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第11話『おっさん元魔術師、かわいいカフェに行く』

 アルティシア魔術学園の周辺は、ユナイティア王国伝統の煉瓦造の建物で統一され、道路も石畳で舗装されている。学園設立に合わせて一帯が学園都市として再開発が行われ、城のような外観の魔術学園の校舎と雰囲気を合わせているのだ。


 伝統的な見た目に反して店のラインナップは近代的で、カフェ・レストラン・雑貨屋・スマホショップなど学生向けの店舗が軒を連ね、昼休憩の学生たちでごった返している。


 カズイチたちが訪れたのは、カフェ・メルヘンズだ。鮮やかな花と動物のぬいぐるみで飾り付けられたテラス席が人気の店で、花の香りがするクリームを使ったパンケーキが名物だとか。


 テラス席に三人で座り、注文してから十五分後、パンケーキが運ばれてきた。


 カズイチが頼んだのは、店員おすすめの薔薇の香りがする薔薇のパンケーキである。


 パンケーキの上に薔薇の花を象った真っ赤なクリームが咲いており、皿の上には一口大に切ったフルーツがちりばめられている。


 クリスは、アネモネの形をした紫色のクリームが乗ったパンケーキで、エルのものはカルミアを模した小さな薄桃色の花の形のクリームだ。


 飲み物は、キャラメルミルクコーヒーなるものをクリスがカズイチの分も頼んだ。グラスの下半分が白いミルクの層、上半分が茶色いキャラメルとコーヒーの層になっている。


 ちなみにエルは、コーヒーが苦手とのことで紅茶を頼んだ。


 カズイチは、好きな方だが、ここまでの糖分と脂肪の塊は、見ているだけで胸焼けしそうだ。飾り付けも豪華でどこから手を付ければいいのか分からず、フォークとナイフを持ったままパンケーキと睨めっこしてしまう。


「こりゃあすげぇな……どっから食えばいいんだ?」

「カズさんや、食べる前にやることがあるのだよ」


 ドヤ顔のクリスが指を振り、スマホのカメラをカズイチのパンケーキに向けた。


「カズさん、自分のパンケーキのお皿持ってくれる?」

「えっ? 皿持つの? えーと……こんな感じ……かい?」


 カズイチがパンケーキの乗った皿を片手で持つと、クリスはむぅーっと唇を尖らせた。

「違う違う。可愛くない!」


「いやいや。俺は、可愛いって感じの面じゃねぇだろ。無精ひげ生えたおっさんよ?」

「いいからほら! お皿を両手で持って顔を近づけて!!」


 圧がすごい。若者の圧がすごい。ポーズにかける執念が怖い。三十手前の男に可愛いもくそもないが、逆らうと後が怖そうなので、素直に言うことを聞くことにする。


「えっと、こうか?」

「そうそういい感じ!! いいよ~映えてるよ、映えてる! 次可愛い笑顔! 次は舌を出してウィンク! ぶりっこポーズか~ら~の~舌ぺろ!!」


 映えとは、一体何なのだ。理解に苦しみながら指示通りの表情を作ってみる。


 クリスはシャッターを連続で切ると、満足そうな表情でスマホの画面を弄り始めた。


「ありがとカズさんっ。可愛く撮れたよ~これプレゼント!」


 カズイチの上着のポケットからピロリン! とスマホの着信音が鳴った。


 パンケーキの皿をテーブルに戻してスマホを確認すると、ルインアプリットの額に小さな赤い光点が点滅している。画面越しにうさぎ型のルインアプリットをダブルタップすると、パンケーキを顔に寄せてポーズを決めるカズイチの写真が画面を埋め尽くした。


 きもい。グロい。気色悪い。いい年こいたおっさんが決め顔作ってることほど痛々しい事象は世界に存在しない。だけど、折角良かれと思って撮ってくれたのだ。腐すばかりではあれだ。カズイチは、ぐっ! と親指を立てる。


