第5話『酔いどれおっさん元魔術師は、再起を誓う』
朝日が降り注ぐビル街を行き交う人々は、一日の始まりということもあってまだ活力に満ちていた。
その中に一人、異物が混じっている。ふらふらと歩道を歩くカズイチだ。
手には酒瓶を持ち、黒いスーツはしわだらけ。酒樽より濃厚な酒の匂いを全身から放っていた。周囲の人々、特に学生たちは嫌悪感を剥き出ししている。
怪しい風体の男が酒瓶片手に酔っぱらっているのだ。彼等も反応も仕方ない。すがすがしい朝を邪魔してしまい、申し訳なさすら覚える。
それでも飲まずにはいられなかった。
亡き師から託されたギルドを失った。
十七年間、身を粉にして守り続けたものが一夜で水泡に帰した。
生きる意味が消えた。これから何をすればいい。どうすればいい。
考えようとしただけで憂鬱が心に滲み広がる。
酔って前後不覚になっていないと心が押し潰されるのだ。
だからこうしてすべてを失った日から毎日酒を飲んで過ごしている。
あれから何日たっただろう。それが分からない程度には脳がアルコール漬けになっている。それでもまだ足りない。もっと酔いたい。
酒瓶に口を付けるも中身は空である。いつ頃飲み干したのかも覚えていない。
呆けた顔のカズイチが歩道に座り込んで俯くと、石畳を踏む革靴の音が近づいてくる。
見上げると、白い軍服を着た金髪の優男がカズイチを見下ろしていた。
「エリック……」
「カズ探したよ。スマホでも連絡付かないからさ」
ギルド・リュウゼツで働いてくれていた親友のエリックだ。
彼から何度も連絡は来たが、無視した。今の落ちぶれた姿を見られたくなかった。
無職のおっさんとイケメン近衛隊。随分と差がついてしまったものである。
「……近衛隊の白服か。夢が叶ってよかったな。みんなも、うちより大きいギルドに再就職出来てよかったぜ」
仲間に別の居場所が出来てよかったと思う反面、彼等の居場所を守り続けられなかった己の無力さに腹が立つ。
苛立ち任せに、酒瓶を握りしめると全体に亀裂が走った。
「みんなに比べて……お、俺は情けねぇなぁ。師匠から託されたギルドを守れなかった……仲間の居場所を壊しちまった……俺は、師匠にもお前等にも合わせる顔がねぇよッ」
酔いがさめてきた。酔いがさめると余計なことを考える。
もうしばらく現実から目を逸らしたい。
けれどエリックは、逃避を許さないと言わんばかりに真剣な眼差しだった。
「カズ。まだ終わっちゃいないよ」
エリックは、上着の懐から一冊のパンフレットを取り出した。
ユナイティア王国屈指の魔術学校・私立アルティシア魔術学園のパンフレットである。
「カズも知っての通り、魔術師の資格は、魔術学校を卒業することで取得出来る。つまりお前が無くした魔術師資格は、十二歳の頃、王立魔術学園卒業で得た魔術師資格だ」
魔術師資格の取得方法は、国によって異なるが、ユナイティア王国では、国からの認定を受けた魔術学校を卒業すると魔術師資格証を与えられる。
どの魔術学校を卒業して資格を得たかでユナイティア王国の魔術師の一生は左右される。
有名校を卒業すれば仕事に困ることはない。逆に底辺校で魔術師資格を得ても中々職にありつけず、魔術師と関係ない仕事につく者も珍しくなかった。
カズイチが失ったのは、以前卒業したユナイティア王立魔術学校で得た資格だ。
ユナイティア王国最高学府であり、これを超える魔術師資格は存在しない。だが、多少格が落ちてもいいなら他の魔術学校を卒業すれば魔術師資格は取り戻せる。
しかしこの方法は上手くいかない。カズイチは、後頭部をぼりぼりと掻いた。
「別の学校ってのは、もう試したぜ。今は春でちょうど入学時期。入学試験受けさせてくれって方々回ったさ。でも、どこも門前払いだ。そりゃそうだ。資格剥奪された魔術師を受け入れる学校なんてねぇよ」
