第9話『おっさんと、面接と、きな臭さ』
受験生全員の実技試験が終了して面接試験が始まる頃には、日が傾き始めていた。
面接試験の会場は校舎五階の会議室で、カズイチはパイプ椅子に座り、窓際の長机についている面接官と向かい合っている。
面接官のメンツは、五名の教員であり、リリーも長机の右端に座っている。
リリー以外の面接官は、ベテラン教員という風格で、中でも長机の中央に居る焦げ茶の長髪の女性が目を引く。年の頃は三十代ぐらいだろう。妖艶な雰囲気を纏った美しい女性だ。
「私は、学園長のマリン・アーバストです。よろしくお願いしますね」
アーバストの名前は、カズイチもよく知っている。優れた魔術師を数多く輩出した名家だ。
たしか近衛隊の隊長もアーバスト家の人間である。演習場で出会った近衛隊の大男は、間違いなく幹部クラスだ。となれば彼がマリンと血縁関係であってもおかしくない。
頭の中でパズルのピースを組み立てながらもカズイチは、深々と頭を下げる。
「サエヤマ・カズイチです。よろしくお願いします」
マリンは、机の上に置かれた資料を広げると目元を緩めた。
「筆記試験は満点。実技試験でもリリー先生を下すとは、さすがあの竜王ですね」
マリンが竜王の名を出した途端、リリーは目を丸くして椅子から飛び上がった。
「竜王って……あの竜王!? 裏社会最強の魔術師ってあの!?」
「あらあら。リリー先生、知らずに戦っていたのですか? そういううっかり屋さんなところは、学生時代から変わりませんね。あなたも本校を卒業して今年から教師なんですからうっかり屋さんも卒業してほしいですね」
「うぐっ……で、ですが学園長! ギルドの魔術師なんて、我が校で受け入れる必要あるんですか? しかも魔術師資格を剥奪されたんでしょ?」
「リリー先生」
カズイチへの害意を剥き出しにしたリリーを学園長のマリンが横眼で見やる。金色の瞳に牽制されたリリーは、気まずそうにそっぽを向いて椅子に座った。
マリンは、カズイチに視線を戻すと、机に肘をついて手を組み、顎を乗せた。
「世界でただ一人の黒の魔力の使い手。他者の魔力を取り込み、自分の魔力とする魔術の法則を根底から覆す規格外。史上最年少十二歳で魔術師資格を獲得……記録は未だに破られていない。伝説の魔術師、竜皇リュウゼツ・ゴウの弟子にして、ギルド・リュウゼツの二代目マスターである竜の後継者。ギルドの解散については、とても残念でしたね」
マリンが眉を下げて残念そうな顔をする。本心からそう思っているように見えた。
「あなた、噂では軍にはめられたと主張しているのでしょう?」
今度は、カズイチの内心を探るような目だ。意外と食えない女かもしれない。
「はめられたにせよ、はめられた俺が間抜けって話です」
思っていることをそのまま伝えると、マリンの艶やかな唇が笑みをたたえた。
「あらあら。いい目をしてますね。あなたはこの学園で何を学び、何を成すつもり?」
成すべきことは一つだけ。失われたものを取り戻すことだ。
カズイチは、膝の上で左右の拳を固く握った。
「ギルド・リュウゼツの復活です。俺は、そのために魔術師資格を取らなくちゃならねぇ。そのためにここに居るんです」
マリンは、カズイチの言葉を一音一音噛み締めるように小さく頷きながら聞いている。
「ふむふむ……ギルドの復活があなたの目的だと? ギルドの解散命令を取り消すのは、並大抵ではないでしょう?」
「炎帝って連中の首を差し出しますよ」
怨敵への殺意を滲ませながらカズイチが答えると、マリンは手元にある資料を閉じた。
「ふむふむ。もうよろしいですよ」
「え? もう終わりなんですか?」
「ええ。あなたのことはよく分かりましたわ。サエヤマさんから質問はありますか?」
マリンの人当たりの良い笑顔は、妙に嘘くさく見えた。
いくら何でも呆気なさすぎる面接に、不信感を抱くもカズイチは表に出さない。
「……この学園は、飛び級と早期卒業の制度があるんですよね」
飛び級制度については、アルティシア魔術学園のパンフレットに書かれていた。
アルティシア魔術学園は、初等科六年・中等科三年・高等科三年の一貫教育となっている。カズイチのように高等科や中等科から入学する生徒も少なくないが、全校生徒の約半数が初等科から入学しているらしい。
高等科三年で受ける卒業試験に合格すると魔術師資格を獲得出来るのだが、成績優秀者は飛び級や早期卒業も可能とのことだ。カズイチの質問に、マリンは微笑んで頷いた。
「ええ。つまり一刻も早く資格が欲しいから、入学してすぐ卒業試験を受けさせろと?」
「失礼を承知で言いますが、俺の経歴はご存じでしょう。学校で学べるようなことはないと思います」
「……分かりました。その点について私のほうで考えておきます。他に質問は?」
「いえ、ありません。では、失礼します」
カズイチは席を立つと、マリンたち面接官に一礼して面接会場の部屋を出た。
そのまま校舎を後にして、中庭まで来たところでスマホを取り出し、通話アプリットをダブルタップする。
通話をかける相手はエリックだ。三回ほどコールすると、通話が繋がった。
『カズ、どうした?』
「忙しいところ悪いな。今日アルティシア魔術学園の試験を受けたけどよ、筆記も実技も合格だぜ。面接も俺の感覚じゃ間違いなく……通ったな。百パーセント入学が決まった」
『よかったじゃないか! でも、なんというか釈然としない感じだな?』
「ああ、そのことなんだけどよ、ちょいと頼まれてくれ。色々と裏があるぜ、この学園」
これから何が始まるのかまだ分からないが、何が起きても叩き潰してやる。
不敵に笑んだカズイチは、アルティシア魔術学園の本校舎を睨みつけた。