「ク、クリス写真撮るの上手いな! このパンケーキ、実物よりも美味そうに撮れてら」

「ほんと!? ありがとう! ほらエルのも撮ってあげる!!」


 クリスがスマホを向けると、エルは素早くパンケーキの皿を顔の近くで持ち、ふかふかの耳と尻尾を振ってポーズを決める。さすが若者だ。カズイチよりも様になっている。


 そんなエルを画面に映したクリスは蕩けるような笑みを浮かべた。


「舌ペロ! ウィンク!! お耳パタン! ん~カズさんの一兆倍可愛いよ!」


 そりゃそうだろう。と内心で突っ込みを入れるもカズイチは口に出さない。

 クリスのテンションは、どんどん上がっていき、蕩けたような笑みを浮かべていた。


「えへへ~エルは可愛いね!! 可愛すぎてよだれ出てきた~いい思い出が出来たよ」

「うん。ありがと」

「獣臭いな、この店」


 エルが皿をテーブルに置いてフォークに手を伸ばすと、男の罵声が浴びせられた。

いつの間にか隣のテーブルに若い男女がついている。


 男は、派手な柄シャツとダメージジーンズ。女は、露出度の高いピンクのドレス姿だ。


「店員さん、このお店ペットOKなの?」


 女がけたけたと笑うと、クリスが席を立とうとする。友人を侮辱されたら黙っていられないのは同然だ。しかし絡んできた二人からは、どちらも魔力の気配がする。


 格好から見てギルドのチンピラ魔術師と言ったところだ。学生街には、若者を勧誘するギルドの構成員が湧くことは珍しくない。この二人もそういう手合いだろうか。


 クリスがこんな連中を相手する必要はない。鬱陶しい虫の始末は、落ちぶれた竜で十分だ。カズイチは、クリスを手で制してチンピラ二人のテーブルに行った。


「この店にいらねぇのは、マナーを守れねぇくそ客だ」


 カズイチが皮肉を飛ばすと、男が狂犬のような表情で椅子から立ち上がった。


「なんだ、てめぇ?」

「とっとと出ていきな。てめぇらが居るとパンケーキがまずくなるって言ってんだ」


 ほんの少しだけ殺意を込めた目で男と女を一瞥すると、二人の顔色がみるみるうちに青くなった。カズイチと自分たちの実力差を理解する程度の使い手ではあるらしい。


「す、すんませんでしたっ!!」


 チンピラの男と女は、逃げるようにしてカフェから去っていた。

 カズイチがテーブルに戻ると、エルが申し訳なさそうに耳をぺたりと伏せていた。


「嫌な思いさせてごめん。獣人は、どこに行ってもこんな扱い」

「謝ることねぇよ。ああいう扱いされたら怒っていいんだ。俺も一緒に怒ってやる」

「そうだよ! エル、私も一緒に怒るからね!!」

「よっしゃ! じゃあ気分を切り替えてパンケーキといこうぜ!!」

「だね! 便利屋部の決起集会だから、まずは乾杯!!」

「クリス。その前に薬」

「あ、忘れてた」


 エルは、ローブの胸ポケットからコルク栓で蓋をしたガラスの小瓶を取り出した。中には錠剤が二十個ほど入っているが、全部形が違う。


 クリスは、エルから小瓶を受け取り、錠剤を全部掌の上に出した。それを一気に頬張ると、キャラメルミルクコーヒーで一気に飲み干した。


「うぅ~まずぃ~」


 顔をしかめたクリスだったが、カズイチのほうを向くと、ニコッと笑った。


「何も聞かないんだ?」


 詮索したくないと言えば嘘になる。でもクリスに嫌な思いはさせたくない。好奇心を満たすよりも仲間の気持ちを優先したい。カズイチは、手に持ったグラスを揺らした。


「聞いてほしけれりゃ聞くぜ。でも聞いてほしくないなら聞かねぇ」

「じゃあ……何も聞かないでほしいかな?」

「分かったよ。乾杯といこうぜ」


 クリスは笑顔のまま頷き、キャラメルミルクコーヒーの入ったグラスを掲げた。


「じゃあ便利屋部結成を祝して乾杯!!」

「乾杯!!」

「うん、乾杯」


 カズイチとクリスはグラスを、エルは湯気の立つティーカップを持って軽くぶつける。


