第19話『クリスの真実』
炎帝討伐の翌日。釈然としないものを抱えながらもカズイチの学生生活は、充実していた。例えば座学の授業の小テストでは、満点を取った。
「リリー先生、なんで不服そうなんすか?」
「なんであたしが作ったテストのほうが添削されきゃいけないのよ!」
「だって問題文、間違えてますもん」
演習場で行われる実技の模擬戦でも調子がすこぶるいい。
「リリー先生、踏み込みに対する反応はいいんですけど、読みがまだ甘いっすね」
「これじゃあどっちが教師か分かんないわよ!! 今日の授業はこれで終わり!」
何よりも調子がいいのは、便利屋部の活動だ。
「便利屋部のサエヤマ・カズイチさんって居ますか?」
「俺だ! 依頼かい?」
「はい! 困ってることがあって……」
休み時間になるとカズイチの下を多くの生徒が訪れてくる。スカイブルーム部と決闘部、ガルドが宣伝してくれたおかげで困りごとを抱えた生徒がやってくるようになったのだ。
今日だけで七件の依頼を解決し、夕日の光が窓から差し込む便利屋部の部室でカズイチは高笑いした。
「ははははッ! 絶好調だ! 依頼も合計で九件片付けて、残りは一件!!」
「ぐぐぐぐぐ!」
リリーは、部室の隅っこにしゃがみこんで歯ぎしりしている。そんなリリーをクリスとエルは、椅子に座って紅茶を飲んで微笑ましげに眺めていた。
「リリーちゃん、怒った顔も可愛いですねぇ」
「うん。かわいい」
「おのれぇサエヤマ・カズイチ……おのれぇ……おのれぇ……うぐううう」
リリーの声帯が呪詛のようなくぐもった声を絞り出す。
今回の賭けは、カズイチの勝ちでほぼ確定だ。あとはリリーの出す依頼を解決すればいい。その依頼を達成したらカズイチは、この学校を去ることになる。
正直言って名残惜しくはある。授業も基礎を見直すいい機会になっているし、困っている人を助ける便利屋部の活動は、カズイチが目指す理想のギルドの在り方に近い。
何よりもクリス・エル・リリー、新しい仲間たちと過ごす日々が楽しくて仕方ない。
叶うならこの仲間たちとずっと一緒に居たいが、カズイチにはやるべきことがある。せめて残された時間を豊かなものにしたい。そう願いながらカズイチは、リリーを指差した。
「さーて。リリー先生よ、あんたの依頼で最後だぜ。どんな依頼をするんだ」
挑発的に詰めるとリリーは頭を抱えて唸っていたが、突如天啓を得たかのように笑う。
「……そうね。人探しをしてもらおうかしら。あたしは、人生でもう一度会いたい人が居るんだけど、どっちにしようかな……どっちのほうが難易度高いかしら」
「俺への嫌がらせより、会いたい方を優先してくださいよ……」
カズイチが白い目をリリーに向けると、クリスがビシッと手を上げた。
「リリーちゃん。ちなみにどういう人たちなの?」
「一人は、子供の頃の迷子のあたしを助けてくれたヒーローよ。もう一人……というか一組は実の両親ね」
「子供の頃のヒーロー! いいじゃん!!」
「でも彼、女王陛下と面識があるみたいなのよね……その筋を辿るとカズイチなら見つけてしまいそうだから……実の両親にするわ! これなら見つけられないはずよ」
リリーは、勝利の美酒に酔ったかのように、にやにやしている。
これは、絶対に突き止められないと踏んでいるのだろう。けれどカズイチの関心は、依頼の難易度よりも、この依頼を選んだリリーの気持ちに向いていた。
「まぁあんたがそれでいいならいいけどよ。実の親を知ってどうすんだい?」
