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第17話『おっさん元魔術師、旧友と再会する』

 決闘部顧問ラッドマンからガルド捜索の依頼を受けた翌日カズイチは、リリーと一緒に昼下がりの貧民街を訪れた。


 廃墟同然のビルが並ぶ狭い路地は、タバコや酒瓶があちこちに落ちている。


 貧民街の惨状に、リリーは髪を指に巻き付けて不快感を剥き出しにしていた。


「カズイチ、本当にここなんでしょうね」

「昨日孤児院の頃の弟分に連絡したんですが、そいつがくれた確かな情報っすよ」

「何ヶ月がぶりの外出がここって……最悪だわ」

「そういや、あんま外に出られないんですっけ?」

「今回も書類を何枚も書かされたわ……もっと気軽にお出かけしたいわねぇ」

「へぇ……あ、もうすぐ着きます。あそこっすね」


 目的のビルは、七階建て。貧民街のビルの中では一番大きかった。


 入口の前には、ガラの悪い男が二人立っている。どちらも派手な柄シャツと黒いスラックス姿で、いかにもチンピラという風貌だ。


 二人のチンピラは、手に触媒の杖を持ち、カズイチとリリーに濃厚な殺意をぶつけてくる。それなりの鍛錬を積んできているようだ。


 身構えるリリーに対して、カズイチは戦闘態勢を取らない。両手をプラプラと振って戦意がないことを伝える。


「カチコミに来たんじゃねぇよ。あんたらのボスのコウジに話がある。アポは取ってあるぜ。サエヤマ・カズイチってもんだ」


 カズイチが名前を出した途端、チンピラ二人は血相を変えて杖を下ろした、


「りゅ、竜王!? ボ、ボ、ボスッ!!」


 チンピラが二人ともビルの中に引っ込んだ。


 少し待つと、一人の男がビルから出てくる。修羅場を幾度もくぐってきたいかつい顔。オールバックの髪型にサングラス。上下黒のスーツに派手な柄シャツ。


 相変わらずの弟分の姿に、カズイチの胸に歓喜が込み上げた。


「コウジ! 久しぶりだってのに、おめぇ変わんねぇな!」

「アニキ! 心配してたんすよ!! 噂じゃ魔術師資格を国に奪われたってッ」

「相変わらずの情報網だな。ま、この格好の通りだよ」


 カズイチは、両手を広げてくるりと回って学園の制服を見せる。


 コウジは、舌を打って肩を震わせた。


「許せねぇ! 国の連中ってのは昔からよ……そうだアニキ! 俺のギルドに来ないっすか!? ギルド・ブラックドッグっていや今破竹の勢いっすよ!!」


 実際ギルド・ブラックドッグの勢いは、かなりのものだと聞いている。ここの特徴は、情報の売買を得意としている点だ。現代において情報に勝る武器は存在しない。


 コウジは昔から頭が良かったが、ギルド運営においても存分に生かされているようだ。


 弟分の誘いは嬉しいが、カズイチの目標はギルド・リュウゼツの復活だ。ブラックドッグに入る気はないが、はっきり断るのもかわいそうなのでやんわりいくことにする。


「まぁ考えておくよ。そうだ。こっちの人はアルティシア魔術学園の先生で――」


 カズイチがリリーを指差すと、リリーはコウジを辟易とした表情で見つめた。


「自己紹介はいいわ。知ってる人だから」

「久しぶりだな、リリー」


 知ってる人? 久しぶり?