 カズイチがグラスを煽ると、濃厚な甘みの暴力が口の中に流れこんできた。美味しいのは美味しいが、これを飲み干すと数日は、胃もたれと付き合うはめになるだろう。


 クリスは、平気な顔をしてぐびぐびと飲んでいる。さすが若者の胃袋だ。胃が脂肪分を受け付けなくなってきたお年頃のカズイチとは違う。羨ましい。


 一方のエルは、紅茶のカップを口に運んだ瞬間、舌を出した。


「あちっ」


 ふーふーと冷ましてからカップを口に運ぶも「あちっ」とまた舌を出した。


 もう一度息で冷ましてから口を付けるもまた舌を出した。相当の猫舌らしい。


 エルの頬が風船のようにむぅーっと膨らんだ。それから紅茶の表面に人差し指で軽く触れる。紅茶から立つ湯気が消え、カップの表面が汗をかいた。


 エルは、ぺたんと獣耳を倒してしょんぼりしてしまう。


「うん。冷やしすぎた……」

「エルは、干渉制御型の氷属性の使い手か?」

「うん。得意魔術」


 属性魔術には、魔力を炎や雷などの属性に変換して相手にぶつける魔力変換型と大気中の水分や静電気などに魔力で干渉・増幅して制御する干渉制御系の二種類がある。


 エルの場合は、冷却したい対象から熱を奪って冷やす干渉制御型の使い手のようだ。


 干渉制御型を極めるには、特別な才能が必要であり、カズイチも使えないわけではないが不得手としている。エルは、かなりの才能の持ち主と見ていい。


「俺も氷の干渉制御型を使うやつとはあんまり会ったことがねぇ。いい才能持ってんな」


 エルは、カルミアのパンケーキを頬張り、もぐもぐと口を動かしながら頷いた。


「うん。リリーにも言われた」


「そういやリリー先生は、この店来ないのか?」


 カズイチが聞くと、クリスが残念そうな顔でパンケーキを切り分けながら口を開いた。


「リリーちゃん、学園の敷地から出るの結構大変らしいんだよね。ほら、白の魔力保有者だからさ。学生時代からずっと学園の寮で暮らしてるんだって」

「へぇ……学園で」

「そう。リリーちゃんのご両親も最初は護衛を雇ってたんだって。けど護衛任務を受けたギルドの下っ端が裏切って、ギルドを壊滅させてリリーちゃんを誘拐しようとしたんだ」


 ギルドの中には、犯罪をいとわない者も多いし白の魔力保有者を闇市場に流せば一生遊んで暮らせる金が入る。警備費の稼ぎよりも、人身売買で大金を得ようとしたのだろう。


「誘拐犯は逃がしたけど、リリーちゃんは助かったの。でも結局お家だと警護しきれないってなって魔術学園の寮で護衛付きの生活をすることになったんだって。だから今でも自由に外出出来ないし、卒業した後の就職先も学園一択だったんだって」

「……なるほどねぇ。そりゃあギルドを恨むし、初心な箱入り娘にもなるな」

「しかもね。その時リリーちゃんを誘拐しようとしたやつ、ギルドを作ったって噂されてるんだけど、そのギルドが炎帝なんじゃないかって。まぁ、あくまで都市伝説だけど」


 ここでも炎帝の名前が出てくるとは。都市伝説レベルとは言え、情報の出どころが気になったカズイチは、クリスに問いかける。


「その情報源ってどこだ?」

「私は、エルに聞いたんだ。エルは、誰からだっけ?」

「陰謀論好きなメル友」


 エルは、ふわふわの銀色の毛で覆われた耳をぴんっと立てて決め顔を作る。

 カズイチは、ジト目でエルを睨んだ。


「その情報、信用出来ねぇと思うのは俺だけか?」


 兎にも角にも炎帝とは、厄介な因縁が出来てしまったようだ。


 リリーがギルドを恨む理由もよく分かった。嫌われている理由が分からないよりはいいが、分かったところで根が深いからカズイチがどうこう出来るものではない。


 前途は多難だが、やるしかない。


 気合を入れて薔薇のパンケーキを口に運ぶ。噛むたびに薔薇の香りと甘みがぶわりと広がった。一口目は美味しいが、全部食べきれるか不安になる味と香りだ。キャラメルミルクコービーをグイッと飲み、口の中を洗い流した。


