エピローグ『ブルーリブート』
便利屋部の部室が朝の爽やかな光が差し、長机の上に置かれた紙袋が照らされている。
カズイチとリリーは、窓から校庭を眺めていた。
「カズイチ、女王陛下からの話断ったって本当? 特例で魔術師資格を与えてギルドの解散命令も取り消すって」
「ああ。本当だよ」
「どうして?」
「俺は、まだまだ未熟だ。未熟な俺には、ギルドのトップは早い。ここで色々と学びたいって思ったんだ。焦らずにゆっくりとな」
今回の事件を通してカズイチは、己がいかに未熟かを思い知った。
もしアルティシア女王の提案を受けてギルドと魔術師資格を取り戻しても、足元をすくわれることになりかねない。けれど理由は、それだけではなかった。
「それに俺は、ここで……便利屋部のみんなと過ごす時間が心地いいんだ。だから青春をやり直すのも悪くねぇ」
「……そっか。それで代わりに、エルの恩赦のお願いをしたのね」
エルの罪状は、はっきり言って極刑ものだ。クリスの命を救うためとはいえ、数多くの犯罪に手を染めた。
カズイチもエルは罪を償うべきだと思う。だけど死を以て償わせるのは、まだ若いエルには酷だし、何よりもクリスが後を追って自決しかねない。
だからカズイチがエルの身柄を監視することを条件に、恩赦を与えるようアルティシア女王に進言したのだ。この恩赦の提案をしたのは、カズイチ一人ではなかった。
「恩赦についちゃ、リリー先生も進言したんだろ?」
「うん。同じ立場になったらあたしも同じことするかもしれないし、少なくともあたしがされたことについては、怒ってない。それにエルの必要なのは、罰以上に仲間よ。まぁもちろん悪いことをしたんだからこれから教師として厳しく指導はしていくけど」
「だな。俺もそう思う。多分陛下もそう思って俺たち二人をエルの監視役に指定して恩赦を与えてくださったんだ」
「ええ……カズイチ、これからもよろしく」
「ああ、こっちこそよろしく頼むぜ、リリー先生」
カズイチとリリーが笑みを交わし合うと、何故かリリーの頬が赤らんだ。
「……あのさ。ありがと。あたしの依頼叶えてくれて。なんかお礼しないとね」
「別にいいっすよ。俺がしたくてしたことなんで」
そう返すと、リリーがカズイチの胸に額を預けてきた。
なんだ。どういうことだ。どうしてこうなった?
想定外の唐突な行動に面食らってしまう。
「リ、リリー先生?」
「ちょっとのわがままなら聞いてあげるのに。あたしは、あんたの先生なんだからさ」
リリーは、カズイチを見上げるとカズイチの頭を優しく撫でた。
ほんのりと顔に赤みが差し、緑玉のような美しい瞳が潤んでいる。
「頭を撫でる意味……知ってる? それとも教えてくれたのに忘れちゃった?」
理解が追い付かない。この状況はなんだ。
まさか? いや、そんなはずがない! 二つの感情が頭の中で堂々巡りしている。
思考回路がスパークしそうになっていると、リリーの唇が微笑みをたたえて、カズイチの頬に近付いた。
「じゃあ、もっと分かりやすく伝えるわ……あたしのヒーローさん」
甘い声を囁いたリリーの唇がカズイチの頬に近づいてきて――。
「カズさん、リリーちゃん、おはよう!」
唇が頬に触れる寸前、部室の扉が開かれてクリスが飛び込んでくる。
その瞬間リリーは、薔薇の花のように真っ赤になってカズイチから飛び退いた。
クリスは、カズイチとリリーを交互に見て、申し訳なさそうな面持ちになる。
「……なんかごめん。邪魔したみたい?」
「ち、違うわよ!! 違うわよッ。全ッ然違うからぁ!」
慌てふためくリリーを見ていると、こっちまで恥ずかしくなってくる。カズイチが小さくなっているのに対して、クリスは瞳を真夏の海みたいにキラキラさせている。
「まぁまぁリリーちゃん、そんなに照れないで。続きする?」
「しないわよ!! ていうか続きって何! それによりもあなた、身体は平気なの!?」
「平気だよ! めっちゃ元気!!」
クリスは、悪魔の魔力の影響を脱したことで命の危険はなくなった。
これからは、何にも怯えることなく青春を過ごすことが出来るだろう。
「ほらエルおいで!」
クリスにグイッと腕を引っ張られて、エルが部室に入ってきた。
罪悪感の押しつぶされているのが目に見えており、ふわふわのしっぽは垂れさがり、耳も萎れてしまっている。
「……本当にごめんなさい」
エルが深々と頭を下げるとクリスも一緒になって頭を下げた。
「私からもごめんなさい。エルと一緒に償いはします。どんなことでもします」
クリスが顔を上げると、彼女が覚悟を決めた表情をしている。今の言葉にも嘘偽りはない。大丈夫だ。こんな親友が傍にいるならエルは立ち直れる。
カズイチは、安心しながらパンチのジェスチャーをした。
「俺は、この間さんざんぶん殴ったからな。すっきりしてらぁ。先生はどうする?」
「じゃああたしもカズイチと同じことさせてもらおうかしら」
リリーが近づくと、エルは怯えた表情になる。けれど視線を逸らすことはしない。
「てやっ」
リリーがエルの額にデコピンをお見舞いした。
「いたっ!」
「これが罰よ」
リリーは、エルの頭をそっと撫でると、背伸びしてから長机の紙袋を手に取った。
「便利屋部への依頼、あたしのところに結構来てるのよ。忙しくなるわ」
リリーは、紙袋の中からキャラメルミルクコーヒーの入った紙カップを四つ取り出してエル、クリス、カズイチの順に渡していく。
「がんばろうねエル!」
「……うん。がんばる」
「よっしゃあ! じゃあ改めて乾杯だ!!」
ここに居る四人は、ここに来るまでに色々な経験をした。
カズイチは、師匠であるゴウのギルドを受け継ぐため、がむしゃらに突っ走ってきた、
リリーは、その出自と白の魔力という才能を持つが故に、自由を与えられずに籠の中の鳥で居続けた。
クリスは、幼い頃から命を悪魔に脅かされ、生きることを諦めていた。
エルは、悪魔からクリスを守ろうとして人生の全てを捧げた。
ここに居る全員が青春を過ごすことが出来なかった。
だから今日この時から四人の青春を取り戻す(ブルーリブート)のだ。
「それじゃあ便利屋部の更なる発展と俺たちの青春に!」
『乾杯!!』
こうして青春を過ごせなかった四人の青春の幕が上がった。
おわり




