第23話『おっさん元魔術師と仲間 〜その1~』
クライヴは、背負っていたハルバートを手に持ち、顎をしゃくった。
「サエヤマ・カズイチ。お前は急いで学園に行け。お前がやるべきことを果たせ。私は、女王陛下を迎えに上がっただけだ」
クライヴの目的は、リリーとアルティシア女王を会わせないことだ。
カズイチがエリックを見やると、視線を逸らされてしまった。クライヴの側に付くのなら親友と言えど容赦はしない。カズイチは、両手に触媒の手袋はめる。
「……そうかい。俺も急いでるんだ。邪魔なやつをとっとと叩きのめさせねぇとな」
「あくまでリリーを陛下に会わせる気か?」
「それがあの人の望みだ」
「私の役目は、王家の名に傷をつけるリスクを排除することだ。二人を会わせるのは危険すぎる。そもそもが私に勝てると?」
「そう思うからリリーの護衛を俺にやらせたんだろ? こっちも切り札を残してるんだ。てめぇに竜王の力をたっぷりと味わわせてやるぜ」
クライヴの戦闘能力は、カズイチを凌いでいる。まともにやっても歯が立たない相手だ。出来れば切り札をここで使いたくはないが仕方ない。
カズイチが体内の魔核に意識を落とそうとした瞬間、桃色の影がクライヴに飛びかかる。
短剣を手にしたシャロルだ。青白い魔力を纏った刃の一撃は研ぎ澄まされ、剣閃の速度は雷と見紛うほどに速い。
クライヴがハルバードの柄を盾にして、短剣を受け止めると互いの魔力がスパークして激しい火花が散る。その瞬間、クライヴの顔色が変わった。
「ぬうっ!? 半獣人の割には鍛えたな!」
ハルバードを振るってシャロルを弾き飛ばすと、彼女は空中で態勢を整えて着地。短剣の切っ先をクライヴに向けた。
「カズイチ兄さん、ここは私に任せて行ってください」
「だめだ! お前は、たしかに強くなったけどよ、まだあの野郎のほうが格上だ」
シャロルは、見違えるほど強くなった。伊達にアルティシア女王のメイド兼護衛を務めているわけではない。
それでもまだまだクライヴのほうが数枚上手だ。まともにやりやって勝てる相手じゃない。カズイチが前に出ようとすると、シャロルが手で静止してきた。
「クライヴ隊長、あなたが兄さんにしたことを女王陛下に話した時、陛下はすごく怒っていらした。私は怖かった。陛下があんなに怒っているのを見たことがなかったから」
アルティシア女王なら、こんな策略は用いない。カズイチに直接会って、リリーを助けてくれと頭を下げるはずだ。
クライヴのやり方を知ったアルティシア女王の烈火の如く怒る様が目に浮かぶ。シャロルもその時のことを思い出してか、小刻みに震えていた。
「私、怖くなって茶器を壊したんです。とっても高い貴重な茶器を。破片を私が拾おうとすると、陛下は怒って私の手を掴みました。何をしているのって……」
シャロルの顔に悲しみと憤りの情が溢れて、ぐしゃぐしゃになった。
「危ないじゃない。怪我をしたらどうするのって……あんな状況で粗相をした私を叱るどころか、思いやってくださった。私は、願いました。カズイチ兄さんに助けてって、とっても優しい陛下を助けてって……だけど間違ってた!!」
泣きじゃくりながらシャロルは、短剣の柄を強く握りしめた、
「みんなカズイチ兄さんに頼ってばっかりだったッ! みんなして辛いことを苦しいことを兄さんに押し付けた!! みんなして兄さんを裏切ったっ!! 兄さんが優しいから許してくれるから!! 私は、兄さんに頼ってばかりの自分が恥ずかしいッ!!」
ようやくシャロルの涙の訳を理解する。兄と慕うカズイチのために泣いてくれているのだ。シャロルの気持ちがとても嬉しい。百人の味方を得たみたいに勇気づけられた。
ここまで思ってもらえるなんて兄貴分冥利に尽きる。こんな風に言われたらクライヴには、絶対負けられない。カズイチは、両拳を強く握った。
「ありがとなシャロル。力を貰ったよ。そう言ってもらえるだけで俺は十分だぜ!!」
「……兄さんにも言いたいことあります」
「え、俺に?」
感動的な場面でこっちへ矛先が向くとは思っていなかったので、面食らってしまう。