「こうなったらやるしかねぇな。どうせなら一週間で百件ぐらい解決してやるぜ!」

「じゃあリリーちゃんにそう伝えとく」


 クリスは、輝くような笑顔で無慈悲な言葉のナイフを刺してきた。


 こういう表情をする人間は、本気で実行してくる。


 カズイチの脳内で警戒信号を発令。顔から汗が滝のように噴き出した。


「ははは。おいおい、クリス冗談だって……冗談よ? 勘弁してくれぇ!! まじで!」

「えー威勢良くてかっこよかったのにぃ。どうしますかエルさん?」


 小首を傾げてクリスがエルに視線を送ると、エルはカズイチのパンケーキを凝視した。


「うん。じゃあカズイチの一口ちょうだい。そしたら許す」

「え? まじ? ああ、いいぜ!! 遠慮なく食ってくれ!」


 パンケーキの皿を差し出すと、エルはあーんと口を開けた。食べさせろということか。


 カズイチは、エルの皿から彼女のフォークを取り、薔薇のパンケーキの口を付けていない部分を切り分けてエルの口へと運んだ。


 はむっ! とエルがパンケーキを口に入れる。もくもく咀嚼してにこにこ笑っている。


「エル、こっちも食べる?」


 クリスからもパンケーキをあーんされる。エルは、獣耳をぴこぴこ動かしてご満悦だ。


「うん。満足。クリス、私の全部あげる」

「ではでは。ありがたくー」


 エルは、一口しか食べていない時分のパンケーキを丸ごとクリスに渡してしまった。


「もういいのか? 口に合わなかったのかい?」

「エルは、小食なんだ。だからいろんな味を一口ずつ食べるのが好きなの」


 それならエルがこれ以上カズイチの薔薇のパンケーキをねだることもないだろう。大きく切り分けて頬張った。意外にも一口目よりも薔薇の香りと甘さに鼻と舌が慣れている。癖になる味というやつかもしれない。これなら完食出来そうだ。


「これ食べれば食べるほどうまいな」

「カズさんも気になったならまた三人で来ない? 今度は全員でまた違うやつ頼んでさ」

「うん。私も来たい」


 笑顔のクリスとエルを見ていると、カズイチも心が楽しさで満たされていく。学校帰りにカフェでパンケーキを食べながら友達とおしゃべりを楽しむなんて初めての経験だ。


 師匠のゴウから幼い頃から魔術を叩き込まれ、十歳の頃には王立魔術学校の高等科に在籍した。しかし十歳の子供では高等科の生徒たちとは歳が違って交流はなかったし、十二歳で魔術師資格を得て以降は、ギルドを守るために戦い続けてきた。


 青春なんて無縁なものだと思ってここまでやってきたが、いざ経験してみると――。


「なんつーか。悪くねぇな」

「おっ? そんなにここのパンケーキ気に入った?」

「それもあるけど、この時間そのものっつー感じかな。部活の仲間と帰りに寄り道ってのは、俺は経験なくてよ」

「そうなの? カズさんって魔術師資格持ってたんだよね?」

「ああ。でも資格取った時の俺は、十二歳でよ」

「カズさんが十二歳って最年少魔術師資格取得者の記録と同じ……まさか!?」

「おうよ、俺がその記録保持者なんだ。まぁ実力で取ったわけじゃねぇけどな」

「うん? 実力じゃないってどういう意味?」


 エルの質問への回答は長くなりそうだ。

 答える前にキャラメルミルクコーヒーを飲み、舌を滑りやすくする。


「俺は、黒の魔力を使えるんだ。俺の師匠のリュウゼツ・ゴウが作ったもんだよ」

「うん。筆記試験の問題でも出た」

「黒の魔力の性質は、他人の魔力を取り込んで自分のものにすること。色付きの魔力ってあるだろ? 他者に取り込ませても拒絶反応を起こさない白の魔力。相手に自分の意識を憑依させる赤の魔力。でもこれらは全部先天的な……言うなら希少な才能ってやつだ。そんな色付きの魔力の中で唯一人工的に作り出されたのが黒の魔力だ」