「あたしを捨てたのが、どんなやつか知りたいだけ。まぁ義理の両親は良くしてくれたし、あたしは孤児の中じゃ恵まれてる方だけどさ。でも顔ぐらいは見たいのよ」
そう語るリリーの面差しに、微かに影が差した。
達成出来ない依頼を出して嫌がらせしたいのが半分。本当に実の両親のことが知りたい気持ち半分と言ったところだろう。
どう探すか。カズイチが腕を組んで思案すると、リリーが椅子から立ち上がった。
「リリーちゃん任せてよ! その依頼、私たちが絶対叶えてあげる! ていうか実の両親とヒーロー両方見つけよう!!」
「俺の許可なく勝手に難易度上げんじゃねぇ! 悪い癖だぞ!?」
「いいじゃんいいじゃん! それでは、便利屋部の部員諸君!! パンケーキを食べながらみんなで作戦会議――」
両腕を突き上げた瞬間、クリスは糸を切られた操り人形みたいに床へ倒れ込んだ。
手足を強張らせて全身が痙攣を始め、口から泡を吹き出す。尋常な状態じゃない。
放っておいたら命にかかる。カズイチは、上着のポケットからスマホを取り出す。
「すぐに救急車を呼ぶ!!」
「無駄」
冷たい声でエルがカズイチの行動を切り捨てる。
何故? と問いたくなってエルの方を向くと、彼女は凍えたように両肩を抑えて震えていた。
「無駄……この発作は、医者じゃ治せない」
「カズイチ!! あたしは、一階の医務室で準備してくるからクリスを運んで!」
リリーは、指示を飛ばして部室を飛び出した。対応が手馴れている。
言われた通りカズイチは、床に倒れたクリスをそっと抱き上げる。服越しに両手へ伝わる体温は異様に熱い。まるで熱湯の入ったやかんに触れているようだ。
便利屋部の部室を飛び出たカズイチは、校舎の一階まで駆け下りて医務室にクリスを運び入れる。医務室では、リリーと学園に所属している医療系魔術師が待機していた。
「カズイチ! ベッドに寝かせて!! あとはあたしたちがやるわ!」
「了解!」
カズイチが医務室のベッドにクリスを寝かせると、リリーによる治癒魔術の行使が始まる。ここに居ても治癒系統の魔術が使えないカズイチでは役に立てない。医務室から廊下に移動すると、エルが壁に背を預けて枯れた花のように佇んでいた。
何の慰めにもならないだろうが、カズイチはエルの頭を優しく撫でる。
「……ありがと」
「いいさ」
それから二十分後、リリーが医務室から出てきた。大分魔力を使ったのか、疲弊した顔をしており、額に玉のような汗が滲んでいる。
「リリー先生よ。クリスはどうだい?」
「……大丈夫。今のところはね」
「なぁリリー先生、クリスはもしかして?」
「……ええ。あんたの予想通り、魔力拒絶反応症候群よ」
魔力拒絶反応症候群。他者の魔力を大量に取り込んだ者がなる病だ。
カズイチも黒の魔術の修行初期、制御に失敗して似たような状態になったことがある。
カズイチたちが初めて一緒にカフェに行った時、エルがクリスに大量の薬を飲むよう言っていたが、あの薬は症状を抑えるためのものなのだろう。
「クリスは昔、他人の魔力を?」
カズイチの問いに頷いたのは、エルであった。
「うん。クリスは、悪魔のような、ううん。悪魔にやられたの……」
エルから殺意と憎悪が溢れ出す。炎のような激しさではない。まさに絶対零度。触れたら骨まで凍らされそうだ。
カズイチは、気圧されてしまい、思わず生唾を飲み込む。
「あ、悪魔か……一体何があったんだって聞いていいか?」
「クリスは、悪魔に襲われた私を助けた。その時、悪魔が最後にクリスに呪いをかけた」
「……大量の魔力を流し込まれたのか」
魔力拒絶反応症候群は、人間が一番長く苦しむ殺し方だ。
