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第21話『エルの真実』

 他の生徒たちに混ざって朝の通学路を歩くカズイチは、胸をさすっていた。


 エリックに、流行に敏感だと思われたくて朝からパンケーキを平らげたが、失敗した。


 年甲斐もなく朝から糖分と脂質を取りすぎた。胸やけが酷くて吐きそうだ。


 ため息をついたカズイチがアルティシア魔術学園の校門をくぐった瞬間、違和感を覚える。いつもと空気が違う。張り詰めたような感覚。これは戦場の空気だ。


 何故ここでこんなものを味わう?


 自問し、そして自答する。手練れの魔術師が放つ殺意が学園を支配しているのだ。


 カズイチは、全速力で走った。校庭を駆けながらリリーの気配を探る。


 誰かがリリーを狙っている。しかもこれだけの空気を生み出せるのは、先日戦った炎帝を凌ぐ達人だ。リリーを探して走っていると、校舎屋上に気配を感じる。


 カズイチは跳躍、一飛びで校舎屋上に飛び乗った。


 広い屋上の真ん中にリリーが立っている。


 カズイチの姿を見た途端、リリーは頬を膨らませた。


「カズイチ。やっと来たわね」

「……なんでこんな場所に?」

「なんでって……あんた、あたしの親とヒーローを見つけたんでしょ? エルからそう聞いたわよ。ていうか、そっちが呼び出したのに忘れたわけ?」


 リリーの言葉がカズイチの思考を凍り付かせた。信じたくない。エルの名前をここで聞きたくなかった。しかし、ここでエルの名前が出た以上、それはそういうことなのだ。


「カズイチ。リリー」


 背後からエルの声がする。振り返ると、大杖を持ったエルが立っていた。


 カズイチは、スラックスのポケットに両手を入れ、触媒の手袋をはめる。


「……エル、話がある」

「私は、ない」


 エルの姿が一瞬消えた。咄嗟に触媒をはめた両手をポケットから抜くと、眼前にエルの顔が飛び込んでくる。速い。反応する間もなく、間合いを詰められた。


 カズイチが右拳を握ると、エルが杖を振ってくる。拳で迎撃したいが間に合わない!


