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第18話『裏社会最強のおっさん元魔術師VS炎帝』

 ギルド・スカーレットは、首都ドランツェンの西側にある庶民向けの酒場が並ぶ路地の一角に存在している。


 ギルドの外観は、よくある煉瓦造の酒場で高級店には見えない。


 カズイチ・リリー・ガルドの三人は、ギルド・スカーレットの酒場の前に立っている。


 リリーとガルドは、緊張した面持ちだ。二人は、ギルド相手にカチコミをかけるなんて経験はないのだから無理もない。カズイチも本音では、かなり緊張している。


 けれど、ここでカズイチまでそんなそぶりを見せたら二人が一層委縮してしまう。


 ここはあえて余裕のふりだ。触媒の指ぬき手袋をはめた拳を打ち鳴らした。


「よっしゃ。いっちょやってやるか」


 カズイチが酒場の扉を開けると、酒と香水と女の汗の混ざりあった蠱惑的な匂いが漂ってきてむせそうになる。


 店内は、外観とは打って変わって大理石の床と壁であり、高級なテーブルやソファーが設置されていた。露出度の高いドレスを着た美しい女性たちが男性客を接待している。


 店内にはボーイの格好をした男が十数名居た。彼等がギルド・スカーレットの構成員であろう。カズイチたちを見る視線が明らかに堅気のそれではない。


「けっ、昼間から盛況なこった。お子様が入る所じゃねぇな。二人はやめとくか?」

「冗談言わないでよ」

「お、俺もここで帰るなんて冗談じゃねぇや!」

「へへっ。それじゃあ大人の世界を堪能しますかねぇ」


 カズイチたち三人が店内に足を踏み入れた瞬間、頭上から圧迫感を感じた。

重力が万倍になったかと錯覚させる圧力。これは――殺意だ!


 天井を仰ぐと、爆音と共に天井が崩落し、猛る炎が床に衝突した。爆炎は店内全体へ広がり、ボーイの格好をしたギルドの構成員と店の女に客たちが悲鳴を上げて店の外へと逃げ出した。その中の一人、赤いドレスを着た水色の髪の女を見たガルドが声を上げる。


