第20話『リリーの真実』
クリスの真実を知った翌日。カズイチは、アルティシア魔術学園の授業が始まる前、カフェ・メルヘンズにエリックを呼び出した。
鮮やかな花と動物のぬいぐるみで飾り付けられたテラス席に、いい歳の男二人が座っている図は滑稽だ。
今日は、学生が一人も居らずサラリーマン風のスーツを着た客で席が埋め尽くされており、学生だらけの平時に比べれば幾分かマシである。
カズイチは、薔薇のパンケーキとキャラメルミルクコーヒーを堪能しているが、エリックはそわそわして周囲を気にしている。
「エリックよ。おめぇも頼んだらどうだ。奢るぜ?」
「僕はいい……それにしてもカズ、こんなもので喜ぶような性格だったか?」
「これが今の流行なんだぜ。お前乗り遅れてんのか。そうだ、ルインって知ってっか?」
「知ってるし、使ってるけど」
「まじか。意外とやるな」
「別に誰でも知ってるって……ていうか朝からこんな重いのよく食べられるな」
「これから重い話するからな、腹ごしらえしておかねぇと」
パンケーキを食べ終えたカズイチは、おどおどとしているエリックを一瞥した。
「本題に入るぜ。俺が入学試験を受けた時、お前に頼んだよな。学園に裏があるから調べてくれって。それどうなったか教えてくれ」
「……まだ情報は掴めてないんだ」
エリックの回答は、予想通りだった。彼ならそう答えるとカズイチは確信していた。
でもこれで終わらせるつもりはない。
カズイチはテーブルに肘をついて前のめりになる。
「じゃあ俺の推理を話すか。まず俺をはめて魔術師資格を奪ったのは、近衛隊隊長クライヴ・アーガストだろ」
クライヴ・アーガストの名前が出た瞬間、エリックの眉が跳ねた。反応が分かりやすすぎる。もう少し腹芸を覚えるべきだろうと思いつつカズイチは続ける。
「今回の俺をはめる作戦、近衛隊単独じゃ不可能だ。軍の協力が必要不可欠。クライヴは若くして将校になって軍とも太いパイプがある。そいつを利用して軍の人員を動かした。ウィル小隊長とかな。そういや、あの二人歳近いから……軍の同期とかだったりして?」
カズイチは、おどけた態度でキャラメルミルクコーヒーを一口飲む。
「やつが俺をはめて魔術師資格を奪ったのは、何故か。資格を失った後、俺は色んな魔術学校に受験を希望した。だけど、どこも門前払いだ。ここから仕込まれたんだ。めぼしい魔術学校に圧力をかけて俺の受験を断らせた。俺がアルティシア魔術学園を受けるようにな。そう、最初から俺があの学園に入るように誘導されてたんだ。そしてお前が学園のパンフレットを持ってきた。女王陛下から直々のお達しだってな」
「ぼ、僕を疑うのか?」
「疑ってんじゃねぇ。確信してんだ。お前も俺をはめた一味だ。報酬は、近衛隊への入隊だ。近衛隊に入るのは、お前の昔からの夢だったもんな」
エリックは何も語らないが、罪の意識が表情に現われてしまっている。
カズイチとエリックは、アルティシア女王が運営する同じ孤児院の出身だ。カズイチにとってエリックは大切な友人だし、エリックも同じように思っているだろう。
友人を騙す心痛がどれほどのものか、話し始めてから五分と経たずに憔悴しきったエリックを見ると容易に想像出来る。それでも追及の手は緩めない。
「俺をアルティシア魔術学園に入れた目的は、リリーだよな」
エリックの顔色が明らかに変わった。長い付き合いというのもあるが、ここまで感情が読み易いとさすがに心配になってくる。
「お前、近衛やるならもうちょい腹芸覚えろよな。機密情報を扱うことあるだろ?」
「僕の心配はいい……それよりも」
「そうだな。話の続きをするかね。彼女は、白の魔力保有者だ。白の魔力ってのは貴重だ。魔獣でもブラックマーケットでとんでもない値段が付く。人間だったらなおさらだ」
リリーが白の魔力の持ち主であり、カズイチがはめられて学園に送り込まれたのだとしたら目的は一つだけだ。
「俺は、リリーの護衛役として送り込まれたんだろ。しかも念入りに、俺とリリーが接点を持つようにした。リリーのクラスの生徒にして、卒業試験に関する判断にもリリーを噛ませた。その采配は、マリン学園長がやった。彼女、クライヴの妹か何かだろ? マリン・アーバスト学園長。クライヴと同じ名字であることが偶然のはずがねぇ。つまり俺がリリーと接点を持って彼女を守るように画策した。俺の性格をよく把握してやがる。俺ならなんだかんだで彼女を守ると思ったんだろ?」
