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第12話『おっさん元魔術師の胸やけと、便利屋部と、陰謀』

 便利屋部の親睦会を終えたカズイチは、クリスやエルと別れて一人、煉瓦造の建物が並ぶ学生街を歩いていた。


 満腹と胸やけで苦しくて、ついため息を漏らしてしまう。


「パンケーキおわかり……付き合うんじゃなかったぜ……うぷっ」


 まだ若いつもりでいたが、最近露骨に油分を受け付けなくなってくる。


 師匠のゴウも三十歳が差し迫ると、急速に体の衰えを感じるようになると話していた。あの時はまだ子供だったから言葉の意味を理解出来ていなかったが今まさに思い知っている。


 満腹感の方は、数時間我慢すればパンケーキが消化されてすっきりするはずだけれど、胸やけは、治る兆しがない。しんどい。


 このままだと数日は、この不快感と付き合うはめになる。


 カズイチは、胸をさすって学生街に並ぶ店の看板を一軒一軒確認して薬局を探す。


 しかし中々見つからない。この辺りは、飲食店が軒を連ねており、薬局はなさそうだ。


「胃薬飲みてぇ……」


 もっと別の場所に足を延ばして薬局を探すか。それとも自宅のアパートに帰ってしまうか。


 幸い今日は入学式と施設の案内だけで授業はないし、個人的な予定も入っていない。


 自宅には胃薬があったはず。あてどなく学生街を歩き回るよりも、帰宅するほうが賢明かもしれない。そう決めてカズイチが踵を返すと――。


「カズイチ兄さん?」


 聞き覚えのある女性の声に振り返ると、紙袋を抱えたメイド服姿の半獣人の女が居た。


 青い瞳の愛らしい顔立ちをした女である。髪は、ふわふわとした桃色の長髪。頭頂部に人間の耳とは別に毛に覆われた獣の耳が生えていた。


 尻尾も桃色のふかふかの毛に包まれている。


 久方ぶりに会う妹分に、カズイチは胸やけも忘れて歓喜した。


「シャロル!? 久しぶりじゃねぇか!!」

「は、はい! お久しぶりです!!」


 シャロルは、カズイチと同じ孤児院出身の半獣人だ。数年前からアルティシア女王に仕えていると聞いていたが、直接顔を合わせるのは何年ぶりか。


「すっかり立派になっちまって! 見た感じ魔術師としても大分腕を上げたな」

「そうですか? 自分ではまだまだ研鑽が足りないと思っています」

「驕りもねぇか。さすが女王陛下のメイド兼護衛。今じゃ俺のほうが弱いかもしれねぇ」

「謙遜してるのは、兄さんの方です。例の〝切り札〟を使った兄さんには勝てませんよ」

「どうかな。案外分かんねぇぞ。ところでお前こんなとこで何してんだ?」


 カズイチは、シャロルの抱えている袋を見て気付いた。アバレインという有名な紅茶メーカーの紙袋。どうやら女王のお使いだ。


「女王陛下のお使いか。あの人、この紅茶好きだったな。そういや店は、この近くか」

「そうなんです。少しでも元気出してほしくて……」


 シャロルの桃色の毛で覆われた獣耳が枯れた花のように、へにゃりと萎れてしまった。


「陛下の体調優れないのか?」

「ええ。最近は特に」

「そっか。心配だな……俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

「……カズイチ兄さん!!」


 突然シャロルが声を上げた。おとなしい気性の彼女には珍しいことだ。


「兄さん……あの……」


 何か言いたそうにしている。けれど言わない。いや、言えないのだろう。

 彼女が言いたい言葉の想像はつく。だからカズイチは、シャロルに笑いかけた。


「言わなくていい」

「……え?」

「なんかに巻き込まれてるのは、気付いてんだ。お前もちょっとは噛んでる感じか?」


 シャロルは、何も答えない。子供の頃からの付き合いだから顔を見れば何を考えているかはなんとなく分かる。


 本当は、何もかも吐き出したいのだろう。けれど答えられない。きっとアルティシア女王への忠誠心ゆえだ。


 でもカズイチに何も言えないことをとても気に病んでもいる。二つの想いの板挟みになっているのか、シャロルは、唇を固く結んで涙を滲ませた。


「悪い。お前の立場じゃ色々と言えないこともあるよな」


 かわいそうなことを聞いてしまった。

 後悔したカズイチは、シャロルの頭にそっと右手を置いて、優しく撫でた。


 子供の頃は、頭を撫でると安心してくれたが、さすがに大人になった今、効果があるから分からない。


 でも、どんなに僅かだとしてもシャロルの不安を取り除いてやりたい。


「大丈夫だ。カズイチ兄ちゃんに任せとけ。なんとかすっから安心しろ。な?」


 カズイチは微笑んで、シャロルに手を振って歩き出した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 早朝、カズイチたち便利屋部三人は、リリーに呼び出されてアルティシア魔術学園の校舎十階の備品保管室を訪れた。