そんなのは、お構いなしだと言わんばかりに、シャロルは口を開いた。
「兄さんは、全部一人で背負い込む。誰も頼らない。困ってる人は、助けようとするけど、自分のことは、誰にも助けさせてくれない。自分は、手を差し伸べるけど、私たちが手を差し伸べても取ってくれない……兄さん、私たちってそんなに頼りないですか?」
「いや、そんなことはねぇよ!!」
「じゃあなんで頼ってくれないんですかっ。どうしてここを任せてくれないんですか! 私のこと、そんなに信じられませんか!?」
違う。信じてないわけじゃない。大切な仲間だから危ない目に合わせたくないだけだ。
そう伝えようとした矢先、アジトからコウジが部下を引き連れて飛び出してくる。
「アニキ!! ここは俺たちに任せてください!」
「なっ!? お前まで何言ってんだ!?」
「アニキは、すごいです!! いつもみんなを助けて先頭立って走って……俺は、そんなアニキの背中に憧れました! でも俺は、背中を追いかけるばかりじゃねぇ!」
コウジは、手袋型の触媒を両手にはめると、シャロルと並び立った。
「あんたの隣に立てる男になりてぇんだ!」
「私も同じです! クライヴ隊長がどんなに強くても関係ない!! 女王陛下を行かせたりしない。あの人は、リリーに会いたいって思ってる。だからここは、私たちが一歩も通さないッ! 兄さん! ここは私たちに任せて行って!!」
「アニキ行ってください!! 俺たち全員で束になれば近衛隊長でも抑えられる!! あんたは、リリーを救うための力を温存してくれ!!」
コウジが拳を構えると、ギルド・ブラックドッグの構成員数十名が一斉に触媒を構えた。全員が決死の覚悟を決めている。
相手の強さを知りながら微塵も怯んでいない。
みんながカズイチを助けようとしてくれている。いや、きっと今までも仲間が助けてくれていた。
それなのに、カズイチは気が付かなかった。自分だけが戦っているつもりになって、自分だけが仲間を守っている気になっていた。
何が竜王だ。何がギルド・リュウゼツのマスターだ。いい歳をしているくせに生まれたての赤子のように物事を理解していない。
三十年近い人生で何も学んでこなかった、図体だけ大きくなったガキ。それがサエヤマ・カズイチなのだとようやく気付けた。
己の未熟さが恥ずかしくなって固めていた両の拳を緩める。
「……んだよ……俺は、結局何も分かってなかったんだな。いっつも一人で戦ってる気になってた。こんな最高の仲間たちに守られてることも忘れてよ……未熟だぜ、俺は」
カズイチが自嘲すると、クライヴの隣に立っていたエリックが上着の懐から触媒の杖を抜き、近付いてくる。
「……カズ」
「エリック……」
エリックは、カズイチの前に立つと、俯いて杖を強く握りしめた。
「未熟なのは……僕だ。裏切って本当にごめん!!」
エリックは、踵を返してクライヴに杖の先端を向ける。
クライヴは、動揺を微塵も見せず、ハルバードを両手で構えた。
それと同時に空気が変わる。
カズイチをして怖気を覚えるほどの害意が周囲一帯に撒き散らされた。
シャロルとコウジも額に玉のような汗を滲ませ、ブラックドッグの構成員だちも吹雪の中に裸で放り出されたように震えている。中でも一番激しく震えているのはエリックだ。
クライヴは、震えるエリックをハルバートの先端で指した。
「陛下よりもその男を選ぶのか?」
ガタガタと震えたままエリックは頷いた。恐怖で声を発することもままならないが、しかし抵抗の意志は揺らいでいない。
クライヴは、ふんっ! と鼻息を荒くする。
「そうか。ここに居る全員、女王陛下に対する不敬な妄想を抱いている。近衛隊長の名において貴様ら全員を討つ!!」
クライヴの全身から悍ましいほどの闘気が放たれる。さすがは近衛隊の隊長だ。並の使い手ならこのプレッシャーだけで戦意を挫かれる。けれど仲間を信じると決めた。
「すまねぇ!! みんな任せたぜッ!!」
カズイチは、仲間たちにクライヴを任せ、路地裏を後にした。




