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第10話『裏社会最強のおっさん元魔術師は、無視される』

 早朝の爽やかな空気が満ちた煉瓦造りの街の通りをサエヤマ・カズイチは歩いていた。


 アルティシア魔術学園・高等部の入学試験は予想通り合格。今日は登校初日だ。


 学園の制服は、黒いジャケットと白いYシャツにワインレッドのネクタイ。黒いスラックスと革靴だ。学校の制服というよりユナイティア王国軍の軍服に近いデザインである。


 ちなみに女子生徒の場合は、スラックスではなく膝上丈の黒いプリーツスカートを履き、その下にショートパンツと黒いタイツを身に付ける。


 カズイチと共に通学路を行く生徒は、男子も女子も制服の上からローブを着ている者が多い。ローブの着用は自由であり、カズイチは拳を使う戦闘スタイルのため着ていない。


 カズイチは、今年で二十九歳。学生服らしい学生服を着るのは、きついと思っていたので軍服のようなデザインのアルティシア魔術学園の制服はありがたい。


 もっともカズイチと同じ制服を着た生徒たちが学園を目指して大勢歩いているので、結局おっさんが学生服を着ている不自然さは全開なのだが。


 アルティシア魔術学園に到着したカズイチがまず向かったのは、高等科の入学式の会場となるアルティシア記念講堂だ。


 煉瓦造りの講堂に、本年度の高等科入学者百五十名が一堂に会している。


 入学式の内容は以前通っていた王立魔術学校と大差はない。マリン学園長がお決まりの祝辞を言い、新入生代表に選ばれたクリスが挨拶をして終わりである。


 入学式が終わった後にリリーに先導されて向かったのは、巨大な城のような校舎の三階だ。


 アルティシア魔術学園の校舎は、一階が初等科。二階が中等科。三階が高等科の教室になっている。カズイチのクラスは、高等科の一年一組だ。


 一年一組の教室には、黒板と教壇、生徒三十人分の椅子が置かれている。これまた絵に描いたような学校の教室だ。


 生徒たちが全員教室に入ると、見計らったようにリリーがやってきて教壇に立った。


「それじゃあ、みんなの席順を言うわよ。まずは……」


 リリーが席順の書かれたメモ紙を読み上げて、生徒たちは指示通りの席に着いた。


 ちなみにカズイチの席は、最前列のど真ん中、リリーが立っている教壇の目の前だ。


 リリーと目が合うと、赤い長髪を指にくるくる巻きつけながら素敵な笑顔を送られた。


 何らかの意図を感じるがとりあえず黙っておくことにする。それに左隣がクリス、さらにその隣がエルなだけありがたい。見ず知らずの若者に囲まれるより大分マシな状況だ。


 クリスとエルは、二人とも女子用制服の上からローブを着ている。


 クリスは、袖と裾に白い桜の花の紋様があしらわれた桜色のローブ。


 エルは、胸や腰に大きなポケットがついて、袖や腰の一部に革のベルトが取り付けられたベージュ色のローブだ。


 アルティシア魔術学園では、ローブは制服と違って自由なものを身に付けてよく、女子生徒はローブでおしゃれを楽しむ文化があるらしい。


 左隣のクリスは、ヒマワリのような屈託のない笑顔で、スマホを持った右手を振った。


「カズさん、お隣さんになったんだし、ルイン交換しようよ」


 聞き馴染みのない単語に、カズイチは首を傾げる。


「ルイン? なんだいそりゃ?」

「知らない? メッセージアプリットだよ」

「そんなのあるかい。俺、スマホは通話機能ぐらいしか使わねぇからなぁ」

「じゃあ私のルインアプリット、余ってるからあげるよ。私のスマホのアプリットたち仲良しですぐ増殖しちゃうの」


 カズイチがクリスにスマホを渡すと、彼女は慣れた手つきでスマホ同士をゴムチューブで繋いだ。少し待つとクリスのスマホの中に居る緑色のうさぎ型アプリットが一匹、ゴムチューブを通ってカズイチのスマホに入る。