 手狭な部屋に使い古された備品が乱雑に置かれ、カビとほこりの匂いが充満している。


 リリーは腰に手を当て、ドヤ顔で胸を張った。


「学園理事たちへのあたしの華麗な交渉の結果、今日からここを便利屋部の部室として使う許可を得たわ。好きに使っていいわよ。でも掃除はよろしくね」

「了解しました! じゃあリリーちゃんは、あっちをお願い」


 ビシッと敬礼したクリスが指示を出すと、リリーは自分の顔を指差した。


「え、あたしも?」

「リリーちゃん、顧問でしょ。生徒と一緒に汗流そうよ!」

「はぁ……仕方ないわね。分かったわ」


 リリーは優しく微笑むと、率先して部室の片付けを始めた。


 クリスとエルも備品のほこりを落としてから隣の部屋に移し、床や壁や窓ガラスを掃除し、忙しくも楽しそうに動き回っている。


 仲良く掃除している三人の姿は教師と生徒ではなく、家族みたいだ。


「カズさーんっ。さぼらないよ! 授業まであと一時間しかないんだから」

「よっしゃ! 任せろ!」


 あまり広くない部屋だが、備品の多さと長年放置されたほこりやカビは、四人がかりでも難敵だ。部室の片付けが終わったのは、授業開始五分前だった。


 部屋に中央に長机と四人分のパイプ椅子、ホワイトボード以外は何もないシンプルは内装だが、クリスは初めて自分の城を手に入れた王様のように嬉々として笑っている。


「これが便利屋部……私たちの部活だぁ!!」


 クリスがローブの懐に手を入れて紙の束を取り出した。女の子らしい丸文字やデフォルメされた便利屋部の似顔絵が描かれたかわいらしいデザインのチラシが百枚はある。


「昨日エルと一緒に便利屋部のチラシを作ったの!! 授業が終わったら一緒に配ろう!」


 クリスは、チラシを四等分に分けてカズイチ、エル、リリーの順番で渡す。


 高等部の学生が作ったにしては、やや子供っぽい印象もあるがクリスのやる気が伝わってくる良いチラシである。


「クリスは、やる気満点だな……俺も負けてらんねぇや」


 最近カズイチの周囲で起きた出来事は、全て繋がっている。


 ギルド炎帝。


 カズイチの魔術師資格剥奪とアルティシア魔術学園への入学。


 何かが起きているのは間違いないが、やるべきことは決まっている。


 魔術師資格を得て、師匠から託されたギルドを復活させる。乗り越えるべき障害は多いが、必ず成し遂げてみせる。


 クリスの熱にあてられて、カズイチの決意が激しく燃え上がっていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 月明かりが注ぐ首都ドランツェンの旧市街にそびえる廃ビルの屋上に一人の男が居た。


 赤いローブを纏い、フードを目深に被っている。筋肉質な身体つきであり、身の丈程もある戦斧を背負っていた。


「ごめん。少し遅れた」


 女の声がして男が振り返ると、黒いローブを纏った者が立っていた。こちらもフードを被っていて顔は分からない。


「計画の進捗具合は?」


 男が問いかけると、黒いローブの女は舌を打った。


「厄介なのが張り付いている」

「竜王か。どれほどの使い手だ」

「それが分からない……」


 黒いローブの女の煮え切らない様子に、男は首を傾げた。


「どうした? 何かあるのか?」

「まだはっきりとはしない。でも竜王と呼ばれるだけの力は、ないように見える。達人なのは間違いない。だけどあの噂の……裏社会で最強の竜王だとは……」


 達人と言っても全員が同じ強さではない。達人という枠組みの中にも明確な強弱は存在する。


 件の竜王は、達人ではあるが、噂ほどではない。凡庸な魔術師であれば噂に尾ひれがついたと相手を舐めてかかるところだが、男は凡庸ではなかった。


 情報と実態がそぐわない状況は、逆に怖い。そして怖いからこそ挑みがいもある。


 男は、背負っていた戦斧を右手で握り、刃に月光を反射させて口角を上げた。


「竜皇の後継者、竜王か。手合わせ願いたいものだ」

「目的を忘れるな〝炎帝〟」

「分かっている。しかし楽しみも必要だろう」


 男は、戦斧を持った右腕をまっすぐ伸ばす。

 その先に小さく見えるのは、アルティシア魔術学園の校舎であった。

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