幕間『青春なんていらない』
カズイチがリュウゼツ・ゴウに引き取られて孤児院を去ったのは、雪の降る日だった。
孤児院の真っ白な庭園で、アルティシア女王が幼いカズイチを抱きしめて微笑んでいる。
「カズイチ……私にとって今日ほど嬉しくて、今日ほど寂しい日はありません」
「……陛下、お世話になりました」
「全然お世話なんか出来ませんでしたよ。あなたは本当に素直で優しくていい子で、手が掛からない子でした」
「でもケンカして迷惑を……」
「あんなものは迷惑の内に入りません。こういうことを言うのは、あまり良くないかもしれませんが……暴力は良くないことです。でも虐げられている人々を守るために力を使うことは悪ではありません。あなたは、こんなに幼くても力の使い方を分かっています」
アルティシア女王は、涙を流しながら笑い、カズイチの頭を優しく撫でた。
「でも時々は、誰かに甘えるんですよ。辛いことがあったら、ゴウさんや私を頼ってください。あなたは、一人で何でも抱え込んでしまう子ですから」
ゴウに引き取られたカズイチは、魔術の基礎を叩き込まれた後、魔術師資格を得るために魔術学校に通った。
飛び級を重ねて高等科に進学したのは、十歳の時。その歳で十代後半の生徒の中に放り込まれても話が合うはずもない。
それでも何とか交流しようと努力した。例えばある日の放課後、廊下で男子生徒と女子生徒の二人組に声をかけた。
「あの、図書室ってどこですか? 見たい魔術書があるけど、場所が分からなくて」
カズイチがそう尋ねると、男子生徒がカズイチの頭に手を置いた。
「うるせぇな!! 俺たちはガキのお守りをするためにここに居るんじゃねぇんだッ」
リーダー格の男子生徒は、カズイチの頭を鷲掴みにして、強引に押しのけた。いきなりだったので体勢を整えられず、しりもちをついてしまう。
そんなカズイチを女子生徒が嘲笑した。
「そんなガキ放っておいて早く行こうよ。あのカフェ混むんだからさ」
「おう、今行くよ!」
「あの! お、俺もカフェ一緒に行っちゃだめ? みんなと友達になりたくて!!」
「なんで俺らがお前みたいなガキと友達にならなきゃならねぇんだよ!!」
毎日この繰り返しだ。
一年生から三年生まで全ての生徒に話しかけたが、同じ反応が返ってきた。
王立魔術学校の生徒にとってカズイチは異物に過ぎなかったのである。
その反面、教師はカズイチによく構ってくれた。
ある男性教師からよく職員室に呼ばれたものだ。
「カズイチ君。このお菓子美味しいよ」
「あ、ありがとうございます」
「それでね、今日こそは君の身体を調べさせてもらえると嬉しいんだが……」
恍惚とした表情で男性教師が迫ってくる。
カズイチは、制服のローブの裾を握りしめながら後ずさった。
「あ、いえ。師匠からそれはダメだって言われてるので」
「そんなこと言わないで。黒の魔力は、魔術を根底から変えるものだ。これがあれば人間はさらなる高みへ至れる。お願いだよ。後天的に魔力を得た君のことを知りたいのだ」
教師たちにとってカズイチは、興味深い実験体に過ぎなかった。
生徒も教師も嫌いだ。本当は、学校になんて行きたくない。だけど行くしかなかった。
その理由が師匠のゴウだ。カズイチは、家に帰ると病床に伏せるゴウの面倒を見た。
カズイチを引き取った頃の活力は見る影もなく、枯れ木のような老人がベッドに横たわっている。
夕食の支度をする前に、濡れたタオルでゴウの身体を拭いていると、彼はすまなそうに俯いてしまった。
「すまないな……カズイチ。いつも面倒ばかりかけて」
「何言ってるんですか。俺が好きでやっていることなんです」
「……学校は楽しいかい?」
楽しくないと言いたい。行きたくないと言いたい。だけど言っちゃいけない。
ゴウが方々に頭を下げ、カズイチをユナイティア王国の最高学府に特例処置で入学させてくれたのだ。
口が裂けても言うわけにはいかない。カズイチは笑顔で誤魔化した。
「はい! とっても!!」
「……嫌なこともあるかもしれないが、耐えてくれ。私は、もう長くはない。お前に残せるのはギルドぐらいだが、魔術師の資格がなくては、ギルドの権利を譲渡出来ないのだ」
「俺に学校に通えて俺は毎日楽しいですよ!! 今度友達とカフェに行くんです!」
「友達が出来たか……よかったな。だが、相手の真意をちゃんと見極めるのだぞ。お前の力を狙う者は多い。どうしようもない時は〝切り札〟を使いなさい」
「はい!」
「本当なら私が守らなくてはいけないのに……お前を残して逝くことだけが心残りだ」
全ては自分をここまで育ててくれた師匠のため。
恩に報いるためなら青春なんていらない。
カズイチは、歯を食いしばって何度も何度も自分にそう言い聞かせた。




