第24話『元おっさん魔術師と仲間たち 〜その2〜』
夕焼けの通学路を走ってカズイチがアルティシア魔術学園に到着すると、校舎全体が氷漬けになっていた。まるで巨大な氷塊を削り出して作った城のような様相だ。
特に異様なのが屋上部分である。至る所から氷柱が伸び、中心部分が巨大な氷のドームで覆われている。多くの教師たちと生徒たちが校庭に集まって凍てついた校舎を前にしてざわついていた。
一部の教師たちが地上からジャンプし、氷のドームに近付こうとしているが、氷柱が射出されて彼等を寄せ付けない。恐らく魔力の接近を感知して自動迎撃するよう設定されている。
カズイチが様子を眺めていると、学園長のマリン・アーガストが駆け寄ってきた。
「サエヤマさん! あの氷の中に!!」
「事情は、掴めました。学園長、呼んでほしい連中が居るんです」
「誰かしら?」
「俺の仲間です」
カズイチがマリン学園長に頼んで呼び出したのは、 スカイブルーム部の部長ユーリと副部長ソラウ。ガルドが復帰した決闘部の面々と決闘部の顧問ラッドマンだ。
「悪いな、みんなを頼っちまって。作戦は、さっき伝えたとおりだ。正直言ってものすげぇ危険だ。だから無理に参加しなくていい。でも、もし一緒にやってくれるって言うならすげぇ助かる」
「僕は、やります。カズイチさんに恩返ししたいんです」
最初にそう宣言したのは、ユーリだった。ユーリが隣に居るソラウと見ると、彼女も頷いた。それ見ていたラッドマンは微笑し、触媒の杖を振りかざした。
「吾輩たち決闘部も今回の作戦には協力しよう。みんなよいか?」
『うおおおおおおおお!』
決闘部全員が触媒を掲げて声を上げた。ここにもたくさんの仲間が居てくれる。
助けてくれる。負ける気がしない。
カズイチは、ユーリの乗る箒の後ろにまたがった。
「作戦開始だ! みんな行くぜ!!」
カズイチを乗せたユーリとソラウが箒で空へ飛び立った。風を切りながらユーリとカズイチが時計回り、ソラウが反時計回りで校舎屋上の氷のドームの周辺を旋回する。
「ユーリ! いつもより速いじゃねぇか!!」
「今日は、すごく飛びやすいです。魔力濃度が濃いせいですね。しっかり掴まって!!」
「おうよ!!」
ユーリとカズイチが時計回りに飛びながら徐々にドームへ接近していくと、突如屋上の氷柱たちが一斉に射出された。
「撃てええええええええ!!」
地上に残ったラッドマンの掛け声で決闘部部員たちの杖から魔術が放たれた。
カズイチたちを狙う氷柱と決闘部の放った魔術がぶつかり合い、射出された全ての氷柱が粉砕された。次なる氷柱がカズイチを乗せたユーリとソラウに迫るも、地上からの決闘部の魔術攻撃によって氷柱は砕かれ、一発もカズイチたちには届かない。
地上で指揮をするラッドマンは、自信に満ちた笑みで杖を構えた。
「氷魔術の自動迎撃は、高精度だが、自動故に型にはまっている。型にはまった魔術の攻防は決闘部の得意とするところ!! 吾輩たちの力を見せる時だ!!」
カズイチの立てた作戦は、シンプルだ。スカイブルーム部の飛行魔術でエルの仕掛けた自動迎撃を誘発し、決闘部がそれを迎撃する。これを繰り返していれば自動迎撃の防衛網に必ず隙が生じる。
あとは、カズイチがドームの外壁を破壊して突入するだけだ。
決闘部の魔術の腕なら氷柱の自動迎撃を撃ち漏らすことはない。万が一撃ち漏らしたとしてもユーリとソラウの飛行魔術の腕なら自動迎撃の精度では、簡単には捉えられない。
機会は必ず来る。だから焦らない。氷柱が幾度となく撃ち落とされ、ユーリとソラウの華麗な飛行テクニックが氷柱の攻撃を寄せつけない。
数千数万の攻防を繰り返す中で、その瞬間が訪れた。氷のドームの西側の防空網に隙間がある。
「ユーリ!!」
「はいっ!!」
カズイチを乗せたユーリは、まっすぐにそこへ突っ込んだ。防空網の隙間を塗ってドームまで残る五メートル。ここまで近づければ十分だ。
カズイチは箒を足場にして飛び、ドームへ突っ込んだ。
