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第25話『元おっさん魔術師の切り札』

 カズイチは、体内の魔核に意識を集中する。


 黒の魔力は、他者の魔力や一度使用して汚染された自分の魔力を吸収する。だが吸収した魔力の全てを一度の戦闘で放出するわけではない。余剰魔力がどうしても出る。カズイチは、そうした余剰魔力を魔核に蓄積し続けていた。


 蓄積した余剰魔力の解放。通常の魔核よりも耐性に優れる黒の魔力によって人工的に形成された魔核だけに許された行為。それこそが黒の魔力の奥義――。


「竜王招来!!」


 カズイチの魔核から解放された蓄積魔力が溢れ出し、燃え盛る青白い炎のように全身を包み込んだ。解放された魔力は、カズイチの平時の魔力の十倍に達する。


 これが黒の魔術の奥義である竜王招来。カズイチのとっておきの切り札だ。


 人知を超える圧倒的魔力を前にしたエルは、畏怖の感情がありありと浮かべていた。


「な、何これ……」

「エル……行くぞ!!」


 カズイチは、身体強化魔術の出力を極限まで跳ね上げ、氷の床を蹴った。踏み込みの勢いに、背中から大量の魔力を噴射して一気に加速。エルの懐に飛び込んで左頬に右拳を叩き込んだ。


 年若い少女の頬とは思えない鉄のような硬い感触が拳に伝わる。魔力を集中させてしのがれた。


 一撃で意識を刈るつもりだったが、仕留めきれていない。しかし通常時とは比較にならない膂力によって放たれた拳は、容易にエルの肉体を吹き飛ばした。


 一発で終わらない。すぐさま再加速して吹き飛ぶエルを追い越して、背後に回った。エルが振り返ろうとするが、それを凌駕する速度で左肘を背骨に叩き込む。


「がはっ!」


 直撃を受けたエルは、呻き声とよだれを撒き散らしながら弾丸のような速度で吹き飛ばされた。もちろんまだ終わらない。


 カズイチは、エルの前方に回り込んで。左拳でボディーを叩いた。渾身の鉄拳が魔力と腹筋の防御を突き破り、内臓に衝撃を伝える。


 動きが止まったエルの顔面に追撃の右拳を突き立てた。衝撃に耐えきれず弾き飛ばされるエルに追いすがり、全方位から連打を叩き込む。


 エルは、氷のドームをピンボールのように跳ね飛びながらカズイチの連撃を受け続けた。並の使い手ならとっくに肉塊と化しているだろうが、エルに限ってその心配はない。彼女は、凄まじく強い。


 これだけの連打を浴びても意識が途切れていないのが証拠だ。


 これならばどうだとカズイチは、エルの正面から顎に右アッパーを打ち込んだ。


「ぐっ!!」


 渾身の一打をエルは歯を食いしばって堪えた。しかも杖の先端から魔力の気配がする。


 反撃を撃ってくる!


 危機感を覚えてカズイチが飛び退くと、床から剣のように鋭い氷柱が突き出した。


 紙一重で返しの一手を躱したカズイチは、距離を取って攻撃の手を止める。あれだけ殴られながらカウンターを狙っていた。見事と言う他ない。


 しかもエルは打撃を受ける時、必ず魔力を集中してその部分の防御力を高めている。だから何十発と渾身の拳を叩き込んでも仕留めきれない。


 何よりもクリスを救おうとする強靭な意志が肉体を支えている。意志を超越するほどのダメージを与えなければ戦いは終わらない。


 そこまではしたくない。己の甘さに舌を打ったカズイチは、エルに問いかける。


「終わりにしねぇか? 今のお前じゃ俺には勝てねぇ」

「そうでもない……私とカズイチには、そこまでの力の差はない……でしょ?」


 エルの言う通りだ。カズイチは、黒の魔力の奥義・竜王招来を使ってエルを超える力を手に入れたわけではない。あくまでエルと同等の力を手にしただけに過ぎなかった。


 埋めがたい実力差を、奥義を使って強引に埋めただけ。だがカズイチが勝負を優位に運んでいるのには理由がある――エルの作った氷のドームと自動迎撃機能を持つ氷柱だ。


「普段なら互角だろうよ。でも氷の儀式場にドームの自動迎撃機能。こんなもんを作った時点で、とんてもない量の魔力を使ったはずだ。その差で俺に押されてんだ。だからもうやめとけ。お前は、絶対に俺に勝てねぇ!」

