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第8話『裏社会最強のおっさん元魔術師とおっかない美人先生の模擬戦』

 実技試験の会場は、本校舎とは別棟の演習場であった。


 演習場の外観は、煉瓦造の円形の巨大な建物で、これが隣接して三つ並んでいる。


 演習場の内部は、壁と天井は煉瓦で作られ、床は石畳が敷かれていた。かなりの広さで筆記試験を合格した受験生二百名前後が全員入ってもまだ余裕がある。


 演習場の中央には、リリーを含めた学園の教師たち十名が立っていた。


 教師たちの纏う気配は、受験生たちとは格が違う。全員かなりの使い手のようである。


 しかしカズイチが気になるのは、背後から感じる視線だ。刃のような研ぎ澄まされた気配――強者だ。


 振り返ると、近衛隊の白い制服を着た大男がカズイチを凝視していた。歳は、四十代後半ぐらい。獅子のような面立ちの男で、茶色の髪は撫でつけている。


 相当鍛え上げているらしく、近衛隊の制服の上からでも全身の肉の膨らみが分かる。


 並の魔術師ではない。ここに居る教師と受験生全員が束になっても勝てるかどうか、それほどの達人。


 明らかに近衛隊の幹部クラスだが、近衛隊の幹部がどうしてここに居る?


 アルティシア女王が理事を務める学園だから近衛隊も無関係というわけではないが、気になる。


 カズイチが近衛隊の大男を見ていると、リリーが右手を高く上げた。


「今から実技試験を始めるわ! ルールは簡単、あたしたち教師と一対一で模擬戦よ!」


 実技試験の内容が発表された瞬間、受験生たちがざわついた。筆記試験を突破した受験生たちだ。自分と教師の差を察する程度の力量は持っているのだろう。


 リリーは赤いローブの懐から金属製の棒を振るい抜いた。十数センチほどのそれは伸長し、五十センチ前後の杖となる。杖を掲げたリリーが自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。


「みんなの技量を見る試験よ。別にあたしたちに勝つ必要はないし、はっきり言って今のあなたたちが勝てる相手じゃないわ。胸を借りるつもりでぶつかってきなさい」


 教師らしい凛とした表情のリリーが急に好戦的な笑顔になって杖でカズイチを指す。


「まずは、あんたよ。不良受験生の性根を叩き直してやるわ」


 リリーの緑色の瞳に強い意志が宿っている。これは、いくら言い訳しても無駄そうだ。


 剣呑な雰囲気に受験生と教師たちがカズイチとリリーから離れて演習場の隅にはけていく中、クリスとエルが声をかけてくる。


「カズさんがんばって! リリーちゃんすごい強いけど!!」

「うん。がんばれ」

「あいよ」


 カズイチは、上着のポケットから触媒の手袋を取り出して、両手にはめる。


 両拳を叩き合わせてリリーと向かい合うと、彼女は眉をひそめた。


「手袋型の触媒?」


 魔術の触媒には、種類がいくつかある。


 リリーが使っているのは、魔術発動速度と魔力増幅のバランスが取れた杖だ。


 他に一般的なものは、魔術発動は遅いが、魔力増幅に優れる大杖。魔術発動も遅く魔力増幅にも劣るが、武器としての機能を持つ武器触媒だ。


 手袋型の触媒は、魔術の発動速度は全触媒中最速だが、魔力増幅の機能は武器触媒と同等程度しかない尖った性能で使い手は少ない。


 カズイチは、両拳を強く握り込むと、軽く腰を落として構える。


 相対するリリーは、杖を持つ右手をまっすぐ伸ばした。


「魔力が平均ちょい上レベルのあんたには合わない触媒じゃない? 少ない魔力でも高火力が出せる大杖を薦めるわ」


 魔術師であれば相手を見るだけで、おおよその魔力量が分かる。精度には個人差があるが、リリーはカズイチの魔力量を正確に言い当てた。かなり優れていると見ていい。


 カズイチの見立てでは、リリーの魔力量は平均的な魔術師の三倍強。魔力量は多いに越したことはないが、それだけで勝負は決まらない。


 度肝を抜いてやる――カズイチは、両拳に魔力を集中させて上体をやや前に倒した。


「へへっ。まぁ手合わせしてみりゃ分かりますよ」

「そう。どこからでも来なさい」


 リリーが杖を振り下ろすと、カズイチとリリーを囲うように、直径は二十メートルほどの不可視の魔力防壁が展開された。模擬戦で使用された魔術の二次被害を防止するための防壁で魔術学校の演習場には、必ずある機能だ。