「サンキュー!! 全部片付いたらみんなにパンケーキ奢るぜ! 爆竜拳!!」
氷のドームに拳と爆風を叩き込み、分厚い氷壁に人一人通れる穴が開かれる。
カズイチは、穴を通ってドーム内部への侵入に成功した。
ドームの内部は、天井も壁も床も氷で出来ている。かなり広くて存分に暴れられそうだ。中央には、氷で作られた十字架にリリーが貼り付けにされており、その傍らに大杖を持ったエルと氷の鎖で縛られたクリスが居た。
「カズさん!!」
クリスは、カズイチを見るや声を張り上げた。クリスを縛る氷の鎖は、床に固定されている。状況を見るに、クリスはエルのやろうとしていることに賛同していないようだ。
クリスも心配だが、張り付けにされたリリーのほうも気がかりだ。
外傷などは特に見られないが、ぐったりとしている。意識がないようだ。
「クリス、リリーは生きてるか?」
「う、うん、気絶してるだけだと思う……」
間に合ったことにほっと胸を撫で下ろし、ゆっくり歩いてエルとの間合いを詰める。
「エル。助けに来たぜ」
「助けなんていらない」
「事情は、分かってる」
「……分かってない」
エルは、凍えるような殺意を瞳に宿して大杖を構え、杖頭でカズイチを狙う。
ここから一歩でも近付いたら確実に攻撃を仕掛けてくるだろう。止むを得ず足を止めた。
「エル、そう思うんなら俺に話してくれ。お前は、今から何をしようとしてるんだ?」
「クリスを蝕む魔力を全部別の肉体に移し替える。その儀式を今からやる」
魔力拒絶反応症候群患者を蝕む魔力を白の魔力保有者に移し替える儀式。そんなものは、聞いたことがない。儀式の内容が見当もつかず、カズイチは眉をひそめる。
「そんなもん俺は聞いたことねぇぞ。本当にある儀式なのか?」
「ある。これでならクリスを救える。半年前、炎帝を使ってリリーと接点を作ったのは、この日のため。星から生じる魔力が最大限に高まる日まで待ち、そして最も多くの魔力が溢れる土地に立ち入るため」
「二つの条件を同時に満たせるのが、今日のアルティシア魔術学園ってわけか」
「この氷のドームも星の魔力を安全に運用するための儀式場。これで儀式を行える」
どこぞのカルト宗教の儀式か。あるいは獣人に古くから伝わる儀式なのだろうか。
カズイチが思案していると、鎖に縛られたクリスが身動ぎしながらエルに手を伸ばした。
「エルやめて!! 私、言ってるよね! 誰かを犠牲にする方法で助かりたくない! 誰かを犠牲して生きるなんてしたくないよ!!」
「あなたの身体はもう限界。いつ死んでもおかしくない。それが今日でもおかしくない」
「もしも今日で死んじゃうなら別のことして過ごしたいよ!! もっと楽しくて素敵な思い出になることがいい……こんなのが最後の思い出になるのは、嫌だよ!」
「うん、大丈夫。今日死なない。クリスは、ずっと生き続ける。私が死なせない」
「こんなことしたらエルのこと嫌いになっちゃうから!!」
「……き、嫌われてもいい。私は、あなたが生きていてくれればいい! 生きているクリスの隣に、私が居なくてもいいッ!!」
エルが大杖で床を突くと、赤い光が氷の床に走る。瞬く間にリリーとクリスの足元に赤く輝く幾何学図形の魔術陣が二つ形成され、血管状の無数の細い光で魔術陣同士が繋がれた。
今まで見たことがない魔術陣に途轍もない量の魔力が込められている。
星の魔力を利用した魔術陣のようだが起動したエルにも、魔術陣で繋がれたクリスとリリーにも魔力拒絶反応が見られない。
儀式場である氷のドームと魔術陣自体の術式によって星の魔力の毒性が中和されているようだ。これを見るに今回の儀式、眉唾物ではない。
このまま実行されたらリリーにとっては、致命的な結果となる。
しかしエルは、クリスの必死の訴えにも折れなかった。
クリスの言葉に耳を貸さないならカズイチの言葉も届かない。
こうなると、力づくで儀式を止めるしかない。
「お前を止めるには、俺も本気を出さねぇと無理そうだ」
カズイチは、両足を広げて腰を落として左右の拳を構える。