自分を善人だとは思ってないが、困っている人間を見ると放っておけない性根である自覚はある。そういう気質がクライヴにも知られていて利用されたのだろう。
「マリン学園長は、最初から俺を早期卒業させるつもりはねぇ。仮にリリー先生が俺が卒業試験を受けるに足ると判断しても、いろいろと理由を付けて卒業試験は受けさせなかったろうな。加えてギルド炎帝だ。連中がリリーを狙ってるのは間違いねぇし、お前等もその情報はとっくに掴んでる。けど炎帝が誰なのかは、お前等も分かってなかったんだろ」
炎帝の正体は、つい先日まで不明だった。どこに敵が居るから分からないからリリーの傍にカズイチを置いたのだ。そして炎帝の存在は、カズイチをはめるためにも使われる。
「俺がはめられた時に襲撃したアジト。あれは、炎帝のアジトじゃねぇ。お前等が炎帝のアジトを知ってるなら俺をこんな回りくどい方法で巻き込まねぇだろ。お前等は炎帝のアジトはおろか、構成員が誰かすら知らねぇ。だから炎帝っていう名前から炎の魔術の使い手と想定してそれっぽいアジトを捏造した。実際炎帝本人は、あのアジトのことを一切知らねぇ様子だったしな。つまり、あのアジトの場所を知ってたギルド炎帝の構成員とされた連中もクライヴ一味の人間だった。全部俺をはめるための芝居だ」
あの襲撃事件は、全てカズイチから魔術師資格を奪うための狂言。
実際カズイチに同行した小隊は、罠によって軽傷を負った者は居たが、重傷者も死者も再起不能になった者も居ない。
計画にリアリティを持たせるためにわざと軽い怪我をしていたのである。
何故クライヴがカズイチと炎帝との因縁を作ったのか。その理由も分かっている。
「炎帝が魔術師資格剥奪の元凶だと思い込ませた上でリリーと接点を持たせ、炎帝の連中に恨みを持つ俺が確実にリリーの護衛役と炎帝排除役を務めるって見込んだんだ」
これがカズイチの魔術師資格はく奪計画の全容だ。
しかし最大の問題は、何故そこまでしてクライヴがリリーを守ろうとするのかだ。
「クライヴがなんでリリーを守ろうとするのか。しかもこんな回りくどい方法でよ。まぁここの答えは単純、あいつの行動原理は、アルティシア女王のためだ」
女王を守る近衛隊のトップがここまでするということは、女王のために他ならない。
つまりリリーとアルティシア女王になんらかの関係があるということだ。
「女王陛下とリリーには繋がりがある。けど女王陛下ならこういう方法は取らねぇ。あの人なら直接俺に頼むはずだ。つまり今回の計画は、陛下の立案じゃねぇ。じゃあクライヴがなんでこんな回りくどい方法を取るのか。こっから推理ってより俺も妄想に近い」
「言うな!」
怒声を上げたエリックが拳でテーブルを叩き、懇願の眼差しでカズイチを見る。
「カズイチ……言うな」
エリックの反応がカズイチの推理が的中している証だ。
カズイチにとっても、この推理は外れていてほしかった。そうでなければアルティシア女王があまりに不憫だ。
だけど的中しているのならば、口にするしかない。
「リリーは十九歳。生まれたばかりの彼女を陛下は自分の孤児院の運営する孤児院に預けた。そして陛下が体調を崩して公に姿を見せなくなったのは二十年前……」
「カズイチ!! それを言ったら……戻れなくなるぞ」
これまでの点を線で繋ぎ、導き出される答え。口にしたらエリックの言うように後へ戻れなくなるだろう。だが半端な覚悟でここに来たわけじゃない。
「リリーは、アルティシア女王の娘なんじゃねぇか?」
カズイチの問いにエリックは口を噤んだ。
だが、泣き出しそうな顔を見れば答えは明白だ。
リリーは、アルティシア女王の娘である。けれど彼女は、孤児院に預けられた。どうして彼女がそんな育ち方をしたのか。
クライヴもリリーに表立っての警護を付けず、回りくどいやり方でカズイチを護衛にした。
そこまでしてリリーの素生を隠す理由。この疑問を解消する答えは一つしかない。