魔術師資格を失っても他の魔術師学校をもう一度卒業すれば魔術師資格は得られる。
理論上はそうだが、魔術師資格を失った問題人物を受け入れる学校は、ほとんどない。
資格を剥奪された人物に再び魔術師資格を与えて、また問題を起こされたら校名に傷がつく。受け入れるメリットが学校側には皆無なのだ。
もはや手詰まり。起死回生の手はない。
とっくに諦めてしまったカズイチとは対照的に、エリックは得意顔だ。
「それがあるって言ったらどうする?」
「……それがここか?」
アルティシア魔術学園。十九年前、アルティシア女王が私財を投じて設立した魔術学校だ。比較的新しい魔術学校だが、私立校の括りでは国内トップクラスである。
生徒数は、初等部から高等部まで合計千五百名。私立の魔術学校としては最大規模だ。
カズイチは、地面に座ったままパンフレットを受け取って開いた。
最初のページにアルティシア女王の写真と初代学園長グリート・レッグソンの写真が横並びで載っている。
グリート・レッグソンは、赤い髪の端正な面立ちの男だ。
レッグソン家は、代々王家の側近を務める名家で、グリートも腕のいい魔術師でアルティシア女王の護衛を務めていたこともあるらしい。
しかし六年ほど前、賊に屋敷で襲われて命を落とした。屋敷にも火を放たれ、グリートの骨の一部は見つかったが、彼の二人の娘は、骨も残らなかったという。
犯人は、未だに捕まっていないがグリートを殺害した事実から相当の実力を持った魔術師であると推測され、二年ほど前から正体不明のギルド炎帝の仕業では囁かれている。
「ここでも炎帝かよ……ったくよ」
思い出したくもない名前を思い出してしまった。
苦々しい気持ちを紛らわすため、カズイチはパンフレットのページをめくる。しかし一層気持ちが沈んでいった。
アルティシア魔術学園には、連絡を一切していない。いや、するつもりもなかった。
アルティシア女王が作った学校だからカズイチが泣きつけば受け入れてくれるだろう。
だけど、どうしても頼る気になれなかった。
カズイチは物心つく前に両親を失い、アルティシア女王が運営する孤児院に救われた。
施設の職員はみんな親切で、中でも目にかけてくれたのがアルティシア女王である。ヤンチャで喧嘩っ早くて口の悪いカズイチを我が子のように愛し、叱り、導いてくれた。
彼女が居るから今こうして生きていられる。産みの親の記憶がないカズイチにとって父親は師匠のリュウゼツ・ゴウであり、母親はアルティシア女王なのだ。
二人に恩返しがしたくてどんな困難を前にしても歯を食いしばってきたが、今やギルドを失い、父親のように思う人には合わせる顔がない。
せめて母親のように思う人にだけは――。
「あの人には……女王陛下には、迷惑かけらんねぇ」
しかめっ面でカズイチが呟くと、エリックは朗らかな笑顔を見せた。
「カズ。一人で意地張ってもしょうがないこともあるんだ。ここは陛下に甘えていいと思う」
「けどよ、孤児院に居た時から、あの人には甘えっぱなしだろうが。これ以上世話になったら一生かけても恩を返しきれねぇよ」
「カズ。あの人は、お前を助けたいんだ。お前ならあの人の気持ち分かるだろう?」
アルティシア女王は、底抜けに優しい人だ。援助を断るほうが彼女の気持ちを傷つけることになるだろう。それにこれ以外、失われたものを取り戻す手段はない。
カズイチは立ち上がり、ひび割れた酒瓶を通りの向こう側にあるゴミ箱に投げ込んだ。
「……まぁ、意地張っても仕方ねぇか。入学試験受けてみるわ」
まずは魔術師資格の再取得。それから今度こそ炎帝を潰し、連中の首を土産にしてリュウゼツの解散処分を取り消させる。
「待ってろよ、炎帝……」
カズイチは、殺意を滾らせて微笑んだ。




