僕は、霊媒師じゃない
僕の一作目にして唯一のヒット作は怪談話だった。女手一つで僕を育てた母が死んだとき、母にもう一度会いたいなんて気持ちで書いた駄作だ。幽霊が見える主人公が、自らの母を殺した男に幽霊となった母と復讐する話。もともとミステリーになる予定だったこの小説は、出版社にもみくちゃにされ、いつの間にか怪談となり、いつの間にか僕の実体験になっていた。本来なら母の死体を食い漁るこんな真似を許せるはずもなかったが、当時の僕はとにかく腹がすいていて、一時の欲望に抗うことができなかった。
藤原伊月が見ていたのは、過去の愚かな僕なのだ。どこかで気づくべきだった、伊月のおかしな行動はいつも僕と姉の死体を近づけるためにあった。姉の亡霊と僕を引き合わせrるために。
「美月は、婚約者が病気で死んじゃってさ。妹の僕から見ても仲が良かったからね、その時の美月の焦燥具合はすごくて、この人はきっと僕の前からいなくなっちゃうんだろうと思ったよ。でもまさか、次の日に死んじゃうとは思ってなかったなあ。
幸太郎を見つけたときは希望を感じたよ。テレビで見た死んだ人間と会話できる小説家。もう一度だけでも美月と会話できるかもしれないと思った。僕に何も言わないでいなくなった美月に文句の一つでも言ってやりたかった。文句の一つぐらい僕にぶつけてほしかった。美月がつらいときに頼れなかった僕に、そんな話があるはずないってわかってたんだけどね。」
涙ながらにこぼれる伊月の言葉のひとつひとつが僕の胸をえぐっていく。自身の愚行から目を背けてばかりの十年が責め立てられていた。
だが、僕はミステリー作家なのだ。過去の清算はできないとしても、残った謎は
「なあ、伊月。お前の姉は、妹に何も告げずに死ぬような人間なのか?」
「え?」
「お前の姉は、悲しむ妹を置いて逝くほど薄情なやつなのか?」
「なっ、でも……。」
僕は死体から三つの違和感を感じた。
一つはその大きさ。伊月の姿より大きすぎる。
二つ目は、状態だ。体の状態は間違いなく死後一か月の姿をしていた。しかし、それがおいてあるのはこの山奥である。ヒトの死体があれば数日と持たず野生動物の餌となるだろう。それに格好がきれいすぎる。この死体は、僕が「湖を覗きこんでいる美月と見間違える」くらいには状態がきれいすぎたのだ。これらはきっと伊月が保管していたのだろう。いつか霊媒師もどきに合わせるために。
「そして三つ目の違和感が死因だ。あの死体は、ダメージが下半身に集中して、上半身にはほとんど落下のダメージがみられなかった。これは自殺死体にしては変なんだ。飛び降り自殺した死体は、そのほとんどが頭から落ちる。なぜなら苦しみたくはないし、一番重い頭から落ちるのは当然のことなんだ。だから僕は、伊月から死因が自殺だと聞いた時違和感を感じた。この死体は、不意に崖から落ちて、頭を守ろうと足から落ちた死体そのものだったから。そして、そのあと名前を確認しようとポケットを見たら、名札とハサミが出てきた。」
これから飛び降りる人間がポケットにハサミを入れたままにするだろうか。もしかしたら、忘れて入れっぱなしのままだったのかもしれない。
でも、このハサミにはきっと違う使い道があったはずだ。美月さんは婚約者を亡くし、ひどく悲しんだだろう。悲しんで悲しんで次の日、彼のために花を手向けようとしたんじゃないのか。
自分の愛するこの山で、きっと彼との記憶も思い出していたのだろう。だが、心の疲労は体に正直に出る。足を滑らせた美月さんは、崖から落ち、何とか生きながらえようとしたものの命を落としてしまった。
これが、僕が感じた藤原美月の真実だ。
「そっ……か。」
死んだ姉は帰ってこない。再び言葉を交わすこともない。それでも、この真実は伊月と姉とのすれ違いを溶かしほどくために必要なものだ。
伊月は、しばらく顔を上げることはなく姉との二度目の別れを深くかみしめていた。




