をついた。

 タンジーは、アニスが気になったが、それよりも火の勢いをなんとかしなくてはいけない。


「風の魔法で、雨を呼び寄せます。ダッフォディルを持っていますか?」

「水仙か。その辺に植わっておるだろう。シスルよ、探して来ておくれ」


 シスルは、フランキンのそばでふわふわ飛んでいたが、すぐさま目を鋭くさせた。


「分かりました」


 シスルが消える。その時、タンジーの後ろからどしんどしんと大地を揺るがす音がして、トロールが突進してきた。タンジーは魔法で矢を抜き取った。幸い傷は浅く、出血は少ない。


 トロールは怒り狂っている。

 タンジーは飛びかかるトロールを左手で制止させた。フランキンが魔法の杖を振り上げると、トロールが森の中へとはじき飛ばされた。森の中でめきめきと木が倒れる音がした。


 タンジーは歯を食いしばった。


 ひどいことをしているのは分かっている。もう、誰も傷つけたくない。

 生き物を傷つけたくないのに、悔しくて涙が出そうになる。


「南の方角だ」


 羽ばたきがして、ベイが戻って来た。


「南に温かい空気が流れている。羽がびりびりしたぜ」

「後は、薬草があれば」


 フランキンが杖を大地に突き立てて、魔法円を組んだ。


「宿に火の粉が飛び火しないようにする」

「僕にも何か手伝うことがあるだろうか」


 優しいテノールの声がした。

 振り向くと、青い目をした黒髪の魔術師が立っていた。


「タンジー」


 と、彼が言った。


「魔法が解けたんだね」




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