幕間『助けて』
半獣人のシャロルは、獣人の娼婦だった母親と彼女の客であった父親の間に生まれた。
乳飲み子の頃に捨てられて、アルティシア女王の運営する孤児院に引き取られた。
孤児院では、他の子供たちと同じに扱われたし、子供たちからも差別されたことはない。だけど一歩外に出ると、待っていたのは差別と罵詈雑言の嵐であった。
「やーい! 四つ耳お化け!」
「こっち来るなよ、気持ち悪い!」
「うちの子に近付かないで汚らわしい!」
人間と獣の耳を両方持つ半獣人。人間でもない。獣人でもない。両方から侮蔑の対象とされる。
殴られて、石を投げられて、それでも蹲って我慢した。反撃したらもっと酷い暴力を受ける。
幼いシャロルは、それ以外にやり過ごす方法を知らなかった。
「やめろ!」
そんな時、いつもカズイチが助けに来てくれた。自分も子供なのに、相手が何人居ても、たとえ大人相手でも怯まず戦いを挑んだ。
シャロルを守るためにいつもボロボロになったけど、カズイチは一度も涙を見せなかった。笑ってシャロルをおんぶして孤児院への道を歩きながらいつも励ましてくれる。
「シャロルは、魔術師の才能があるから大丈夫だ。俺よりも強くなるぜ」
「わたし……女王さまをお守りする人になりたい。なれるかな?」
「なれるさ!! 努力すればきっとな。俺を信じろ!」
「カズイチにいさん……」
いつも励ましの言葉を与えてくれたカズイチは、ある日突然リュウゼツ・ゴウに引き取られて孤児院を出て行った。
悲しかった。辛かった。わんわん泣いた。
そんなシャロルをアルティシア女王がずっと頭を撫でて慰めてくれた。
「カズイチは、幸せになるのです。シャロルも喜んであげてくださいね。離れていてもあなたたちの絆は絶対に切れません。きっとカズイチもあなたの幸せを願っていますよ」
カズイチと女王の言葉を貰ったシャロルは、生まれ変わろうと覚悟を決めた。涙を堪えて魔術師の修行を始め、魔術学校で辛い目に合っても、めげずに努力を続けた。
十数年の研鑽を経てシャロルは、今アルティシア女王の護衛兼メイドとして傍に仕えている。幼い頃の夢を叶えたのだ。
ユナイティア城の廊下をメイド服を着たシャロルが茶器の乗ったカートを押して歩いている。
ふわふわのピンクの髪と尻尾を揺らして大理石の床をブーツで踏むたび、カツンカツンと小気味の良い音が鳴る。獣の耳と人間の耳の四つの耳で音色を楽しんだ。
シャロルが目指す廊下の奥には、磨き上げられたマホガニー製の扉が待ち構えていた。
扉の前に着くと、襟元の黒いリボンを整えてからドアをノックする。
「シャロルです。女王陛下、お茶をお持ち――」
『あなたは何を考えているの!?』
扉の向こうから悲鳴にも似たアルティシア女王の声が響いた。何事かとシャロルは、勢いよく扉を開け放る。数々の調度品が置かれた豪奢な部屋の中には、二人の人物が居た。
黒いドレスを着たアルティシア女王。
彼女の前に跪く大男、近衛隊隊長のクライヴ・アーガストだ。
クライヴは元軍人であり、二十代で将校になった天才魔術師である。二十五年前、腕を見込まれて近衛隊にスカウト。それから今に至るまで王家に仕えてきた。
そんな彼を見下ろすアルティシア女王の顔は憤怒の情に染まっており、普段の美しさは見る影もない。
クライヴもいつもの威厳ある姿ではなく、母に叱られた子供のように弱々しく見えた。
「……必要なことでした」
クライヴが声を発した瞬間、アルティシア女王の怒りがさらに激しく燃え上がった。
「ふざけないでッ!! この失態の責任をどうとるつもり!?」
「計画は、必ずや上手く行きます」
「もういい! お前の顔など見たくない……二度と現れるな!!」
アルティシア女王の罵声を浴びたクライヴは、一礼して部屋を出て行った。
シャロルとアルティシア女王の二人きりになってしまう。気まずい。気まずすぎる。
なんとなしなくては。女王の機嫌を直さなくては。シャロルに出来ることはお茶を淹れることぐらいだ。カートに乗せたティーポットに手を伸ばす。緊張して手が震える。
なんとか抑えようとするが収まらない。でもお茶を淹れなくては。
「……シャロル」
「は、はいぃ!?」
突然アルティシア女王に声をかけられ、驚いたシャロルの手からティーポットが落ちた。赤い絨毯が敷き詰められた床にティーポットが落ち、粉々に砕け散る。
やってしまった。アルティシア女王が気に入っているティーポットが――。
「す、すいません!!」
シャロルが絨毯の上に散らばったティーポットの破片に手を伸ばすと、突然伸ばした手を掴まれた。
「何をやってるの!?」
アルティシア女王がシャロルの手首を掴んで強く握ってきた。凄まじい形相のアルティシア女王に、シャロルは声も出せず、心の中で願うしかなかった。
カズイチ兄さん、助けて――。
十数年ぶりにシャロルは、カズイチに助けを求めていた。




