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第26話『元おっさん魔術師と黒幕』

「何っ!? エルッ!!」


 一体誰が!?


 光刃を目で追うと、氷の鎖に縛られたクリスが持つ短剣の先端に辿り着いた。


「くそっ!! 大事な器が!」


 クリスが舌を打ちながら光刃を縮めると、エルの左胸から真っ赤な血と青く輝く魔力の粒子が噴き出した。血と魔力の大量噴射は、魔核を破壊された時に起きるものだ。


 カズイチは、崩れ落ちるエルを抱き留め、右手で左胸の傷を強く圧迫する。


「エル! しっかりしろ!!」

「カズ……イチ……」


 意識はあるが、このままじゃ危険だ。一刻も早く治療をしないと。幸いここには白の魔力を持つリリーが居るが、まだ氷の十字架に捕らわれたままだ。早く解放しなくては。


 そのためにも、まずクリスを何とかしなければならないが、彼女は何故攻撃した?


 エルが突き飛ばしてくれなかったらカズイチが光刃に貫かれていた。クリスの反応からするに、そもそもの狙いはカズイチで、エルを攻撃したのは想定外だったのだろう。


 それにクリスの様子が明らかに今までと違う。粗野な言葉遣いに荒っぽい態度。これではまるで男だ――いや、あるいは男なのかもしれない。


 エルが言っていた。クリスに殺された悪魔が死の間際に呪いをかけたと。実際クリスの体内には、本人の物でない大量の魔力が巣食って定着している状態であった。


「まさか……クリスのあの魔力は……あれの正体は!」


 他者の意識を乗っ取る。そういう魔術が存在する。黒の魔力や白の魔力と同じ色付きの魔力。血液を触媒として他者に自らの意識を憑依させられる〝赤の魔力〟だ。


 クリスが殺した悪魔の正体がグリートだとしたら必然的に赤の魔力の保有者は――。


「てめぇがグリートか!? クリスに……自分の娘に憑依しやがったのか!!」


 クリスの愛らしかった面立ちが今まで浮かべたことのない下卑た笑みをたたえた。


「今更気づいたのか。それにしても我が娘ながら中々の意志の強さだ。俺が意識を完全掌握するのに、ここまで時間がかかったのは初めてだ」


 クリスの声が男性のものに変じていく。今やクリスの肉体は、グリートに掌握されたと考えていい。エルが言っていた儀式の意味と儀式を急ぐ理由が分かった。


 クリスがグリートに掌握される前に、別の肉体にグリートの意識を移し替えるつもりだったのだ。


 グリートがアルティシア女王を脅迫してこの学園を作られた意味も理解出来た。


 舌を打ったカズイチは、氷の十字架に捕らわれているリリーを見つめる。


「グリート。てめぇは、多分何年も前から白の魔力の持ち主を探していた。だが、そう簡単に見つかるもんじゃねぇ。だから女王陛下を脅迫して学園を作らせた。いや、それだけじゃねぇ。てめぇがエルを攻撃した時の反応。器って言葉。白の魔力の持ち主と才能あふれる魔術師。その両方を探していた。それを探すのに一番適しているのが魔術学校だ」


 カズイチの推理に、グリートは「ほぅ」と感心したかのような声を漏らした。


「ご名答だ。計画は、二十年前から始めた。まずグリートという男に憑依するところからな。今回の計画を遂行するには、この男の身分がふさわしかった」


 彼は、そもそもグリートですらない。赤の魔力の保有者は、自分の意識を他者に移し替えられる。この悪魔は、そうやって何人もの肉体を渡り歩いて長い年月を生きてきた。


「てめぇ一体何年生きてる? 数百年か? もっとか?」

「どうだったかな? これで何人目だったか……しかし、ここまでの好条件が揃うことはなかった。エルという器に出会えたのだ」

「魔術学園の受験に来たエルをてめぇが引き取ったんだな」

「ああ。そいつは幼い頃に親を亡くし、貧民街で残飯を漁って生きていた。それが人生一発逆転のために受験したらしい。エルの賭けは見事に成功したんだよ」


 グリートは、気に入ったおもちゃを見つけた子供のように無邪気に笑った。


「俺に引き取られ、クリスという親友を得られ、贅沢な暮らしをして、俺の器になれる」


 良き行いをしたのだと、心の底から信じているような口振りだ。不快感で腹の底からむかむかさせられる。嫌悪と敵意を剥き出しにして、カズイチはグリードを睨んだ。


「クソ野郎……今回と同じ儀式をエルがガキの頃にもしたってわけか」

「あの時は、新鮮な白の魔力保有者の臓器が手に入ったんでね。赤の魔力の意識移動は、そこまで万能なものじゃない。意識転送用魔術陣の起動に大量の星の魔力が必要だし、星の魔力の毒性を中和する特殊な儀式場も居る」


 グリートは、手にした短剣の切っ先で足元に形成された魔術陣を指し示した。


「意識を乗っ取る時にも自分の魔力量が相手の魔力量を上回ってないと、こっちの意識が相手に飲まれる。だから格上を乗っ取る時は、白の魔力を俺の赤に染めて魔力量をブーストする必要があるんだ」

