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幕間『リリーのヒーロー』

 幼い頃のリリーが泣きじゃくり、夜の闇に沈んだ貧民街の路地を一人で歩いている。


「じょうおうさま……せんせー……コウジおにいちゃん……どこぉ……」


 今日は、何ヶ月かぶりにアルティシア女王が孤児院を訪れた。だから孤児院のみんなで外にお出かけすることになったのだが、少女はいつの間にかみんなとはぐれてしまった。


 ずっと歩き続けて足が痛い。


 声を出し続けているから喉も痛い。


 お腹もペコペコ。


 助けを求めたいけど周りには誰も居なかった。誰でもいい。誰でもいいから助けてほしい。


 孤児院に帰りたい。みんなのところに帰りたい。そう願いながら歩いていると、


「こんなところで何やってんだ?」


 少年が少女に声をかけてきた。暗くて顔はよく分からない。

 多分十代中盤ぐらいで、サイズの合わない黒いスーツを着ている。


「ちびっこ。迷子か?」


 声変わりの途中なのか、少年の声は少しかすれていた。


「こじいん……かえる」

「孤児院? どこの?」

「じょうおうさまの」

「……あそこの子供か。いいぜ。連れてってやるよ」

「あし……いたい」

「じゃあおぶってやるよ。ほれ」


 少年は、優しく笑って少女をおんぶしてくれた。


 貧民街の路地を歩きながら少年は、常に少女に声をかけてくれる。


「女王陛下は、最近どうだ?」

「げんきない」

「そっか。まだ体調が優れないのか」

「あと、あたしとあそんでくれない。あたし、きらわれてる」

「そんなことねぇよ。体調が悪いから遊んであげられないだけだ」

「……ほんと?」

「本当だよ。あの人はみんなのことをちゃんと愛してる。頭を撫でてくれたことは?」

「……ある」

「それがお前のことを大好きな証拠だよ」


 少年に言われると、不思議とそうだと思えてきた。


「でもちょっと今は余裕がないんだ。お前も風邪とかひいてる時、辛いだろ」

「うん」

「女王陛下も今風邪をひいてるんだ。だからみんなで優しくしてやらないとな」

「……うん! わかった!!」

「いい子だ。ほら、着いたぞ」


 路地を抜けた先に鉄柵に囲まれた広々とした庭園と、その中にある煉瓦造りの少し古いけど立派な建物が見えてくる。リリーの暮らす孤児院だ。


 少年は、リリーを地面に下ろすと、すぐに路地に引っ込んでしまった。


「もう一人で行けるだろ」

「いっしょにいかない?」

「……今日女王陛下来てるんだろ。俺が顔見せると心配させるからな」


 少年は、路地裏から手だけ出してリリーの頭を撫でた。


「じゃあな。もう迷子になるなよ」


 少年は、路地裏の闇の中に消えてしまった。


 顔も分からないし、名前も分からない。


 だけど温かい手をしていた。


 きっとああいう人をヒーローというのだと、リリーは思った。


 ヒーローとの別れに名残惜しさを覚えながらリリーが庭園に入ると、アルティシア女王が孤児院から飛び出してきた。


「ああ! リリー!!」


 血相を変えたアルティシア女王は、リリーを抱き上げて、頬擦りしてきた。


「よかった……無事で……」


 アルティシア女王は、リリーの頭を撫でてくれる。


 その手の温度は、少年の手と同じに温かかった。

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