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第6話『裏社会最強のおっさん元魔術師、筆記試験を受ける』

 午前十時。一張羅の黒いスーツを着たカズイチは、高等科の入学試験を受けるべくアルティシア魔術学園を訪れた。


 アルティシア魔術学園は、首都ドランツェンの北側にある。


 首都ドランツェン一帯は、大地から染み出す魔力の量が多い。そのため魔力式発電所や魔術学校など魔力を用いる施設が多く造られ、巨大な都市を形成する要因となった。


 アルティシア魔術学園が造られたのは、ドランツェンの中でも特に魔力濃度が高い地域だ。


 城のような壮麗な校舎とそれを取り囲むように伝統的な煉瓦造りの建物が並ぶ姿は、数百年前の王城と城下町を切り取って現代にタイムスリップさせてきたかのようだ。


 カズイチがアルティシア魔術学園に受験の申し込みをしたところ、他校とは打って変わってあっさりと承諾された。恐らくアルティシア女王が手を回してくれたのだろう。


 ここまでしてもらって不合格では、格好がつかない。


 気合を入れたカズイチは、筆記試験会場であるアルティシア記念講堂を訪れた。構内で最も大きい講堂で四角い建物の外壁は赤い煉瓦で作られている。


 講堂の中に入ると、五百人の受験者全員が座れる数の木製の机に筆記試験の答案用紙が裏返しで置かれており、緊張した面持ちの受験生たちが座っていた。


 巨大な黒板の前に置かれた木製の教卓には、軍服に似た白い制服を着た試験官の男が立っていた。近衛騎士団の制服に似ている。これがアルティシア魔術学園職員の制服だ。


 開いている机は、試験官と向かい合う最前列の真ん中だけだ。さすがに、みんな避けたのだろう。カズイチが椅子に座ると、試験官の男は上着の懐から懐中時計を取り出した。


「これより筆記試験を開始する。時間は一時間。不正行為が確認された場合、即座に違反者の受験資格を剥奪する。それでは……始めっ!」


 カズイチの左右と後ろから一斉に答案用紙を表に返す音が鳴った。続けて鉛筆を走らせる音が重なり合って奏でられる。


 カズイチも答案用紙を表に返して問題文を確認した。


『問・一 魔法省が発表する『人間を含めた動植物の魔核発生率調査・王国歴一九四一年版』における魔核の発生率を答えよ』


 カズイチは、解答欄に三十四%と記載した。


 人間を含めたあらゆる動植物の約三割が魔力を発生させる結晶状の器官〝魔核〟を心臓付近に持って生まれる。


 この魔核から発生する魔力によって通常の生物を超える力を持つ動物を魔獣。植物を魔性植物。人間を魔力保有者と呼称し、さらに魔力を制御して魔術を使う人間を魔術師と呼ぶのだ。