「姉貴!!」

「ガルド!?」


 ガルドは、歓喜の笑みを浮かべて姉のマチルダを抱きしめた。


 感動の再会を邪魔したくはないが、いつまでも喜びに浸っているわけにもいかない。


 カズイチが両拳のガードを上げると、燃え盛る炎が一気に消え失せ、男が姿を現した。


 赤いローブを纏ってフードを目深に被り、身の丈程もある戦斧を手にしている。歳は三十前後で髪は灰色だ。


 戦斧の男の紅蓮の瞳には、リリーの姿が映っている。この男の狙いはリリーのようだ。


 一目見ただけで並の使い手ではないと、否応なしに理解させられる。濃厚な殺意を浴びせられているだけで神経が削られていく。カズイチは、両拳を強く握りしめた。


「……リリー先生。ガルドとマチルダと一緒にゆっくり外に出てくれ。でも俺からは距離を取りすぎんな。野郎の狙いは、あんただよ」

「え? あたし? じゃああいつの目的って……あれ?」


 戦斧の男を見つめたまま、リリーが動かなくなる。まるで幽霊でも見たように頬を引きつらせて、戦斧の男を指差した。


「あいつ……クリスとエルを襲ったやつだ。あたし、あいつと戦った……」

「あいつが!? まさか……けlち、そういうことかよ」


 リリーを狙う理由は、ただ一つ。彼女が持つ白の魔力以外にない。それにしても襲撃のタイミングが良すぎる。まるで全て仕組まれていたような――否、仕組まれていたのだ。


「全部リリー先生を釣るための策だったみてぇだ。そうなんだろ、ガルドの姉ちゃん」

「え? 姉貴?」


 唖然としたガルドがマチルダを見ると、彼女は目を逸らした。どうやら図星だが、詳しい話はあとで聞くしかない。今は眼前の脅威を退けるのが先決だ。


 カズイチは、右拳を引き、左拳を相手に向けて突き出した。


「野郎は、俺がやる。増援が来るかもしれねぇから目の届かない場所に逃げないでくれ」


 リリーに目配せすると、彼女は赤い髪をなびかせながら首を縦に振った。


「……アルティシア魔術学園・高等科教員リリー・マクリーンの権限において、サエヤマ・カズイチの無制限魔術使用を許可します。武運を祈ります」

「了解!!」


 リリーは、ガルドとマチルダを連れて燃え盛る酒場を後にする。


 三人を横目で見送ったカズイチが一歩間合いを詰めると、男も戦斧を構えて一歩大きく踏み込んだ。距離を詰めても警戒するどころか自ら間合いを縮めてくる。


 豪胆な性格の男だ。間違いなく達人。しかもカズイチより上手だ。おまけに炎の魔術の使い手で白の魔力を狙っている。この条件全てに当てはまる人物の名前が頭に浮かんだ。


「一つ聞きてぇ。あんたがギルド炎帝の頭か?」

「いかにも」

「狙いは、白の魔力か?」

「いかにも」

「それであんたの名前は?」

「好きに呼べ。もっとも呼べるだけの余裕があればだが」


 炎帝が床を蹴ると、衝撃で床板全てが捲れ上がった。踏み込みの初速は、カズイチの反射神経の動作を許さず、戦斧の射程に捉えられる。


 分厚い刃が炎を纏い、剛腕によって戦斧が薙ぎ払われる。咄嗟にカズイチは手の甲の金属で守られた部分で刃を受け止めた。山脈をも抉れそうな衝撃が背中まで突き抜ける。


 完全にカードしたのに威力を殺しきれない。炎帝は、ガードもお構いなしに戦斧を振り抜いた。カズイチは、ピンボールみたいな勢いで店から外に吹き飛ばされるも、即座に空中で体勢を立て直して着地。すぐに両拳を構えると、リリーたち三人が駆け寄ってきた。