「護衛一つに回りくどい方法を取るってことは、リリーが女王陛下の娘として公に認められないってことだ。その理由は……リリーの父親が国王陛下じゃねぇってところか?」
リリーの存在を公に認めない理由は、これしか考えられない。
白の魔力保有者である点もリリーの特殊性だが、リリーの存在を抹消してまでも隠し通したいほどの秘密ではない。
仮にばれたとしても近衛隊による警備を増強するだけですむのだ。
そうなると、リリーの父親が国王ではないあたりが妥当な線であるが、これには一つ大きな疑問点が生まれる。
「だが、俺の知ってる女王陛下は、国王陛下を心の底から愛してる。裏切る真似をするとは思えねぇ。となると、陛下が妊娠したのは……誰かに襲われたからじゃねぇのか?」
アルティシア女王の人柄を知るカズイチからすると不貞を働いたと考えるより、何者かに暴行されたと考える方が筋は通る。それにこう考えた根拠は、他にもある。
「長年の陛下の体調不良は、妊娠を隠すためだけじゃねぇ。心に大きな傷を負ったせいだ。だけど陛下の性格を考えると堕胎はしない。子供に罪はないって俺の知ってるあの人なら考える。周りからどんなに反対されてもな。そして極秘裏にリリーを出産した」
次なる疑問は、アルティシア女王を暴行した悍ましい男の正体だ。
この人物の正体にもカズイチは、検討を付けていた。
「リリーの父親の正体は、俺の考えじゃアルティシア魔術学園・初代学園長グリート・レッグソンだ」
彼がリリーの父親であるという推理は、無根拠ではない。
レッグソン家は、王家の側近を務める名家だった。そしてグリートもアルティシア女王の護衛を務めている。つまりアルティシア女王に接触する機会があった人物だ。
「レッグソン家は、代々王家の側近を務めてきた。グリートのくそ野郎も女王陛下の護衛役だった。そして二十年前、陛下の周辺で一番大きなものを得たのはやつだ。アルティシア魔術学園の学園長って立場をな。しかもリリーと同じ赤い髪をしてるじゃねぇか」
「赤い髪の人間なんて……たくさん居るだろ……」
ここまで黙って聞いていたエリックが口を挟んできた。
「それにカズの言っていることはおかしい。罪を犯した人間は、むしろ告発を恐れる側じゃないか。それがどうして大きな物を得られるんだよ……」
「やつは事件が露見して自分が裁かれることに怯えるどころか、自分の罪を武器にしたんじゃねぇのか? 真実を公表されたくなければ自分の言うことを聞けとな」
恐らくグリートの一番怖い部分はそこだ。自分が裁かれる恐怖に屈せず、最大限の利益を得るために危ない橋を平然と渡ってのける。
しかもグリートは、無謀ではない。勝算があると踏んで行動している。多分グリートは、あの時こう考えて行動していた。それを思い描きながらカズイチは言葉を紡ぐ。
「アルティシア女王が何者かに襲われて妊娠した。国を揺るがすスキャンダルだ。王家や近衛隊にどれだけの非難が浴びせられるか分からねぇ。ひいては国全体のダメージにも繋がる。それでもリリーが居なけりゃ隠し通せたろうが、女王陛下はリリーの堕胎に最後まで同意しなかった。でも一緒には居られねぇ。いつ正体が露見するか分からねぇ爆弾だ」
何がきっかけでリリーの正体が人に知れるか分からない。
それでもリリーを死なせたくない。
きっと議論は、平行線を辿り、お互いの妥協点を探り合い、見つけたのだ。
「陛下もリリーを産む条件に、リリーを手放すことを受け入れたんじゃねぇか? 自分で育てることは出来なくても、せめて自分が見守れる場所に彼女を置いた」
リリーは、孤児院でアルティシア女王の庇護の下、幼い頃を過ごし、義理の両親に引き取られている。リリーを引き取った両親も、恐らくは女王か近衛隊の極秘の協力者だ。
「けどリリーが引き取られた後に、想定外が起きた。護衛として雇ったギルドのメンバーだった炎帝にリリーが誘拐されそうになっちまった。一般家庭に偽装しながらの警備の限界を感じて別の場所でリリーを守ることにしたんだ」
その場所は、カズイチもよく知っているあの場所だ。