 やむなくエルの杖を左腕で受けると、杖が触れた瞬間、何かがひび割れる音がした。


「ッ!!」


 杖が触れている左腕の皮膚が白くなってひび割れていた。魔力のガードを突き破って皮膚が凍った。干渉制御系の氷魔術で皮膚の水分が凍り付いてしまったのだ。


 右拳で杖を叩いて弾くと、ベキィ! とガラスが割れるような音がした。


 エルの杖を見ると、カズイチの左腕の凍り付いた皮膚が剥がれて杖に付着している。


 腕の筋肉がむき出しになるが、血が出てこないし、痛みもない。


 筋肉どころか神経まで凍り付いた。これほどの氷魔術の使い手と戦った経験はない。


 得意の接近戦でも押されている。圧倒的な格上。カズイチでは足元にも及ばない。たまらず後方へ飛んで距離を取る。


 そこへリリーが駆け寄ってきて、カズイチの凍り付いた左腕を両手で包んできた。


「エルッ!! やめなさい! 何のつもり!? 杖を収めなさい!」

「収めなかったら?」


 苦々しい顔でリリーは、右手で杖を抜いた。だが、それと同時にリリーの右腕が氷で覆い尽くされる。


「きゃっ!?」


 リリーの触媒と右腕を氷がギプスのように包み込んでいる。魔術起動の遅い大杖と平均的な魔術起動速度の杖の撃ち合いでありながら、エルの初速がリリーを凌駕した。

 圧倒的な技量の差を前にして怖気づいたのか、リリーは小動物のように震え出した。


「エル? ど、どうして?」

「私は、リリーをこれから殺す」


 エルの言葉で、リリーはその場にへたり込んでしまった。明確な実力差を見せつけられたことに加え、信頼している生徒に裏切られたショックで戦意を失ったのだろう。


 エルがリリーを狙っていたなんてカズイチもショックだけれど、そうだとするなら疑問に思っていたことが解消される。リリーとエルの出会いについてだ。


 エルとクリスが炎帝に襲われているところをリリーが助けたというが、炎帝はリリーの実力で撃退出来るような使い手ではなかった。


 どうしてそんな演出が出来たのか。


 答えは一つ。


 エルと炎帝は最初からグルだった。そしてエルの実力は炎帝を凌ぐ。つまり――。


「エル……お前が本当の炎帝か?」

「ううん。カズイチが倒したやつが本当の炎帝。私は、あいつを倒してギルド炎帝の二代目マスターになった」

「じゃあ昔リリーを誘拐しようとしたのは、俺が倒した初代の炎帝か?」

「そう。あいつは単に金が欲しいだけ。白の魔力の希少性を理解していない。だけどあいつの組織力は使える。だから二年前、私が奪った。スカーレットもあいつの下部組織」


 戦闘能力と頭のキレ。エルは、ギルドマスターに必要なものを兼ね備えている。危機的状況だというのに、カズイチが抱くのは、エルに対する称賛の念だ。


「よくやるぜ。俺なんかよりよっぽどギルドマスターの資質がありやがる……」

「そうでもない。もう必要ないから警察に構成員の情報を売った」


 そう語るエルの声は、吹雪のように冷たい音色だった。


「私は、情報を得るための組織力が欲しかった。あいつらは、私の力が欲しかった。でも、私の目的は果たされた。もうあいつらに何も与える必要はない」

「……なるほどね。炎帝がスカーレットの拠点の酒場を吹き飛ばしたのもお前の指示か」

「そう。もう利用価値がなくなった。初代炎帝もカズイチに敗北した時点で価値はない」


 エルの水色の瞳から殺意が滲んでいた。殺意には二種類ある。人を殺したことのない人間が放つ初心な殺意と人を殺したことのある人間が放つ熟成された殺意だ。


 エルのそれは、後者である。ここに至るまでに、エルが手を汚してきた証拠だ。


「……俺も迷ってる場合じゃねぇな」


 これ以上、エルの思い通りにさせるわけにはいかない。人を殺した事実は消せないが、リリーを殺した罪まで背負わせたくない。止めるためには、勝つしかないのだ。


「エル、歯を食いしばれ。俺の拳は結構いてぇぞ!!」


 カズイチが踏み込もうとした直前、カズイチの足元から無数の氷柱が突き出した。


 避けるべく右方向へ飛ぶと、カズイチの右の脇腹に異物が潜り込む感覚に襲われる。屋上の床から氷柱が一本飛び出して、右の脇腹を貫いていた。


「がはっ……」


 最初の氷柱は、避けさせるために撃ったのだ。しかも回避の方向まで完璧に読まれた。


 おまけに追撃の氷柱は、たったの一本。数を撃って物量で攻めるのではない。狙いすました一撃。お前の動きは読めている。戦うだけ無駄だというメッセージだ。


「けっ……悪ぶってる割には親切じゃねぇか……今ので俺を殺せただろ?」

「……分かってるなら退いて」

「へへっ。お優しいこって。随分と甘い……ぐはっ!?」


 右脇腹に強烈な痛みが走った。突き刺さった氷柱を起点にして脇腹が凍り付いている。


 このままじゃ内臓もやられる。左へ逃れようとするも両足が動かなかった。足元を見ると、両足が凍り付いて屋上の床から離れない。


 いつの間に凍らされた?


 まったく気付かなかった。技が速すぎる。精度が段違いだ。


 勝つ方法がないわけじゃない。こっちにも切り札はあるが、エル相手に、この魔術は使いたくない。エルは、仲間だ。仲間に対して使っていい力じゃない。


「カズイチ、何迷ってるの?」


 エルの瞳に絶対零度の輝きが宿る。こちらの心の中を見透かすようだ。


「敗北を認めた顔じゃない。まだ隠してる力がある?」

「……まぁ、勝ち目はなくはねぇかな」

「じゃあ本気でかかってきてよ。私を止められるなら止めてみてよ」


 挑発的なエルの態度だが、カズイチには裏に別の思いが込められているように見えた。


「……エル。そういう意味と取っていいんだな?」


 エルが両足を前後に大きく広げた前傾姿勢で杖を構えると、杖頭から灼熱が放たれた。


 周囲一帯の氷がみるみる溶けていく。カズイチの傷口も解凍され、血が噴き出した。


 リリーの右腕の氷も解けるが、彼女は戦意を喪失したままで動かない。


 当たり前だ。エルの杖が発する途轍もない熱量を前にして怯まない魔術師は居ない。


 エルは、宇宙を創造した灼熱ビッグバンと見紛うほどの豪炎を纏う杖を掲げた。


「私が本当に得意なのは氷属性じゃない。炎属性だ」


 エルが唇を噛み締めて杖を振り下ろすと、津波のような炎が押し寄せてカズイチを飲み干した。


 踏ん張ろうとするも炎の勢いが凄すぎて抗えない。


 視界が炎に包まれていく。


 聴覚は、炎の爆ぜる音。


 触覚は炎に焼かれる感覚。


 嗅覚と味覚は、炎の香りと味。


 五感全てが炎に満たされ、カズイチの意識は落ちていった。

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