「カズさんのお師匠さん、すごいんだね!」

「ああ。だが師匠は、こいつを俺以外に教えることはしなかった。教える相手を選ばねぇと悪用し放題の力になるからな。だから役人は、俺に目を付けたってわけだ。俺に色々と便宜を図って習得方法を聞き出そうってな。結果的には失敗したけどよ」


 学生時代のカズイチの周りに居た大人たちは、黒の魔力目当ての欲に目のくらんだ気色の悪い連中ばかりだった。


 苦い思い出を誤魔化すためにパンケーキを口に押し込む。


「黒の魔力の習得方法や術式は、高度に暗号化されてんだ。俺が卒業資格を取るまでに暗号の解析は出来なかった。で、俺も軍や警察への勧誘を蹴って師匠のギルドを引き継いだんだ。だから連中からすれば完全に当てが外れたってわけだな」

「カズイチの師匠は、なんでカズイチを選んだ?」

「俺は、孤児でよ。女王陛下の経営する孤児院に、乳飲み子の頃から世話になってた」


 カズイチが過去を語ると、クリスとエルが顔を見合わせた。


「そっか。カズさんも親居ないんだね」

「え? 二人もそうなのか?」

「うん。私もエルも親は居ない。私のお母さんは、私を産んですぐに……父さんも……ってごめんね。湿っぽい話にしちゃって。カズさんのお話の続き聞かせて?」


 父親の話になった途端、天真爛漫の権化のようなクリスの表情に初めて影が差した。余程辛い思い出なのだろう。これ以上ほじくるのはよろしくない。


 カズイチは、クリスに言われた通り、自分の話を続ける。


「……ああ。師匠は、その孤児院で俺を見つけて後継者にって引き取ったんだ」

「そっか。カズさんは、伝説の魔術師に見初められる天才だったんだね」


 クリスの言う通りの天才だったら良かったが、生憎カズイチは天才とは真逆の存在だった。クリスとエルの期待を裏切ってしまったような気がしてカズイチは自嘲する。


「いや。俺は魔力を生まれ持っていねぇんだ。黒の魔力の力で後天的に魔力を獲得したんだよ。しかも物覚えが悪くてよ。修行にも何年もかかっちまった」

「そっか。じゃあやっぱりカズさんは、天才なんだね」


 微笑みながらそう言ったクリスの翡翠色の瞳は、真摯な輝きを宿している。


 だけどカズイチは、天才なんかじゃない。


 だからクリスの賛辞を素直に受け取れなかった。


「いや、才能なんかなかったんだって」

「じゃあカズさんは、なんで自分が選ばれたと思うの?」


 何故リュウゼツ・ゴウは、魔術の才能に恵まれていない人間を引き取ったのか。彼の人となりを知るカズイチからすると、その答えは一つだ。


「師匠は、底抜けに優しい人なんだ。孤児院で一番の落ちこぼれを哀れんだんだろ。実際あの人に拾われなかったら俺は、行き場がなかったし。あと黒の魔力の完成を確かめるなら魔核のない人間の方が被験者として適当だしな。そういう側面もあったと思うぜ」