 戦いの場は整った。闘争の高揚感からカズイチは、笑みを零した。


「じゃあ真正面から行かせてもらいますッ!!」


 カズイチは渾身の力で床を蹴り、リリーの懐に飛び込んだ。間髪入れずに右拳を繰り出すと、リリーは杖を盾にして拳を受け止める。


「ッ!?」


 拳打の衝撃に、リリーの顔が歪んだ。防ぎはしたものの拳の威力を殺し切れていない。想定外の破壊力に精神が揺れているはず。この隙を活かさぬ手はない。


 カズイチが力任せに拳を振るい抜くと、リリーの両足が宙に浮き、大きく後方へ跳ね飛ばされる。


 追撃を仕掛けようとした瞬間、リリーは空中で身体を回転させた。体勢を立て直し、地面に着地すると同時に杖の先端をカズイチに向ける。


 リリーの額に汗が滲み、呼吸も荒くなった。動揺が手に取るように分かるが、戦闘態勢は維持している。


 格上相手でも折れない。どんなに勝率が低くとも諦めず最後まで足掻く。リリーは、そういう魔術師だ。


 こういう手合いとの勝負は楽しくて仕方がない。


 実戦であれば強気に攻めて何もさせずに圧倒するほうがいいに決まっている。だが、これは殺し合いじゃない。お互いの技をぶつけ合う試合だ。相手の技を見ずに終わらせるなんて無粋な真似はしたくない。


 カズイチが追撃を仕掛けずに待っていると、リリーはこちらの意図を察したのか、杖の先端に魔力を集中させた。


 勝負を楽しむカズイチとは対照的に、リリーは、こめかみに青筋を立てている。


「舐めてるわね……」


 リリーの杖の先端から白い光が溢れ出した。光がうねりながら杖に絡みつくさまは、まるで植物の蔓のようだ。


「ハッ!」


 白光を纏った杖が振り下ろされ、白く輝く魔力の斬撃――光波斬フラッシュエッジが放たれた。飛翔する光の一閃をカズイチは上体を捻って躱す。かなりの切れ味と速度を併せ持つ一撃だ。受験生相手に使う代物じゃない。


 もはやリリーにとってのカズイチは、学園の生徒になるかもしれない人間ではなく、打ち倒すべき敵なのだ。


 でもそれでいい。それがいい。そうじゃないと勝負は面白くない。


 口角を上げたカズイチが間合いを詰めようとした瞬間、鋭い斬撃が次々襲い掛かる。その数は、およそ数十発。迫り来る斬撃の群れに対してカズイチは両手に魔力を込めた。


 魔術師同士の戦い方において、魔術の防ぎ方は大別して四種類ある。


 相手の魔術を身のこなしで避ける回避。


 触媒や身体の一部に魔力を集中してダメージを抑える集中防御。


 相手の魔術と同程度の威力をぶつけて撃ち落とす相殺。


 相手の魔術を上回る威力の魔術をぶつけて一方的に破壊する迎撃。


 他にも様々な応用技術があるが、基本的にこの四種類を状況に応じて使い分ける。


 カズイチの場合は相殺と迎撃を好んで使う。魔術がぶつかり合って弾けると魔術を構成していた魔力が一帯に撒き散らされる。


 これを黒の魔力で吸収して己の魔力として運用するのだ。


 こうすることでカズイチは、通常であれば魔力切れを起こすような戦い方でも長時間の戦闘が可能になる。だから魔術起動速度に優れる手袋型の触媒を使用していた。


 手袋型触媒の欠点である魔力増幅機能の低さも、最初から大量の魔力を注ぎ込んで使うから問題にはならない。魔術起動の速度が速いメリットだけを生かせる形である。


 カズイチは、リリーの斬撃を全弾相殺して一気に間合いを詰めた。


「こいつなんなの!? なんで魔力が減らない? なんであたしがリソース負け!?」


 歯を食いしばったリリーが、より巨大な光の斬撃を連続で繰り出した。


 相殺に必要な魔力を瞬時に判断。拳に必要十分の魔力を込め、斬撃を打ち砕く。


 ぶつかり合い、霧散した互いの魔力を拳から取り込み、次の迎撃の一打に使用する。


 互いの魔術がぶつかり合う度に、カズイチは嬉々とし、リリーは焦燥の色を強めた。


 やはり楽しい。昔から戦いは好きだった。


 己と己の技をぶつけ合う。こういう勝負はたまらない。


 思えば仕事が忙しすぎて、こういう楽しい戦いをした経験は久しくなかった。


 ギルドの仕事の大半は、罪を犯した魔術師や魔獣の討伐ばかりである。戦いは好きでも命の奪い合いは好きではない。それでも必要な仕事だから躊躇なく遂行してきた。


 だけど飢えていたのだ。胸躍る闘争に。強者との高め合いに。


 最後に楽しいと思えた戦いは、いつだった?