『問・二 後天的な魔力獲得を可能とした黒の魔力の開発者を答えよ』


 続く問題文の解答欄に『リュウゼツ・ゴウ』と記載した。


 黒の魔力は、自身以外の魔力を侵食し、自身の魔力と同じ性質に変換する。


 魔力は、大いなる力であると同時に猛毒でもある。大量の魔力を体内に取り込むと痙攣して口から泡を吹き、全身に激痛を伴う『魔力拒絶反応症候群』を起こして死に至る。


 とは言え、呼吸や皮膚接触では魔力が体内に入ることはなく、この症状を起こすことはない。


 故に地球の核から発生して大地から染み出し、大気に満ちる星の魔力は、発電所や各種乗り物の燃料として広く用いられている。


 そして魔術師の場合は、自分の魔核から発生した魔力は自身にとって無害であり、自由に利用することが可能だ。


 しかし魔術師であっても他者の魔力を取り込むと激しい拒絶反応を起こす。個々人で魔力の性質が異なっており、百人居れば百通りの魔力があるからだ。


 血液型がA型の人間に、B型の血液を輸血したら拒絶反応が起きるのと同じである。


 さらに自分の魔力でも一度体外に放出されると、星の魔力によって汚染されてしまう。そのため一度使った魔力は、自分のものでも回収出来ない。


 この常識を覆すのが黒の魔力だ。他者の魔力や多少星の魔力に汚染された程度の自身の魔力であれば吸収し、術者に適合する魔力に変換する性質を持っている。


 さすがに星から生じる魔力そのものの大量吸収と変換は、動植物の魔核由来の魔力よりも毒性が強いため難しいが、それでも破格の性能だ。


『問・三 黒の魔力を用いた後天的な魔核獲得方法を答えよ』


 リュウゼツ・ゴウの弟子として引き取られたカズイチは、先天的に魔力を持っていたのではない。黒の魔力を用いることで後天的に魔核を生じさせ、魔術師となったのだ。


 通常後天的に魔術師となる場合は、魔力拒絶反応抑制剤を投与しながら新鮮な魔獣の血肉や魔性植物を十年以上という長期間摂取し続けなければならない。


 だがカズイチは、この工程を半年行って極小の魔核と極微量の魔力を得て以降は、黒の魔力を用いた魔核の生育法に切り替えた。


 まず心臓のある左胸に黒の魔力起動用の魔術陣を術者自身の血で描く。この魔術陣は、魔力の性質を術者の身体に適合する性質に変換して吸収する特殊な魔術式が埋め込まれている。


 魔術陣を起動し、他者の魔力――カズイチの場合は、ゴウの魔力を――自身に適合する魔力に変換した上で魔核へと注ぎ込んだ。


 この過程を毎日繰り返し、魔力を定着させることで後天的な魔術師となる。


 カズイチの魔核が平均的な魔術師の大きさと魔力量になるまでかかった期間は、半年。つまり修行の開始から合計一年、従来の十分の一の期間で魔術師となったのだ。


 しかもこの方法で作り上げた魔核は、通常の魔核より他者の魔力に対する耐性がある。


 他者の魔力や汚染された魔力を自分に適合する魔力に変換する黒の魔力の性質と組み合わせることで、自分以外の魔力を吸収して自在に扱うことが可能となるのだ。


 答えを解答欄に記載したカズイチは、次の問題文を見た。


『問・四 リュウゼツ・マイ法の制定年数とその理由を答えよ』


 リュウゼツ・マイ事件は、三十年前に起きた誘拐殺人事件だ。


 ゴウの妻マイは希少な〝白の魔力〟の持ち主であった。


 白の魔力は、他者が取り込んでも拒絶反応を起こさない稀な性質の魔力だ。


 白の魔力以外にも、血液を触媒として他者に自らの意識を憑依させる〝赤の魔力〟や身体を自由に変化させる力を与える〝黄の魔力〟など特別な魔力は〝色の魔力〟と呼ばれる。


 色の魔力の使い手は尊敬され、国によっては崇拝や信仰の対象になる。中でも白の魔力は特別で、所有者の魔核や血肉を食すると、魔核を生まれ持たない普通の人間でも強大な魔力を後天的に安全かつ短期間で獲得出来る。


 そのため白の魔力保有者は、人間でも動植物であっても闇市場で高値で取引される。


 マイも人身売買を行うギルドに誘拐された。彼女は、解体されて髪の毛一本に至るまで闇市場で販売されたのだ。


 激憤したリュウゼツ・ゴウは、主犯であるギルドを一人で壊滅させたが、この時の凄まじい戦いぶりから伝説の存在である竜になぞらえて竜皇と呼ばれるようになった。


 カズイチの異名である竜王もゴウの後継者であるため、いつしかそう呼ばれるようになったのである。


 妻を亡くしたゴウは、同じ悲劇が二度と起こらないようにするために行動した。


 一つが色の魔力保有者を国が保護するリュウゼツ・マイ法制定のためのロビー活動。


 もう一つが後天的な魔力獲得に白の魔力保有者を使わずに済む方法――黒の魔力の開発だ。


 カズイチは、師匠の身に起きた悲劇を解答欄に書き記した。


 他の問題文もカズイチの得意分野だったり、関係のある事柄だったり、サービス問題ばかりである。


 試験開始から三十分、カズイチは誰よりも早く問題を解き終えた。


 自己採点でも百点間違いなし。タバコを吸って勝利の余韻に浸りたいが、さすがにここで吸わない常識は持っている。


 ニコチンとタールを吸い込む瞬間を待ちわびながら、カズイチは椅子に深く腰掛けた。

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