「アルティシア魔術学園だよ。あそこの寄宿舎に放り込んで外に出さなけりゃ、かなりの安全を確保出来る。けどあそこにはグリートが居る。でも逆に言うなら邪魔者はあいつだけだ。あいつさえ殺せば学園は、女王陛下と近衛隊の完全な庇護下となる。リリーが魔術学園の中等部に入学する頃、グリートは何者かに命を絶たれて屋敷に火を放たれた。一家全員が殺されたって言われてるが、今でも犯人は捕まってねぇ」
問題は、この作戦の指示役だ。カズイチは、それがアルティシア女王や国王陛下ではないと踏んでいる。
「女王陛下や国王陛下がやったとは思えねぇ。あのお二人は、こういうやり口嫌いだからよ。これもクライヴの仕業だ。これで安泰と思いきや、また彼女が何者かに狙われてるって情報が入った。だけど近衛隊が表立って動くのは、リリーの正体の露見に繋がるかもしれねぇ。だからこんな回りくどい方法で俺を護衛にすることにした。護衛役当人にも知られずにな……俺の推理はどうだい。近衛隊の皆さんよ」
カズイチが尋ねると、カフェの客が一斉に立ち上がった。全員がカズイチとエリックの座るテーブルへ来て取り囲む。露骨な反応。どうやら図星だ。カズイチはほくそ笑む。
「へへっ。その反応を見ると、結構いい線行ってるってとこか?」
「全て貴様の妄想だな」
カズイチを包囲する集団の中に凄まじい殺気を放っている者が一人居る。
四十代後半ぐらいの男だ。獅子のような面立ちで、茶色の髪は撫でつけている。相当鍛え上げているらしく、黒いスーツの上からでも鋼のような筋肉の膨らみが分かった。
アルティシア魔術学園の実技試験会場でカズイチを見ていた大男――近衛隊隊長クライヴ・アーガストだ。会いたかった人物の登場をカズイチは笑顔で歓迎した。
「あんたが出張ってくるってことは、俺の推理が正解って意味かと思ったぜ」
「ひどい妄想だ。近衛がグリートを殺害したという辺りが特にな」
これはクライヴなりのヒントだ。近衛隊がグリートを殺した下りを強調するのは、この件に関しては、近衛隊が本当に無関係なのである。
「……そこの部分だけは、マジで俺の推理が外れてるってことか。誰が殺した?」
「さぁな。それよりも貴様は、どうしてこんな妄想を我々に話した」
いくつか理由はある。弄ばれるだけの無能な駒ではないと証明したかった。
ここまで好き買ってやってくれた連中への意趣返し。
けれど一番の目的は他にある。
「助けてぇやつが居る。魔力拒絶反応症候群のやつが居て、そいつを治してやりてぇ」
クリスのことは、現状カズイチではどうしょうもない。個人の力が及ぶ範疇ではないのだ。組織力が欲しい。多くの人間を動かしてクリスを救う方法をみんなで探したい。
彼等の協力を取り付けられれば、カズイチに足りない数を補うことが出来る。
しかしクライヴの眼差しは、ひどく冷たいものだった。
「我々に手を貸す義理があるとでも?」
「今作ってやっただろ?」
真実を知ったカズイチの存在を近衛隊はどうする?
きっと内心では、カズイチを殺して一件落着としたい。
だが、カズイチは近衛隊を相手にしても簡単にやられるつもりはないし、そもそも苦労して送り込んだ護衛を使い捨てる真似は、近衛隊もしたくないはずだ。
「安心しな。俺も陛下のことは、あんたらに負けないぐらい大切に思ってる。あの人が傷つくことはしねぇし、リリーも守る。代わりにあんたらも俺の仲間を助けるために力を貸してくれ」
クライヴたち近衛隊は沈黙したまま、カフェのテラス席から去っていった。
ただ一人エリックだけが、椅子に座ったまま震えている。
「カズ……僕は……君を裏切った……」
カズイチが席を立つと、エリックが罪悪感に満ちた眼差しで見上げてきた。
裏切られてショックじゃないと言えば嘘になる。でもこんな辛そうな顔をする親友をこれ以上、責め立てられない。カズイチは、エリックの肩に手を置いて笑いかけた。
「陛下を頼んだぜ。あの人の傍にいて、支えてやってくれ。俺なんかが言ったら不敬だけどよ、俺はあの人のこと、本当の母親みてぇに思ってんだ。お前もそうだろ?」
「カズ……僕は!」
「だから俺の代わりにお前が守ってくれ」
笑顔のままカズイチは、エリックの肩を軽くポンッと叩いた。
「俺は、俺の出来ることをするぜ。リリーは命を懸けて守る」
己にもエリックにも誓ってカズイチは、カフェを後にした。