「俺から離れてろォ!!」


 カズイチが警告すると同時に酒場が内側から爆ぜ、火の粉と瓦礫が舞い上がる。酒場の跡地の中央で炎帝が戦斧を大きく振りかぶった。


「さっきの一撃を防いだか。さすが竜王だ」


 炎帝が微笑むと、戦斧の炎を纏わせてまっすぐ突進してくる。真正面からの愚直な突撃。並の使い手であれば軽くあしらえるが、炎帝のそれは速く鋭くそして重い。


 一瞬でカズイチを戦斧の間合いに納め、脳天目掛けて戦斧が打ち下ろされる。防御したら腕の骨がいかれてしまう。


 黒の魔力を込めた右手の甲で戦斧の刃の腹を叩き、軌道を逸らした。直撃は避けたものの、戦斧にまとわりついた炎は散らせない。


 魔力を炎に変換したものであれば今の一撃で相殺して、黒の魔力で吸収出来たはずだ。それが出来なかったということは、炎帝の使う炎魔術は干渉制御系だ。


 魔力を炎のような性質に変換しているのではなく、炎を魔力で増幅している。


 つまり魔力の相殺や迎撃をしても炎の増幅に使われている魔力を散らすのみで、増幅された炎そのものをどうにか出来るわけじゃない。


 炎帝の場合、恐らく初撃のみ魔力変換の炎を使って戦斧の刃を熱し、次の攻撃からは戦斧の熱に干渉・増幅することで炎を起こしている。


 黒の魔術を使って魔力を吸収しながら戦うカズイチは、干渉制御系の魔術師と相性が悪い。速攻で片を付けなければ魔力切れになる。


 幸い戦斧を弾かれたことで炎帝の体制は崩れ、脇腹が開いていた。


 一発お見舞いしようと左拳を引くと、炎を纏った斧が振り上げられる。咄嗟に後方へ飛んで斧から逃れるも、刃の軌跡に残された炎の残滓がカズイチの前髪を焦がした。


 受け流して隙を作っても身体の戻しが異様に速い。捌きを主体にしたカウンター戦法は通用しないようだ。ならばこちらから打って出る。


 後退した分の距離を一足で踏み込んで炎帝に再接近し、魔力を込めた左右の拳を連打する。嵐のような拳の連撃を炎帝は、戦斧を盾にして全弾受け止めた。


 渾身の連打でも炎帝は一歩として退かない。ならば度肝を抜いてやれ。


 カズイチは、後方へ飛んで距離を取って両手に魔力を集中して魔力弾を形成。両手を突き出して青白く輝く光弾を連射する。


 横殴りの豪雨のように迫る魔弾に対し、炎帝が戦斧を薙ぐように振るった。戦斧から生じた炎がベールのように炎帝を覆って魔弾を受け止め、弾頭が弾けて魔力を撒き散らす。


 構わずに連射を続けるも、炎のベールを舞った炎帝が躍るような足捌きで迫ってくる。


「この程度か、竜王!!」

「舐めんなァ!!」


 カズイチが黒の魔力を起動して右手の指を鳴らす。炎帝の周囲に赤黒い放電現象が生じ、弾かれた魔弾の魔力が青く煌めく渦を形成して炎帝を包囲した。


魔空旋陣撃まくうせんじんげき!」


 乱回転する魔力が急速に圧縮され、大出力の魔力爆発を引き起こす。


 地形を変えるエネルギーを圧縮して生み出す一撃は、必殺級の威力を持つ。手練れの魔術師でも直撃を受けたら、ただでは済まない。


 しかし青い爆発を切り裂いて、炎帝がカズイチとの距離を詰めてくる。しかも炎帝の全身を炎が鎧のようにまとわりついていた。高圧縮の炎の鎧で威力の大半を殺されたか。


 カズイチと炎帝の間合いが戦斧の射程となる。炎帝を守る炎の鎧が解けて、戦斧の刃を包み込んだ。ここで退いたら負ける。カズイチも黒の魔力を起動。魔空旋陣撃に使用した魔力を右拳にかき集め、さらに魔力を上乗せして右ストレートを放った。


 炎を纏った戦斧と赤黒い放電を纏った拳が衝突した瞬間、拳から前方への指向性を持った青白い爆炎が噴き出した。


「爆竜拳!」


 爆圧の威力と拳の打撃力が合わさって炎帝の戦斧を押し返した。ここにもう一発!


「爆竜拳!!」


 左拳にも爆竜拳の魔術構築を施して拳を突き出した。


 だが爆炎が爆ぜる寸前、戦斧が手の甲に振り落とされて左拳が逸らされる。拳を叩かれた勢いで前につんのめり、体勢が崩された。


 この隙を見逃す炎帝ではない。打ち下ろした巨大な刃が光と見紛う速さで振り上げられてカズイチの顎へ迫る。ケツ顎にされてたまるか!