 クリスは、ゴムチューブからカズイチのスマホを外して、差し出した。


 カズイチがスマホを受け取って画面を見ると、緑色のうさぎ型アプリットが一つ追加されている。


「おお、ありがとな。こいつでメッセージをやり取りすんのか」

「そうそう。気軽に連絡出来るから若者に流行中だよ。私とエルもよく使うんだ。ね?」


 クリスがエルの頭をわしゃわしゃ撫でる。エルは獣耳を飛行機の翼のように倒して心地良さげに目を細めた。クリスは髪の手触りを、エルは手の感触を楽しんでいるようだ。


 仲の良い二人の様子をカズイチが微笑ましく思っていると、クリスが妙に真剣な目つきで顔をずいっと近づけてきた。


「カズさん……実は、お願いがあるの。私やりたいことがあって、それをカズさんに」

「はい!! みんなおしゃべりやめて!」


 リリーが手をパンパンと叩いて生徒たちの注目を集める。


「本格的な授業は、明日からよ。今日は、学園の施設を案内するわ。ついてきて」


 こうしてリリー先生の学園ツアーが始まった。最初に連れて行かれたのは、本校舎から見て東側にある演習場だ。先日カズイチが受けた実技試験の会場となった場所である。


「まずここが高等科の演習場。実技は、ここでやるから教室の次に多く来る場所ね」


 次に訪れたのは、本校舎から西に歩いて三分の場所にある学生食堂棟だ。一面ガラス張りの三階建ての建物で、三階には木製のバルコニーガーデンがある。


「ここは食堂。一流レストランにも負けない美食が山盛り。あたしも毎日利用してるわ」


 リリーが自慢げに胸を張ると、エルがふわふわの耳をピコリと動かしてリリーの胸をじっと凝視した。


「うん。ここの食事でこんなに育ったのか」

「エル、セクハラ発言は控えなさい」

「じゃあ見てるだけ」

「叩くわよ?」

「体罰反対」


 リリーは、エルの額にビシッ!とデコピンして施設案内を続ける。


 次に向かったのは、学園の敷地の北側にある学生寮だ。煉瓦造の五階建てでマンションのような外観である。


「学生寮は北側にあるここと、あと南側にも一棟あるわ。教員寮は、これより小さいのが西に一つ。学生寮も教員寮も全室個室になっているわ。あたしも住んでるけどいい所よ」


 その後もカズイチたち一年一組は、最新のトレーニング器具やプールが設置されたトレーニングルームや校庭や中庭などに移動しながらリリーから説明を受けた。


 施設の充実ぶりは、ユナイティア王国の魔術学校の中でもトップクラスだ。さすがアルティシア女王の名を冠された魔術学校だけのことはある。


 全ての施設の案内が終わって、カズイチたちが教室に戻ってきた時には昼を過ぎていた。


 リリーは、教壇に立って腕を組み、自慢げに鼻を鳴らした。


「大まかにはこんなところね。他に分からないことがあれば、なんでも聞いてちょうだい。質問あるかしら?」


 ちょうどいい機会だ。一つ確認しておきたいことがある。

 カズイチが手を上げると、リリーは露骨に嫌そうな顔をした。


「……何かしら?」

「早期卒業の件っすよ」

「ああ、それね……」


 リリーは、敵意を剥き出しにして嫌味たらしく笑った。


「理事長からの提案で、あたしに任されたわ。あんたが卒業試験を受けるに足ると、あたしが判断したら理事長に報告して卒業試験を受けられるようにする……つまりあんたが早期卒業出来るかどうかはあたし次第ってことよ」

「なるほど。つまりあんたは、俺に卒業試験を受けさせるつもりがねぇってことっすか」


 リリーは、腕を組んでドブネズミでも見るような目でカズイチを睨みつけた。


「あたしはね、ギルドなんてものに所属している魔術師は大嫌いなの。自分たちを特権階級か何かと勘違いして力で弱い者を押し潰そうとするクズの集まりよ」


 ギルドの魔術師に対して悪感情を持つ者は少なくない。違法行為に手を染める輩も多いし、市民に迷惑をかけるギルドが存在するのも事実だ。けれど警察や軍よりも柔軟に動ける利点を生かして市民の役に立つこともある。


 師匠のゴウは、そんな正義の魔術師であり、ギルド・リュウゼツもそういうギルトだった。だから退けない。己の信念を侮辱されて黙っていられるはずがない。


 カズイチは、席を立ってリリーと真正面から向かい合った。


「俺は、そんな連中ばかりじゃねぇと思うんすけどね」

「あなたがそうじゃない保証はないでしょう。竜王なんて二つ名、あなたが力で誰かを虐げた結果じゃないかしら?」


 リリーの言う通り、カズイチは、依頼をこなす中で法を犯したこともある。相手は悪人だったが、数多くの魔術師を倒したし、命を奪ったことも一度や二度ではない。


 それでも弱い者を虐げる間違った力の振るい方をしたことはない。恥じ入ることは何一つないのだ。カズイチは、リリーから顔を背けることも視線を逸らすこともしなかった。


「俺なりに、力を振るう筋ってもんがあるんです。筋に外れた使い方は絶対しねぇ」

「話にならないわ。この国は法治国家であり、立憲君主制国家よ。魔術師ってだけで優遇されたり、爵位を与えられて横暴にふるまえる国と違う。魔術師の意志で好き勝手に力を振るうことなんて許されないわ」

「俺は、ルールを守るばっかりじゃ救えねぇ連中が居たのを見てきてます。そういう連中を救うために、俺の師匠はギルドを作った。俺は、あの人にその役目を託されたんです」


 ゴウから託されたギルドを復活させるために、一刻も早く魔術師資格を得なくてはならない。寄り道している時間はない。最短距離を突き抜ける。


 カズイチは右腕を力強く突き出して、リリーをビシッ!と指差した。


「だから先生に俺の実力を認めさせて、ここを一週間で卒業してみせますよ!!」


 カズイチの宣言に、リリーはニヤリと笑った。


「じゃあ賭けをしましょう。一週間であたしにあなたの力を認めさせたら、あなたが卒業試験を受けられるよう理事長に話すわ。もしもそれが出来なかったら――」

「俺があんたに退学届けを出す……ってとこっすか?」

「そういうことよ」

「難敵に挑戦するのは嫌いじゃねぇけど、不利なだけの理不尽を楽しめるほどマゾじゃねぇんすよ。あんたに認められる条件ってのが抽象的すぎて俺に不利だ。せっかくなんで具体的な条件を決めましょうや」