発作が起きれば魔核や全身の細胞に熱した杭を打ち込まれるような痛みに襲われる。
薬を飲んでも抜本的な治療は出来ず症状の進行を抑えるに過ぎない。
黒の魔力の修行初期に、カズイチが症候群になりかけても助かったのは、他者の魔力に耐性がある黒の魔力で形成された魔核を持っていたからだ。
クリスに魔力を流し込んだ人物は、まさに悪魔のような人間なのだろう。
エルが拳を固く握る。めきめきと骨の軋む音がカズイチの耳まで届いた。
「クリスは、元々身体が弱かった。そこに魔力拒絶反応症候群……クリスは、長くない。いつ……死んでもおかしくない」
悔しそうに奥歯を噛み締めるエルをリリーがそっと抱き寄せた。
背中を撫でてエルを宥めながら、リリーも無念そうに顔をしかめている。
「……あたしがクリスの家庭教師を引き受けたのも、その話をエルから聞かされたからなの。便利屋部もそう。あの子は、最後に誰かの役に立ってから……死にたかったって」
死の恐怖を前にしても折れず、挫けず、他者のために生きようとする。なんて強い心なのだろう。アルティシア女王やリュウゼツ・ゴウに匹敵する高潔な人間だ。
「……強いんだな、クリスは」
「お。私のこと褒めてるね。もっと言っていいぞよ」
医務室の扉を開けてクリスが出てきた。足取りはよろよろとしていて危なっかしい。
エルが駆け寄ってクリスの身体を支えようとしたが、クリスはゆっくりと首を横に振った。エルは唇を噛んで不服そうだが、クリスの意志を汲んだのか一歩離れた。
微笑してウィンクしたクリスは、医務室の窓を見つめる。夕日の光が差し、ベッドが五脚置かれた部屋を茜色に染めていた。
「今日の夕日もきれいだね……カズさん、話したいことがあるんだ」
「……ああ。もっとよく見えるところで話すか?」
「ありがと……連れてって」
カズイチは、医務室に入って窓を開け、クリスを横抱きにする。
窓から外に出て地面を蹴って跳躍、学園の屋上に着地した。
学園周辺の街並みが一望出来て、目に映る全てが燃えるような赤に染まっている。カズイチとクリスは、屋上の縁に並んで腰かけた。
クリスは、髪をかき上げて申し訳なさそうに苦笑する。
「カズさん……ごめんね、黙ってて」
「気にすんな。言いたくないことは言わなくていい。言いたいことは言えばいい。今もそうだぜ。言いたくねぇことは、言わなくていい。話したいことだけ話してくれ」
「うん……カズさん、ありがとう」
クリスは、羨むように夕日を見つめて、赤い輝きを掴むように手を伸ばした。
「夕日ってさ、私の憧れなんだ。終わりかけの輝き、もうすぐ夜になる前の最後の輝き。その時、一番きれいに輝く。私もそうなりたいって思ってる」
「だから便利屋部を作ったのか?」
「うん。もうすぐ私は死んじゃうから、最後に誰かの役に立ちたい。最後の輝きを誰かに覚えていてほしい」
笑顔でそう言ってのけるクリスの覚悟を聞いて、カズイチの肌が粟立つ。
間違いなく彼女は傑物だ。長く生きれば確実の世界に良い影響を残す。
ここで死なせてはいけない。最後の輝きにしてはいけない。
カズイチには、クリスを救えるかもしれない手立てがある。
「なぁクリス。俺の黒の魔力ならお前の症状を治せるかもしれねぇ」
「うん。私もそう思ってた……」
クリスが罪悪感を露わにした。その反応でカズイチは察する。彼女と出会った時、やたらフレンドリーなのが気になっていたが、最初から黒の魔力目当てで近付いてきたのだ。
けれどどうしてカズイチが黒の魔力の使い手と一介の少女が知っていたのか?