「だからエルの魔核がまだ未成熟な子供の内に憑依しようとしたわけか」


 エルの魔力量は、並の魔術師をはるかに凌駕している。故に未熟なうちに憑依しようとしたがそれを邪魔した者が居たのだ。グリートは忌々しげに頬をつねった。


「それをこのバカ娘が邪魔した。おまけに殺人の証拠を消すために、エルが儀式場を兼ねた俺の屋敷に火を放ったよ。全てを失って絶望したが結果的に、よかったかもしれない」

「よかっただと……そうか、リリーか?」

「脅しの材料として作った子供だ。動向は追っていたんだよ。まさか白の魔力保有者だったとはね。クリスの意志が強くて俺は滅多に表に出られなかったが、それでも隙を窺ってエルと接触し、取引をしたんだよ。リリーを手に入れればクリスを解放するとな」

「自分が器になることをエルは知ってたのか?」

「どうだろうな。ただ俺は、クリスを解放してほしければ、リリーを手に入れろとエルに指示をした。方法はエルに任せたよ」


 親友を救うためにエルは自ら手を汚すことを選んだ。否、グリートに選ばされたのだ。


 それだけじゃない。多分エルは自分が犠牲になることは分かっていた。


 最初にエルと戦った時、彼女はギルド炎帝とスカーレットの構成員の情報を警察に渡したと言ってた。この行動こそがエルがグリートの思惑に気づいていた証拠だ。


「エルが自分のギルド炎帝とスカーレットを解体に追い込んだのも、本当はてめぇ対策だったわけだ。てめぇに乗っ取られた後に、てめぇの力になるものを全部消そうとした。てめぇなんかが炎帝とスカーレットのマスターになったらえらいことになるって思ってな」


 ギルドを解体した理由をエルは、もう必要なくなったからと言っていたが、恐らくそれは真実じゃない。


 しかも解体の方法も構成員を殺すのではなく、警察に売り飛ばした。このやり方は、構成員たちの恨みを買って命を狙われるリスクが高い。


 もしかしたらエルは、わざと多くの人間に自分を恨ませ、グリートに乗っ取られた後の自分を殺させようとしたのかもしれない。


 何故そこまでするのか。そんなのは、決まっている。クリスとグリートの因果を断ち切ってクリスを守るため、自分の何もかもを犠牲にすることを選んだ。


 エルが過ごした日々がどんなに辛かったか想像もつかない。けれど今日で全て終わらせる。まだエルは、息がある。彼女が死ぬ前にグリートと決着をつけなければ。


 カズイチは、ぐったりしたエルをそっと床に寝かせた。


「じゃあケリをつけるとすっか」


 カズイチは、グリートと化したクリスへまっすぐ突っ込んだ。

グリートの短剣の先端から赤い輝きが迸り、光が鞭のようにしなった。


 獲物を飛び掛かる毒蛇のように光の鞭がカズイチに迫り、拳で鞭を弾こうとするとグリートの手首が返る。


 鞭の軌道が大きく弧を描いて拳を躱し、カズイチの背中を切り裂いた。


「ぐっ!?」


 皮と肉を裂かれたが、内臓まで達していない。多少のダメージは無視しろ。前に出る!


 カズイチが足を止めずグリートへ突っ込むと、それを阻むように光の鞭が振るわれる。


 魔術師の反射神経を以てしても見切ぬ電光石火の連打がカズイチの全身を切り裂き、無数の傷を刻み付ける。それでも致命的な攻撃ではない。痛みさえ我慢すれば動ける。カズイチの拳がグリートに届くまであと一歩になった瞬間――。


「カズさん!」


 グリートに支配されていたクリスの声と表情が元に戻った。攻撃を躊躇した瞬間、グリートの悪辣な笑みに戻り、短剣から伸びる光刃がカズイチの胸に突き刺さった。このままだと心臓と魔核両方をやられる。


 カズイチは、胸に食い込んだ光刃を左右の拳で挟み込み、致命傷を食い止めた。だが安堵する間もなく光刃がカズイチの触媒に浸透し、赤い光が血管状に滲み広がっていく。


「言っただろう。魔力が多ければ相手の意志を掌握出来る。竜王招来という技は、厄介だが肉体にかかる負荷が高くてもう使えまい。あれなしの貴様の魔力量など取るに足らん」


 グリートは、勝ち誇ったように破顔した。


 たしかに彼は強い。光刃も鞭の扱いも洗練されているし、赤の魔力を応用した一撃必殺。王家や近衛隊が手を出せなかったのも頷ける。紛うことなき達人級の魔術師だ。


 しかし相手を見下して油断する悪癖があるらしい。クリスに肉体を殺されて彼女の中に精神を移した時もそうだし、今もまた同じ過ちを犯している。


 カズイチは、勝ち誇ったように破顔した。


「……馬鹿だな、あんた」


 カズイチの両拳が赤黒い放電現業を伴い、グリートの光刃を赤黒く染め上げていく。


 この一手は予想出来なかったのか、グリートの顔色が真っ青になった。


「何っ!? 馬鹿な!? 俺の魔力が……俺が染まっていく!?」

「赤の魔力の特性が意識の掌握なら、黒の魔力の特性は、魔力の掌握だぜ」


 最初からカズイチは、これを狙っていた。今のグリートは意識を込めた赤の魔力をクリスの肉体に寄生させている状態だ。つまり厳密に言えば人間ではなく、人間の意識を持った魔力に過ぎない。