「はいっ!!」


 カズイチの提案に手を上げたのは、何故かクリスであった。しかも、ワクワクを隠し切れないという風なすごくいい表情をしている。とても嫌な予感がした。


「じゃあ便利屋部の活動で実績を出すっていうのは、どう!?」


 便利屋部という聞きなれない単語に、カズイチは首をひねった。


「便利屋部?」

「私が入学したら作ろうと思ってた部活なの! 困ってる学園の生徒を助ける部活っ!! リリーちゃんが家庭教師してた時に話したら顧問やってくれるって!」

「ええ。約束はしたし、準備も進めてるわ。でもそれがこの男と何の関係が?」

「カズさんは優しくて強い! 私は一目見た時にそれを理解したからカズさんを便利屋部に勧誘するつもりだったの。この人なら一緒にたくさんの人を助けてくれるって!!」


 先程クリスが言っていたカズイチへの頼み事というのは、これのことだろう。


 せっかく頼ってくれたのだから付き合ってやりたいが、三年もこの学園で足踏みをするつもりはない。かと言って無碍にするのもはばかられる。


 さてどうしたのものか。困り果てたカズイチは、後頭部を掻きながら唸り声を上げた。


「んー頼ってくれんのは嬉しいけど、俺部活に入ったとしてもすぐにやめちまうぜ」

「でもカズさんも困ってるんだよね。便利屋部は、困ってる人の味方なの。だからカズさんを助ける意味でも部員になってほしい!」


 クリスがキラキラと瞳を輝かせてずいっと顔を近づけてくると、オレンジ色のボブカットがふわりと揺れた。


 一見すれば明るくて親しみやすい女の子である。けれど瞳の奥に秘めたものを感じる。ある種の執念。あるいは覚悟。こういう顔をする人間にはそうそうお目にかかれない。 クリスが何を考えているのか、何を目指しているのか、見てみたい。


 どの道、カズイチにとっても悪い話ではないのだ。ならクリスの話に乗るのも一興だ。


 カズイチは、右手の親指を立て、ぐっと突き出した。


「よっしゃ! 俺は、それで構わねぇ。人助けしながら一週間で資格を得られるんだ」

「ほんとに! やったぁ!」


 両手を上げて喜ぶクリスとは対照的に、リリーは肩をすくめている。


「なんで得られる前提なのよ……まぁいいわ。じゃあ賭けは便利屋部に来た案件を解決したらということにしましょう。解決する件数はそうね……」


 こういう交渉事は、ギルドの仕事で何度も経験してきた。交渉は、相手に譲歩しているように見せてこちらが最大限得をする提案するのがコツである。


 数が多すぎると、こちらが不利になるが、少なすぎてもリリーが乗ってこない。


 ちょうどいい数はいくつぐらいか。可能な限り二桁は避けたい。


 思案するカズイチをしり目に、クリスは両手を開いて高く掲げた。


「十件!! 私たちで十件の依頼を解決するよ!!」


 しまった。考えている間にクリスが勝手に宣言してしまった。


「そんなに来るかしらね?」

「来るもん! 困ってる人は大勢居るんだよ!!」


 しかもリリーとクリスの会話のキャッチボールが速い。割り込む隙がない。


「そうね。どうせならあたしの依頼も解決してもらおうかしら。じゃあ九件の依頼とあたしの依頼の合計十件の依頼を一週間で解決すること!」

「それでいいよ!」

「分かったわ。さーて、どんな依頼にしようかしら」


 当事者不在で、クリスとリリーの取引が決まってしまった。


「……なぁクリス。俺の意見は?」


 口を挟んでみたが、二人はまったく聞いていない。

 リリーは、ローブのポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしてからカズイチとクリスに画面を向けた。画面上では、カレンダーアプリットが起動している。


「スタートは、公正を期すため便利屋部が開設した日から一週間と言うことでいいわね」

「よくねぇよ! つーか一週間で十件も困るごとが来んのか? 来たら来たらでこの学校、大分問題がねぇか? そして俺の意見は!?」

「私は、全然それでいいよ!!」

「ちょいちょい! クリスさーん!? 俺の意見!!」


 クリスは、カズイチとエルの手を掴んでグイッと引っ張った。


「カズさん! がんばろうね!! じゃあさっそく作戦会議だ!」

「なぁ! だから俺の意見は!? なんで急に無視するの!? おっさん悲しい!」


 カズイチの叫びは空しくもスルーされ、クリスに引っ張られながら教室を後にした。

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