 光の斬撃を掻い潜りながらカズイチが思案すると、ある記憶に辿り着いた。


 師匠であるリュウゼツ・ゴウとの修行の日々だ。まるであの頃のような――。


「へへっ」


 カズイチが笑った瞬間、左頬を光の斬撃が掠め、頬を血の暖かな感触が伝い落ちる。


「あっ!」


 リリーの表情が強張る。カズイチが血を流したことで我に返ったようで、致命的な隙が生じた。わざと隙を見逃して勝負を続ける手もあるが、今のリリーはカズイチを負傷させたショックで戦意が折れかけている。


 このまま勝負を続けても面白い戦いは望めない。そろそろ幕の引き時だ。


 カズイチは、大きく一歩踏み込み、リリーを拳の射程に収める。


 咄嗟にリリーが杖を振りかぶるが、先程までの技のキレはない。杖を狙って左ジャブを打つと、リリーの手から杖が弾かれた。


「しまった!?」


 勝機!


 カズイチは、ジャブを放って伸ばしたままの左拳を緩めて、人差し指と中指を揃えて伸ばした。指先に渾身の魔力を集中させると、青白く光る魔術陣が展開される。


 魔術陣に刻まれた紋様の各部が回転を始めると、リリーの表情が絶望で染まった。


 魔術の正体に気付いたのだ。山脈をも消し飛ばす上級砲撃魔術、その名を――。


滅却光砲バニシング・レイ!!」


 カズイチは、左手を素早く引き、右拳で魔術陣を叩いた。打突された魔術陣の中心から目も眩むほどの青白い光が漏れて――。


「ッ!?」


 リリーが目をつぶった瞬間、青白い光と魔術陣が霧散した。


「……え?」


 リリーが呆然としていると、弾かれた杖が床に落ち、カツン! と固い音が演習場に反響する。微動だにしないリリーの姿は、美しい面和と相まって女神の石像のようだ。


 カズイチは、大きく一歩下がって最敬礼する。


「お手合わせ、ありがとうございました」

「あ、ありがとう……ございました」


 リリーが一礼を返すと、拍手が聞こえた。


 クリスがキラキラと目を輝かせて拍手をしてくれている。


 エルもふわふわのしっぽを振ってぱちぱちと小さく手を叩いていた。


 拍手は一人また一人と伝播していき、やがて大きな音の波となる。


 ギルドの魔術師なんてやっていると、拍手を貰えることなんてないから新鮮だ。


「……悪くねぇな」


 ぽつりと呟くと、カズイチの左頬に温かなものが触れた。リリーが右手でカズイチの頬に触れている。一体何のつもりだろうか。カズイチは首を捻った。


「動かないで」


 リリーがそう言うと、右手から緑色の光が溢れた。これは治癒魔術だ。


 相手の身体に魔力を流すことで人体の自然治癒能力を飛躍的に向上させる。しかし相手に魔力を流す性質上、必ず魔力拒絶反応抑制剤を用いながら使用しなければならない。


 リリーほどの魔術師がこの程度の常識を知らないはずがない。つまり――。


「リリー先生。あんた、白の魔力を持ってるのか?」


 カズイチの質問に、リリーは沈黙で答えて左頬に触れていた手を離した。左頬に触れてみると傷が完治している。リリーは、眉間にしわを寄せて視線をそらした。


「……怪我させて悪かったわね。熱くなりすぎた。教師失格よ」


 先程の闘争心はどこへやら、萎れた花のように項垂れていた。


 こういう姿を見ると、クリスやエルとさほど歳が変わらないのだと実感させられる。


「模擬戦じゃよくあることですって。あんま気にしねぇでください」


 リリーは、咳払いしてリュウジに背中を向けた。


「……実技試験は合格よ。面接試験が始まるまで自由にしていていいわ」

「じゃあここでみんなの試合を見させてもらいます。構わねぇっすか?」

「ええ。好きにしていいわ。それじゃあ次の人」


 カズイチは、リリーに再度一礼して離れると、クリスとエルが駆け寄ってきた。


「カズさんめっちゃ強いじゃん! 何者!?」

「喧嘩慣れしてるもんでよ」

「うん。カズイチ強い。おめでと」

「おう。エルもありがとな」


 クリスとエルと話しつつカズイチは、先程居た近衛隊の大男の姿を探す。


 大男は、演習場の出口に向かって歩いていた。近衛隊の大男を見つめると視線に気付いたのか、彼は一切の感情を表に出さずにカズイチを一瞥し、演習場から去っていった。

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