この疑問をカズイチはぶつけてみることにする。
「俺が黒の魔力の持ち主だって、どこで知ったんだ?」
「エルってさ、いろんな情報を持ってるんだ。どこから取ってくるか知らないんだけど、すっごく優秀なの」
「ああ。あいつ本当は、俺なんかじゃ足元にも及ばないぐらい強いんだろ?」
「それも気付いてたんだ。すごいな、カズさんは……」
長く魔術師をやっていると技の一つで強さを察せられる。エルが炎帝の放った氷魔術の一撃は見事すぎた。カズイチが知る干渉制御系の氷魔術の使い手としては最高峰だ。
カズイチでは、逆立ちしてもエルには遠く及ばないだろう。
クリスとエルの素生を詳しくは知らないが、尋常な人生でなかったことは想像に難くない。けれど詮索する気になれなかった。ただ黙してクリスの話の聞き役に徹する。
「エルから黒の魔力を持つ人がこの学園を受験するって聞いて運命かもって思った。他人の魔力を吸収出来て拒絶反応を起こさないなら私の呪いをどうにか出来るかもって」
「どうしてすぐに頼まなかったんだ?」
「無理だって分かったから」
「やってみなくちゃ分からねぇだろ。心臓のところ、触るぞ。いいか?」
「……うん」
カズイチは、触媒の手袋を両手にはめてクリスの胸元に制服の上から手で触れた。
意識を集中してクリスの体内を探ると、彼女の魔核を起点として別人の魔力が巣食っていた。まるで寄生植物のように、全身に魔力が根付いている。これは厄介だ。下手に黒の魔力で吸収しようとしたらクリスの身体が持たない。
せめて根を張っている魔力がもっと表面上に出てきていれば吸収も可能だが、現状では不可能と断じるほかない。カズイチは、クリスの胸元から手を放して頭を下げた。
「……わりぃ。たしかに俺でもこいつは無理そうだ。すまねぇ。役に立てなくて」
「謝らないで。顔上げて」
クリスに促されて顔を上げると、彼女は、自身の制服の胸元をぎゅっと掴んだ。
「これは、完全に私の身体の一部になってるから取り出すのは不可能だよ。もう一つ黒の魔術を教えてもらうとかも考えたけど……」
「前も話した通り、黒の魔力を先天的な魔術師が使っても身体をボロボロにするだけだ。クリスが使っても症状を改善するどころか、寿命を縮めちまう」
「そっか……あーあ知られたくなかったなー」
クリスは、オレンジ色の髪をかき上げて両足をパタパタさせて俯いている。
悪気があったわけではないが、結果的に隠していた事情を聴き出す形になってしまった。
クリスとしてもこういう形で真実を話すのは、本意じゃなかっただろう。
「クリス悪かった。でもエルも先生もクリスを心配して――」
「そうじゃない……」
クリスの肩が小刻みに震え、翡翠色の双眸から涙の雫がはらはらと零れた。
「私が……打算でカズさんに近づいたって……知られたくなかった。自分が助かりたいからって騙すみたいなことして……私は!!」
カズイチに余命僅かなことを知られたのがショックなんじゃない。事情を話さずにカズイチに近付いたことでカズイチを傷つけたかもしれないと、気に病んでいるのだ。
そんなことでカズイチが傷つくわけがない。クリスの震える肩に手を置いた。
「クリス。命が助かりたいって思うことは、打算なんか全然じゃねぇ。俺だって自分が危ない時に助かる方法があるなら飛びつくぜ。俺に助けてほしいって思ったんだろ。それは打算なんかじゃねぇよ。むしろ俺のほうが期待に沿えなくて悪かった」
「カズさんは、悪くない……」
「それならお前は、もっと悪くねぇだろ? クリス。俺たちは、もう仲間だしダチだ。お前を救う方法を見つけるために最善を尽くすって約束する」
こんなに強い人間をカズイチは知らない。今まで出会った誰よりも心が強い。だからカズイチは、クリスへの賞賛と憧憬を笑みに込めた。
「よくここまで頑張って戦って来たな。かっこいいぜ」
「カズ……さん!」
クリスが堰を切ったように涙を流し、カズイチの胸に飛び込んできた。赤子のように泣き喚くクリスの頭を優しく撫でて気を落ち着けようと試みる。
「クリス。お前には、俺もリリー先生もエルも居る。仲間がたくさん居る。大丈夫だ。お前みたいな良いやつを見捨てるやつなんか一人も居ねぇよ」
「……ううん。私は悪人だよ。昔すごく……悪いことをした。悪いことをした人間はね。死ぬまで良いことをし続けないといけないんだ……」
悪いこととは恐らく、悪魔を殺した一件だろう。大切な人を守るためにしたことでも人殺しは罪だとクリスは思っている。それならカズイチは、悪人が可愛く見える極悪人だ。
「こりゃ秘密の話なんだけどよ。実は、俺も悪党なんだ。法律なんてめちゃくちゃ無視してきたし、今までやったことを全部警察に白状したら刑務所行きは確実だぜ? お前が悪人だっていうならそれでもいい。俺も極悪人だからな、悪人同士同盟を組もうぜ」
「カズさん……」
「極悪人なりの方法でお前を助ける。任せとけ」
カズイチは、クリスの頭をそっと撫でながら全てを終わらせる決意をした。