 そう答えると、クリスはゆっくりと首を横に振った。


「違うよ。カズさんは、優しさの天才なんだよ。カズさんが強大な力を正しく使える人だって思ったからこそ、託したんだよ」

「……どうしてそう思うんだよ」

「私がゴウさんなら、そう考えるから」


 もしもゴウにそこまで見込まれていたら嬉しいが、生憎サエヤマ・カズイチはそんな立派な人間じゃない。仮に見込まれていたにしても、期待は裏切ってしまった。


 己の不甲斐なさを誤魔化すため、カズイチはパンケーキを頬張って甘味に意識を集中する。


「師匠の期待には応えられなかったな。ギルドも潰しちまった……だからこそ馬鹿なりに足掻いて俺はもう一度ギルドを取り戻さなきゃならねぇ。そのために余計な時間を使ってる暇はねぇ。最短距離で一気にやるんだ。だからリリー先生との賭けに勝ったら、俺は便利屋部抜けさせてもらう。クリスとエルには、悪いがよ」

「分かった。私もエルも全然いいよ。ね?」

「うん。好きなことするのが一番。それは誰にも邪魔されるべきものじゃない」

「エルの言う通りだよ。人生短いんだからやりたいことをやりたい時にやらないとね」

「そう言ってもらえると、こっちもありがてぇよ」

「でもカズさんの黒の魔力ってすごいよね……例えば私が教えてもらうとかは?」


 クリスが期待感に満ちている。彼女の性質は、根っからの善人だ。黒の魔力を教えても悪用しないし、無闇に他人に教え広めることもないだろう。

 しかしクリスには、黒の魔力を教えられない。これは黒の魔力の性質に問題があった。


「悪いが無理だ。黒の魔力ってのは、魔核を持って生まれた人間には使えねぇんだ」

「……え? そう……なの?」


 クリスは、言葉を詰まらせながら呆然としてしまった。


 ここまでショックを受けるのはさすがに想定外である。


 カズイチは、クリスの様子を気にかけつつ説明を続ける。


「黒の魔力は、他人の魔力とか汚染された魔力を自分に適合する形に変換するんだけどよ、これも完璧じゃねぇ。どうしても自分の魔力とは性質が若干違っちまう。だから黒の魔力を運用するには、魔核も黒の魔力を使って作った特別製じゃねぇとだめなんだよ」


 ゴウもこの欠点を解消しようとしたが、上手くいかなかった。彼が床に臥せってしまったのも生来の魔術師であるゴウが黒の魔力開発過程での試験運用で魔核と肉体を蝕まれた結果である。


「先天的な魔術師が覚えたらそりゃ強くはなれっけど、代償に命を縮めるから勧めねぇ。クリスに教えたくないから嘘言ってるわけじゃねぇんだ。信じてくれ」

「……うん。カズさんが本当のこと言ってるって分かるよ」


 明るい笑顔に戻ったクリスは、パンケーキを一気に平らげ、拳を突き上げた。


「よーし! 便利屋部が作れたらガンガンやるぞー!! エルもよろしく!」

「うん。私もクリスとカズイチを手伝う」

「よろしく頼むぜ。二人とも!!」


 三人は、グラスとティーカップを掲げて打ち鳴らした。


「じゃあ景気づけに私はパンケーキおかわり!! エルにも一口あげる。何がいい?」

「チョコのやつ」

「カズさんは?」


 悪気なく聞いてくるあたりクリスは、胃袋が若い。


 おっさんに両足突っ込んでいるカズイチに、これ以上の糖と脂は無理だ。


「俺は、遠慮しとくわ」

「カズイチ、私蜂蜜のやつ一口だけ食べたい」

「……残りは、俺が食えってか?」

「うん」


 エルは、もふもふの耳をピコピコ動かし、ふわふわのしっぽをぶんぶん振っている。


 クリスが煽るような眼差しをカズイチに向けてきた。


「カズさん、人生一度きり。美味しいものをとことん食べ尽くさないと後悔しちゃうよ。ほらほーら、好きなのをお食べよー」

「……よっしゃあ!! この店で一番高いやつと蜂蜜のダブルを俺はいくぜぇぇぇ!」


 若い娘の前で良い格好したくて、身の丈に合わない無茶をする。


 おっさんの典型的な破滅の道に足を踏み入れるカズイチであった。

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