 カズイチは、左拳の魔力を前方ではなく自身に向けて発射。爆風がカズイチ自身に襲い掛かり、後方へ大きく吹き飛ばされる。


 振るい上げられた炎帝の戦斧は、顎を捉えることなく空振るも、振りの勢いを生かして次なる一撃を踏み込みながら繰り出してくる。


 カズイチは、爆圧で痛めつけられた肉体を無理やり動かして体勢を立て直し、両拳に魔術を構築。青い輝きを放って超振動を纏う。


鉄壊拳てっかいけん!!」


 迫る戦斧の刃を渾身の力を込めた両拳で叩いた。


 戦斧の刃を砕くつもりで放った一撃だが、刃こぼれ一つしていない。


「指弾・散桜ちりざくら!」


 カズイチが両拳を一気に開くと、十本の指先から魔力と空気を混ぜた塊が発射された。散弾が炎帝の胸を捉え、大きく後ずらせる。ローブに刻まれた弾痕を見て炎帝が笑んだ。


「ほう、やるな」

「大して効いてねぇだろうが!」


 カズイチが魔力を込めた拳を出し、炎帝が炎を纏った戦斧を振るう。常人では知覚することすら許されない高速攻撃の応酬だが、攻撃の手数は炎帝の方が多かった。


 カズイチが使う手袋型の触媒は、魔術の増幅機能が低い代わりに魔術の発動が極めて速い。


 対して炎帝の使う戦斧や剣などの武器に触媒の機能を持たせた武器触媒は、手袋並みの魔力増幅機能と大杖並の魔術発動速度と各魔術触媒の悪いところ取りのような性能だ。


 それでも触媒の機能を持つ武器という唯一性故、武器術の達人が使いこなせば他の触媒に引けを取らない威力を発揮する。


 炎帝の場合がまさにそれだ。戦斧の達人である炎帝が使うことで、武器触媒が持つ魔力増幅機能の低さと魔術発動の遅さを補っている。


 直撃はせずとも戦斧の重い斬撃は、防御するだけで骨と筋肉にダメージを蓄積させ、魔術の炎が皮を焼く。このまま攻防を続けていたらカズイチが押し切られるのは必至。


 起死回生の一手を打たなければならない。


 黒の魔術を応用した切り札。とっておきの魔術があるが、気軽に使えるものじゃない。下手に使えば自爆するだけ。使いどころを見極めないと戦況をさらに悪くしてしまう。


 師匠のゴウにも命を削る大技だから追い詰められた時以外は、使うなと厳命されていた。それに発動までに一瞬溜めがいる。生憎炎帝は、その一瞬すら与えてくれそうない。


 でも今すぐなんとかしないとやばい。炎帝の連撃は止まるどころか、さらに密度を増していく。拳の回転が追い付かない。もう間もなく押し切られてしまう。


「ぐっ!!」


 まずい。切り札を使うどころじゃない。やられる!


 死を覚悟した瞬間、カズイチの全身が冷たさを感じた。これが死の恐怖か?


 否、すぐに違うと気付く。死の恐怖から寒さを感じているのではない。周囲の気温そのものが急速に下がっている――干渉制御系の氷属性魔術だ。


 そう確信した直後、カズイチと炎帝の間に鋭い氷が右から左に割って入ってくる。


「カズさん!!」


 居るはずのない人物の声が聞こえ、そちらを見ると、両手に短剣を持つクリスと大杖を構えるエルが居た。この氷の干渉制御魔術は、エルによるものだ。


 炎帝もクリスとエルを見て、信じられないといった表情をしている。連撃の手は止まり、意識をクリスとエルに奪われているようだ。この好機を逃す手はない。


 カズイチは、右手に魔力を集中させて人差し指と中指を揃えて伸ばし、親指を立てた。魔力は紫色の電へ変換されて右手全体を覆い尽くし、人差し指と中指の指先から刃渡り一メートルほどの電の剣が伸びた。


紫電の剣エペ・エクレール!!」


 紫電の剣を纏った右腕を振り抜く。切っ先の速度が雷速に達する一撃は、虚を突かれている炎帝に回避の余地を与えず、両手首を切り落とした。


「ぬっ!?」


 両手がついたままの戦斧が地面にどちゃりと落ちる。さすがに両手を失ったことで戦意を喪失したのか、炎帝は膝をついて項垂れた。


 カズイチは、紫電の剣を炎帝の首筋にあてがう。


「あんたにゃ色々と聞きたいことがあったんだよ。答えてもらうぜ」


 まず聞くべきことは、カズイチが魔術師資格を失うきっかけとなったあの夜のことだ。


「俺は、あんたのアジトに軍と突入したんだがよ。なんで俺たちを罠にはめた?」

「……何のことだか分からないな」


 しらを切っているようには、見えない。本当に知らない。分からない。そんな表情だ。


「嘘じゃなさそうだな……」


 あの一件に炎帝が関わっていないのだとしたら黒幕は、どのような絵を描いていたのか。頭の中で別の可能性を模索していくと――。


「まさか……」


 炎帝のアジトとされた場所が炎帝のアジトではないのだとしたら、おのずと答えは絞られてくる。それもあまり気分の良くない答えだ。


「……まぁいい。アルティシア魔術学園のグリート学園長を殺したのはあんただって噂だ。なんで殺した? それにクリスとエルを狙った理由は? リリー先生にしてもだけどよ、てめぇは、あの学校とやたら関係がありやがる。なんでだ?」


 この質問に炎帝は答えない。アジトの件とは違って、話したくないと言った様子だ。


 間違いなく炎帝とアルティシア魔術学園には、関係がある。あそこの学生だったか、あるいは教師か、それとも別の繋がりか。いずれにしても必ず何かがあるはずだ。


「答えねぇなら耳を削ぐぜ」

「やれ」


 炎帝は、微塵も恐れを見せなかった。耳は惜しくない。拷問も怖くない。好きにすればいい。彼の考えが手に取るように分かった。


 こういう手合いに拷問は無意味だ。死ぬまで口を割らない。だからここで生かしておくメリットもない。紫電の剣を振り上げ、刃を振り下ろす寸前、炎帝が唇を結んだ。


 何か仕掛けてくる!


