第27話『女王陛下のリリー』
日が沈みかけた貧民街の路地をカズイチとリリーは並んで歩いていた。
エルとクリスのことは、アルティシア魔術学園に常駐する医療系魔術師に任せてある。
カズイチとリリーがギルド・ブラックドッグのアジトである廃ビルの前に到着すると、大勢の人間が地面に伸びていた。
シャロルにコウジに、コウジのギルドの面々。そして近衛隊長のクライヴだ。全員衣服も触媒もボロボロになっており、激戦の跡が伺える。
シャロルとコウジは、カズイチたちの姿を見つけると、地面に寝たまま二人揃って親指を立てた。
「兄さん……相討ちに持ち込みましたよ」
「アニキ……どうっすか……」
カズイチの見立てでは、クライヴの戦闘能力は、竜王招来を発動したカズイチにも匹敵する。それと引き分けに持ち込むとは、以前とは見違えるほど成長した。
頼もしい仲間たちの姿にカズイチの目頭が熱くなる。
「さすが俺の妹分と弟分だぜ。あの人は?」
「俺らのアジトの一階の応接室で待ってます。あそこが一番綺麗っていうかマシなんで」
「そうか。リリー、こっちだ」
「う、うん……」
戸惑うリリーの頭をカズイチは優しく撫でた。
「リリー。多分その人は、お前にたくさん伝えたいことがある。でも言葉では、何も伝えられないかもしれない。だから、これだけは覚えておいてくれ。頭を撫でるのは――」
「大好きの証拠……」
リリーは、驚愕した様子でカズイチを見つめてくる。
リリーの反応が気にはなるが、そんなことで時間を使っている場合じゃない。
「知ってんなら大丈夫だ。行こうぜ」
カズイチは、リリーの背中を押してアジトに入る。出入口から廊下を少し進み、左手に応接室と黄色いペンキで書かれた金属製の扉があった。
カズイチがノックしてから扉を開けてリリーと一緒に入室すると、ソファーが二脚置かれただけの部屋にアルティシア女王が居た。
「カズイチ……リリー!!」
リリーの姿を見た瞬間アルティシア女王は、飛びつくような勢いでリリーを抱いた。
突然のことにリリーの困惑と驚きは、ますます深まっているようだ。
「えっ!? じょ、女王陛下!? あ、お久しぶりです……孤児院では大変お世話になりまして……でもなんで?」
リリーの質問に、アルティシア女王は答えない――否、答えられないのだ。
国のため、王家のため、自ら正体を告げることは出来ない。
それでも娘が無事だった安堵と長年触れられなかったもどかしさが溢れ出して、抱きしめようとする自分を止められなかったのだ。
「リリー……無事でよかった……」
「い、いえ。お気遣いいただき、ありがとうございます……ねぇ、カズイチ。なんであたしをここに?」
「あんたの依頼を達成した。それだけだよ」
「依頼って……」
ここに連れてこられた意味をリリーは理解したのだろう。緑玉のような瞳から涙が溢れ出した。けれどリリーは、アルティシア女王を抱き返そうとはしない。
彼女は、賢いから分かっている。女王がリリーを捨てた理由は、きっと国や王家の存続にかかわること。そして自分の赤い髪が黒髪の国王陛下の血筋でないことも。
周囲から望まれて生まれてきた子供ではないと、理解してしまっている。
「リリー。あなたは自分が望まれて生まれてきた子供ではないと思っていますか?」
アルティシア女王の言葉に、リリーの肩が跳ねた。
するとアルティシア女王は、微笑みながらリリーの頭を優しく撫でた。
「私は、あなたに多くを伝えることは出来ません。でもこれだけは覚えていてください。あなたは、あなたの母親が望んで産み、今でも愛している子供だということを」
「ッ!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリリーがアルティシア女王の背に手を回して抱きしめた。
きっと二人は、大丈夫だ。言葉では伝えられなくても、思いは伝わる。
これ以上、ここに居るのは無粋だ。カズイチが去ろうとすると――。
「待ちなさい!」
アルティシア女王に呼び止められた。
振り返ると、彼女はリリーを抱きしめたまま、呆れた様子でカズイチを見つめている、
「本当に……親の言うことを聞かない困った息子です……」
「親不孝ですんません」
「でも……ありがとうカズイチ」
至福の笑みを浮かべたアルティシア女王に会釈し、カズイチは応接室を去った。
アジトの外に出ると、クライヴがハルバードを支えにして立ち上がろうとしている。
カズイチは、彼の前に行くと、地面にあぐらをかいた。
上着の内ポケットからタバコの箱を取り出して、一本咥える。
「あんたも吸うか?」
クライヴにタバコの箱を差し出すと、彼はため息をつきながら地面に座り直した。
煙草を咥えたクライヴが自分のライターを制服の胸ポケットから出して火を点ける。
カズイチも上着のポケットからライターを出して、タバコに火を点けて一服。肺に紫煙を吸い込むと、疲労困憊の身体にニコチンが染み渡った。
「あーうめぇ」
「……次は負けん」
「ああ、いつでもかかって来い」
カズイチとクライヴは、それ以上何も言葉を交わさなかった。