 クリスの肉体の奥底にいる状態であれば手の出しようがないが、こうして前面に出てきたのであれば黒の魔力で赤の魔力を染めて逆に掌握出来る。


 自身の失態にようやく気付いたのか、グリートは狼狽し出した。


「お、おのれ!! やめろおおおおおおおお!」

「竜王招来!!」


 怒れる竜のように咆哮するカズイチの全身を青白い魔力が炎のように包み込んだ。竜王招来を再度発動するとは想定していなかったらしく、グリートの困惑が強くなった。


「な、何故だ!?」

「俺の頑丈さをなめるなよ!!」


 正直言って強がりだ。肉体はとっくに限界を迎えている。再発動なんか出来る状態ではなかった。しかし友達を救うためだ。泣き言なんか言っていられない。


 肉体を内側から焼くような激痛を根性で捻じ伏せて、カズイチは満面の笑みを浮かべた。


「今の俺の魔力は、通常時の十倍だ。てめぇとの差はどれぐらいだ!!」


 竜王と化したカズイチは、グリートと化したクリスの左胸に右手で触れる。


 黒の魔力を起動し、クリスの魔核周辺に絡みつく赤の魔力を起点にして全身を蝕む赤を黒に染め上げる。それと比例し、氷の床に描かれた意識転送用魔術陣が薄れていった。


「うおりゃああああああ!」


 カズイチが大きく一歩下がりながら右腕を引くと、クリスの胸から赤黒く染まった魔力がメチメチと粘着質な音を奏でて引きずり出される。


「やめてくれええええええええええッ!!」


 外界に曝け出されたそれは、人の形をした赤い魔力である。これが多くの人々を苦しめた悪魔の正体だ。


 クリスから悪魔を引きずり出したことで、意識転送用魔術陣も完全に消滅した。もはや悪魔は、カズイチが掌握した魔力の塊に過ぎない。


「黒の魔力と赤の魔力。相性がすこぶるよかったみたいだぜ。せっかくだから俺のこと乗っ取ってみるか?」

『く、くそ! くそおおおお!!』


 悪魔は、悔恨の声を上げるばかりで身動き一つしない。いや、カズイチが許さない。悪魔を構成する魔力は、すでにカズイチの制御下にある。生殺与奪は、完全に掌握した。


「出来ねぇよな。てめぇを構成する魔力は、俺が黒に染めた。どう扱うかも俺次第だ」


 カズイチは、身動きの取れない悪魔を宙へ放り投げた。左手の人差し指と中指に魔術陣を展開。右拳を引いて滅却光砲バニシング・レイの発射体制を取る。


「消えろおおおおおおおおおおおおおお!」


 右拳で叩かれた魔術陣から青白い破壊の閃光が放たれる。光速で飛翔する光の砲撃が赤黒い悪魔に食らいついた。


『やめろおおおおおおおおおおおおおお!』


 悪魔を構成する魔力は、それを超越する魔力の奔流に飲まれていく。


 圧倒的な破壊力に悪魔は抵抗を許されず、赤い人型の魔力が世界から滅却された。


 カズイチは、竜王招来を解除し、大きく息を吐いた。おぼつかない足取りで床に倒れるクリスに近付き、首筋で脈を取る。ちゃんと心臓は動いているし、呼吸も安定している。悪魔を抜かれたショックで気絶しているだけのようだ。


 気怠さを押し殺しながら十字架に捕らわれているリリーの元へ向かい、十字架を拳で打って破壊する。十字架から解放されたリリーを抱き留め、軽く頬を叩いた。


「リリー。起きてくれ」

「……ん……カズイチ?」


 瞼を開けたリリーだったが、状況が飲み込めないのか呆けている。


「寝起きに悪いんだけどよ、エルの治療を頼めねぇか。白の魔力を持つあんたじゃないと無理なんだ」

「エル……エルはどこ! 無事なの!?」

「あんまり無事じゃねぇ。敵にやられた。治療を頼むぜ」


 カズイチがリリーを下ろすと、彼女は床の上で仰向けになっているエルへと走った。


「エル!!」


 リリーは、エルの傍で膝をつくと、触媒の杖を右手で懐から引き抜き、左手でエルの幹部に触れる。癒しの緑光が掌から胸の傷跡に注がれ、徐々にエルの呼吸がしっかりとしてくる。どうやら間に合ったらしい。エルも大丈夫そうだ。


 とりあえず便利屋部全員ボロボロながらも一命はとりとめた。


 一仕事を終えて一服したいところだが、まだ大事な仕事が残っている。


「リリー」

「なに? 今治療中で集中したいから声をかけないでほしいんだけど」

「治療が終わったら、あんたに会わせたい人が居る」

「え?」


 首を傾げるリリーに、カズイチは微笑みかけた。

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