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幕間『竜王の涙』

 サエヤマ・カズイチは、人から頼られるのが嬉しかった。頼ってもらえると嬉しくて、それだけで頑張ることが出来た。


 だから仲間のピンチには、いつでも駆け付けた。


 例えば数年前、エリックが敵対ギルドのアジトにさらわれた時である。


 単身アジトの廃ビルに突入したカズイチは、敵を皆殺しにした。


 コンクリートがむき出しになった最上階のフロアに無数の死体が転がっている。


 カズイチがタバコを吸って一息ついていると、エリックは敵の躯を呆然と眺めていた。


「カズ。すごいな。たった一人でこの人数を……ごめん、敵の捕まるようなへまをして」

「気にすんな。お前が無事でよかったぜ」


 エリックの身体には、血の一滴すらついていない。


 一方でカズイチの身体は、返り血に塗れている。カズイチは思う。よかったと。仲間が傷つかなくて、仲間が殺さなくて、仲間が人殺しの辛さを味わわなくて。


 カズイチが助けたのは、エリックだけではない。孤児院に居た子供の頃、半獣人だからと馬鹿にされて差別されるシャロルのこともよく助けた。


「カズイチ兄さん……ごめんなさい」

「気にすんな。困ったことがあればいつでも俺を頼れ」

「……助けられてばっかりだね」

「んなことねぇよ。大丈夫だ。お前は才能あるからそのうち強くなれるさ」


 シャロルは、いつも申し訳なさそうにする、だから人を傷つけた心の痛みは、胸の奥にしまい込み、作り笑いをした。


 人を傷つけた不快感を見せるわけにはいかない。シャロルが気にしないようにしなくては。


 誰かに気を使われるのは、好きじゃない。カズイチの感情をぶつけて困らせたくない。


 だから師匠であるリュウゼツ・ゴウとの別れの時もカズイチは笑顔でいた。


「すまんな……カズイチ……後は頼めるか?」


 やせ衰えて床に伏せる師匠の手をカズイチは握りしめた。あんなに強かった人が今では枯れ枝のように細くて弱弱しくなってしまった。それでも涙は見せない。


「はい!! 俺が師匠のギルドを支えます! 俺が受け継ぎます!!」

「お前には、頼ってばかりだ……ほんとうにすまない。情けない父親だ」

「何言ってんですか!! 孤児の俺をここまで育てて、黒の魔力まで教えてくれて、そんな大恩一生かけても返しきれませんよ!」

「ありがとう……」

「お礼を言いたいのは俺のほうですよ!! 少しでも恩返しが出来て嬉しいです!! どうかあとは任せてください!!」


 本当は泣きたかった。一人にしないでと叫びたかった。


 だけどそんなことしたらゴウを困られてしまう。


 ゴウが最後に見るのがカズイチの泣き顔だったら、きっと心残りになってしまう。


 涙を人に見せちゃいけない。そんなことをしたら慕ってくれる仲間を心配させてしまう。


 安心してカズイチを頼れなくなってしまう。だからカズイチは泣かなかった。


 涙を見られたのは、幼い頃の一度きり。夜、孤児院の庭の片隅で声を殺して泣いていた時だ。孤児院の子供たちが近所の悪ガキ連中にいじめられていたところを助けに行った。


 悪ガキは撃退出来たが、たくさん殴られて痛かったし、たくさん嫌なことを言われた。


 思い出すと涙が込み上げて止められなくなってしまった。


 その時、声をかけてきたのがアルティシア女王だ。


「カズイチ。どうしたのですか?」


 優しい声と温かい笑顔で接してくれるアルティシア女王が母親のように思えた。


 だけど孤児の子供が母だと思って女王に縋りつくなんて不敬もいいところ。


 それが理解出来ない程、カズイチは幼くなかった。だから涙を拭って笑顔を無理やり作った。


「なんでも……ないです……か、花粉症ですよ」

「花粉症の時期ではありませんよ。カズイチ。何かあったのなら話してください」

「なんでも……ありません……」

「あなたは、一人で背負い込む悪癖がありますね。たまには誰かを頼りなさい」


 アルティシア女王は、カズイチの頭をそっと撫でた。


「一人で抱え込むと、いつか取り返しのつかないことになります。だからあなたの言葉で伝えてほしいのです。今の気持ちを、私にどうしてほしいかを」


 抱きしめて。


 慰めて。


 傍に居て。


 だけどこれは全部わがままだ。


 こんなこと言ってもアルティシア女王を困らせるだけだ。母のように慕う人だからこそ迷惑はかけられない。


「なんでも……ありません」

「まったく……手が掛からな過ぎる本当に困った子ですね」


 アルティシア女王は微笑すると、カズイチの頭を優しく撫でてくれた。


 この日を最後にカズイチは、涙を流さなかった。

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