「……条件は、同じようなもの」


 エルの表情に、諦めの色は一切ない。それどころか勝機を見出したかのように笑った。


「カズイチの技、絶対リスクがある。だから今まで使わなかった。炎帝と戦った時も私と最初に戦った時も使ってないのが証拠。それだけの魔力、身体に物凄い負担がかかる」


 さすがエルだ。短い攻防で欠点を見抜かれた。


 竜王招来は、通常時の十倍の魔力であらゆる能力を強引に底上げする技である。肉体にかかる負荷は凄まじいもので、この状態で戦えるのは三分前後。


 しかもそれはカズイチの肉体が万全の状態ならである。エルとの初戦で負った肉体のダメージは、癒えてない。筋肉も内臓も魔力負荷で爆発してしまいそうだった。


 長期戦は不利になる。次の一撃で勝負をつける。カズイチは、左腕をまっすぐ突き出して人差し指と中指を揃えて伸ばした。右腕は弓を射るように大きく引いて拳を固める。


 対するエルも両足を前後に大きく広げて腰を落とし、杖を腰だめに構えた。


 エルの杖から炎が放出されて、渦を巻きながら杖に絡みつく。伝わってくる熱気は、最初に戦った時に受けた炎を凌駕している。


 こちらも渾身の魔力で以て対抗するしかない。カズイチの左人差し指と中指の先端に、円形の魔術陣が展開された。


 魔術陣に描かれた紋様が稼働し、魔術陣の中心に魔力球が形成されると左腕を素早く引き、右拳で魔術陣を叩いた。


滅却光砲バニシング・レイ!!」

絶対零火アブソリュート・ブレイズ!!」


 カズイチとエル、それぞれから放たれた光の奔流と炎の奔流がぶつかり合う。山脈を消滅させる魔術の衝突によって衝撃波が生じ、氷のドーム全体にひび割れが広がっていく。


 どちらも一歩も譲らない魔術同士の鍔迫り合いに耐えかね、二つの魔術が同時に弾けた。空間中に大量の魔力が放出され、満たされていく。カズイチは、これを待っていた!


 即座に魔力を吸収。赤黒い放電現象を伴って右手の人差し指と中指を突き出す。


 エルは熱を放出し尽くした。次の熱を溜めるため必要な氷魔術の行使も間に合わない。


 けれどカズイチは、既に発射体制を整えている。右手の指先に魔術陣が展開された。


「もう一発だあああああ!」


 左拳で魔術陣を叩くと、青白い光の砲撃がエルを飲み干し、激しい爆発を引き起こす。


 青白光の爆風が氷のドームの大部分を吹き飛ばし、夕日が差しこんだ。


 渾身の一発を放ったカズイチは猛烈な倦怠感が襲われ、全身に纏う竜王招来の魔力が消え失せた。立っていられず、ひび割れた氷の床に両手と両膝をつく。それでも顔を上げてエルを見やった。


 エルは、床の上に仰向けになって倒れている。呼吸はしているが、まったく動こうとしない。次にリリーとクリスを確認するが、二人とも戦闘の余波のせいで、気絶しているのかピクリともしなかった。けれど呼吸はしているし、目立った外傷もない。


 倦怠感に抗って立ち上がったカズイチは、よろよろとした足取りでエルの元へ向かう。


 エルは、近づいてくるカズイチを恨めしそうに見つめてきた。相当のダメージは負っていても意識は、はっきりとしているようだ。


 カズイチは、エルの傍らに辿り着くと、あぐらをかいた。ここから先必要なのは、魔術ではなく対話だ。伝えたいことが山のようにある。どんなふうに伝えたらいいのだろう。


 一瞬迷ったが、答えはすぐに出た。飾り立てた言葉で諭すのではなく、ありのままの気持ちを伝えること。カズイチは、エルに微笑みかけた。


「エル。俺の仲間が教えてくれたんだよ。一人で頑張る必要はねぇ。辛い時や苦しい時は仲間を頼っていいってな。まぁ俺も気が付けたのは、ついさっきなんだけどよ」


 エルの人生は、きっと辛いものであったろう。大切な人を守るために。血塗れになりながら戦い続けた。誰かを助けたい気持ちは、分かる。


 大切な人のために尽くしたい気持ちも分かる。だけど一人では、どうにも出来ないことがあるのだ。


「エル。俺は、今でもお前の仲間だ」


 心からの想いを伝えると、エルの銀色の毛で覆われた獣の耳をピクリと跳ねた。見開かれた水色の瞳に涙が溜まって水面のように揺れている。


「……どうして?」

「縁ってのは、自分一人で切れるもんじゃねぇ。相手も一緒になって切ってくれねぇと完全には切れねぇんだ。で、俺はしつけぇからなぁ~。せっかく出来たお前との縁を簡単に切ってたまるかってんだよ」

「……お人好し……」


 気恥ずかしそうに耳をぺたりと倒したエルは、顔を背けてしまった。


「じゃあそのお人好しにも手伝わせてくれねぇか。俺もクリスを助けてぇ。クリスを助けられて、リリーが傷つかない方法を探そうぜ」


 エルがカズイチと視線を合わせた。カズイチの真意を見定めようとしているのだろう。


 大丈夫だ。嘘じゃない。クリスは必ず救ってみせる。偽りなど何一つない。


 そんな思いを込めてカズイチは笑うとエルは、憑き物が落ちたように穏やかな表情になった。


「カズイチ……お願い……クリスを助けて……」

「おう! 任せろ!!」


 カズイチが親指を立てると、穏やかだったエルの顔が強張った。困惑と恐怖と絶望に支配されている。


 何事かと数瞬思考が制止していると突然エルが起き上がり、カズイチは両手で突き飛ばされた。


 咄嗟のことに受け身が取れず尻もちをついた刹那、カズイチの鼻先を紅に輝く光刃が掠め、先端がエルの左胸を貫いた。

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