 カズイチは、バックステップで大きく距離を取ると、炎帝の肉体の内側から爆炎が拭き上がった。炎は渦を巻いて天を突き、雲を瞬く間に打ち払う。


 やがて炎の渦が消え失せると炎帝の姿はどこにもなく、残されたのは戦斧だけだった。


 あれだけの炎だ。術者自身も灰と化したのだろう。


 もはやこれまでだと思い、潔く自決した。誇り高い魔術師の行いである。


 カズイチの心は、情報を取れなかった落胆よりも、敵への感嘆の念に満たされていた。


「……炎帝よ。見事な死に様だぜ。だからこそあんたの名前を知りたかったよ」


 戦斧を拾い上げて、地面に突き刺した。墓標というにはささやかだが、炎帝にしてやれるのはこれぐらいだ。カズイチは、頭を切り替えて笑顔でクリスとエルに手を振った。


「クリス! エル! 助かったぜ!」


 クリスとエルは、眉間にしわを寄せるリリーをちらちら見ながらカズイチに駆け寄った。リリーに怒られるのを恐れているのか、二人は、ぎこちない笑顔である。


「間に合ってよかったよ! エルの援護射撃見事でしょ?」

「あたしは、来るなって言ったわよね?」


 眉間にしわを寄せたリリーに一刺しされて、クリスが銅像のように動きを止めた。


 一方エルは、すんっと無表情になってクリスを指差す。


「私は止めた。何度も止めた。クリスが勝手に行った」

「エルゥ!? どうして言っちゃうかな!!」


 エルには、意外と無慈悲なところがあるらしい。


 親友の裏切りを受けたクリスは、真剣な表情でリリーに頭を下げた。


「……そうだよ。エルは私を止めた。行っちゃだめって。だから怒るなら私だけにして」


 リリーは、何とも言えない顔をしていた。

 彼女もクリスとエルが援護してくれたから炎帝を倒せたのは理解している。けれど教師としては危険に飛び込む生徒の行動は褒められない。


 ここはリリーに鞭役をあえて任せ、カズイチが飴役をするべきだろう。


「俺としちゃ怒れねぇよ。助かった」


 カズイチは親指を立ててクリスとエルに笑いかけ、リリーの傍でガルドに抱きしめられているマチルダの元へ向かった。


「マチルダさんよ。何があったのか話してくれ」


 マチルダは、戦斧の墓標を水色の瞳に映し、自分を戒めるかのように唇を噛み締めた。犬歯が唇の薄皮を突き破り、血が流れ落ちる。


「その斧使いの人から依頼があったんです。リリーを誘い出す計画を協力しろって。断ろうとしたけど、従わないとガルドを殺すって……リリー、本当にごめんなさい!!」

「いいわよ。脅されたんだから気にしないで」


 リリーは、屈託のない笑顔でそう言った。本心からの言葉であると分かるからこそ、マチルダは一層罪悪感に苛まれているようだった。


 そんなマチルダを弟のガルドは抱きしめる。心が壊れないように。今度は自分が守ると伝えるように。


 愛に溢れた姉弟の姿をカズイチが見守っていると、リリーがカズイチの隣に立った。


「ねぇ、あの炎帝ってやつだけどさ……」

「そうだな。リリー先生の勝てる相手じゃねぇ」

「そうよね……じゃあなんであの時は、あたし相手に退いたのかしら?」


 リリーは、クリスとエルが炎帝に襲われている現場に遭遇し、炎帝を撃退して二人を助けた。だが、炎帝の実力は、リリーでは足元にも及ばないほどの高みにある。


 何故炎帝は、はるか格下のリリーに撃退されたふりをした?


 リリーを狙っているのに、何故リリーにやられたふりをしてリリーを見逃した?


「炎帝よ。お前の目的は何だったんだ?」


 これで終わりではない。カズイチは、更なる波乱の予感に身震いした。

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