 想定外の事態に、カズイチは氷属性魔術で瞬間冷凍されたように固まってしまう。


 何がどうなっているのか分からず、ようやく絞り出せたのは、


「……どういうこと?」


 この一言だけだ。それに対してリリーは、さっぱりとした態度で切り返してくる。


「どういうことって、あたしもあんたらと同じ孤児院の出身よ。言わなかったっけ?」

「聞いてねぇよ!! それすげぇ大事な話っすよね!? なんで言わねぇんだよ!!」

「別に言う必要ないでしょ」

「いやいやいやいや! あるだろ!?」

「まぁいいわ。今聞いた通り、陛下の孤児院にあたしも居たのよ。あんたが居た時期と被ってないけど。コウジは、あたしが義理の両親に引き取られるまで世話をしてくれたの」

「アニキは知らないと思いますが、女王陛下自らまだ生まれたばかりのリリーを孤児院に連れてきたんです。誰かが産み捨てたとかで」

「そ、そう……だったのか。知らなかったぜ。言ってくりゃよかったのに」

「捨て子の出自なんて積極的にする話でもないわ。それにしてもコウジも落ちぶれたわ」


 リリーは、カズイチに向けるのと同じ侮蔑の感情をコウジにもむき出しにしている。


「女王陛下の孤児院出身者って大抵みんなまっとうな生き方をしてるのに、揃ってギルドのリーダーって……どうしてあんたたち二人は、こんなことになってるわけ?」

「アニキ、なんででしょうね?」

「まぁ一生懸命生きてて気づいたらこんな風になっちまったってところかね」

「何よそれ。女王陛下に恥ずかしくないわけ?」


 呆れ顔のリリーとは対照的に、コウジは胸を張っている。


「俺は、女王陛下のお気に入りだったしな。可愛がられたもんよ。まぁ一番のお気に入りはアニキみたいだったけど」

「出来が悪い方が可愛いのかしら。あたしなんて女王陛下と会ったこと数えるぐらいよ」


 唇を尖らせてリリーが拗ねると、コウジが顎に手を当てた。


「そういやお前が来た頃から女王陛下、滅多に孤児院に顔出さなくなったよな」

「あんたらが迷惑ばっかりかけるから愛想が尽きたんじゃない?」

「アニキ。リリーが可愛げなくなっちまったよ。ガキの頃は可愛かったのによ」

「あれにも可愛い時期があったんだなぁ」

「聞こえてるわよ?」

「聞こえるように言ってからな。なぁコウジ?」

「ねぇアニキ?」

「二人一緒に喧嘩売ってくるなんて仲いいわね…‥買うわよ?」


 さて、悪ふざけはこのへんにして本題に入ろう。


 カズイチは、ブラックドッグのアジトのビルを見上げた。


「それでコウジよ、ガルドってやつは、本当にお前のギルドのメンバーなんだな?」

「ええ。今日も来てますよ。おい! ガルド!! 出て来い!」


 コウジが叫んだ数秒後、アジトのビルから少年が飛び出してきた。


 水色の短髪が目を引く少年で、精悍な顔立ちをしている、がたいも歳の割にしっかりしていた。ブラックドッグの他のメンバー同様に派手な柄シャツとスラックス姿だ。


 少年は、リリーの姿を見つけると、天敵を前にした小動物のように飛び退いた。


「げっ! リリーさん!!」

「ガルド! こんなところで何やってるの!?」


 リリーが怒鳴りつけると、ガルドは踵を返してアジトに逃げ込もうとする。


 しかしコウジがガルドの首根っこを捕まえるほうが速かった。


「アニキの呼び出しだ。逃げることは許さねぇ」

「アニキって誰ですか!? もしかしてうちの制服着てるあのコスプレ親父――」


 コウジの拳がガルドの脳天に直撃し、ガルドの暴言を寸断した。


「口に聞き方に気を付けろ!! たしかにおっさんだが、断じて親父じゃねぇ!!」

「コウジよ。お前も大概失礼だぜ」


 コウジは、何のことか分からないと言いたそうに首をひねった。自覚なく言葉のナイフで刺してくるのは昔からだが、久しぶりに食らうと結構効く。


「いや、いいや。俺は、便利屋部のサエヤマ・カズイチってもんだ」

「……知らねぇ。誰だ、おっさん?」


 ピンと来ていないガルドの脳天に、コウジの拳が再び振り下ろされた。


「馬鹿野郎!! この人は竜王サエヤマ・カズイチ! 俺の兄貴分で今は無職だ!!」

「俺、学生だよ? 無職じゃねぇよ?」

「竜王って……ボスがよく話してた……そんなやつが俺に何の用だよ!」

「俺は、決闘部顧問のラッドマン先生に頼まれたんだ。最近お前が退学届けを出して、部活にも学校にも顔を出さないってな」

「……あんたには関係ない」


 ガルドの眼が鋭い気を放つ。とてもいい目だ。将来強い魔術師になる。


 しかしこの程度、カズイチにとっては涼風みたいなものだ。構わずに質問を続ける。


「ラッドマン先生心配してたぜ。なんで学校行かねぇでギルドに入り浸ってんだ?」

「だから関係ねぇだろ!」


 この頑なさは、悪ぶってるとかそういう次元の話じゃない。相応の事情がありそうだ。


 カズイチは、ガルドの前に立って目線を合わせる。


「事情を話しちゃくれねぇか。力になるぜ」

「だからあんたには関係ねぇんだよ!!」

「アニキが聞いてんだ!! いいから答えろ! 殺すぞ!!」


 コウジの恫喝にガルドは、すっかり怯えている。ちょっと可哀そうだが、これで話してもらえるならそれに越したことはない。やがてガルドは、観念したように口を開いた。


「うっ……お、俺にはやらなくちゃいけねぇことがある! 姉貴を助けたいんだッ!!」


 姉貴と聞いた途端、リリーが目を見開いてガルドに駆け寄り、両肩を掴んだ。


「どういうこと? あの子が……マチルダがどうしたの? 何があったの!?」

「……うちは親が居ないだろ。姉貴が俺の面倒を見て学費まで出してくれてた。いろんな仕事を掛け持ちしてよ……だけど、ちょっと前に姉貴はギルドから仕事を頼まれたんだ」


 弟の学費を稼ぐために身を粉にして働く姉がギルドから仕事を頼まれた。カズイチの経験上、こういう状況で出てくるギルドの相場は決まっている。思わず舌を打った。


「ちっ……ガルドよ。おめぇの姉さんのマチルダ、相当の美人だったろ?」

「えっ? なんで分かるんだよ!?」

「やっぱりそうか……相手は《《ギルド・スカーレット》》だな」

「な、なんで分かるんだよ!? そうだよ、ギルド・スカーレットだ!」

「何よ、ギルド・スカーレットって。聞いたことがないわ」


 リリーが知らないのも無理はない。スカーレットは知る人ぞ知る特殊なギルドだ。


「美人集めて金持ちや役人、政治家を接待させる。そうやって勢力を拡大したギルドだ」

「そうなの? なんだか水商売みたいなギルドね」

「水商売のケツ持ちするギルドも多いんだけどよ、ここは自ら経営するギルドなんすよ。ガルドの姉ちゃんは、連中に捕まって今も無理やり働かされてる。お前は姉貴を助けたくて殴り込んだけど返り討ちにあって追われたところをコウジに助けられた……だろ?」

「……あんたの言う通りだ……決闘部で学んだことは実戦じゃほとんど役に立たなかったッ。だからギルドに入って力を付けて姉貴を取り戻すんだ!!」


 ガルドは、瞳から涙を零しそうになりながらも歯を食いしばって堪えている。


 大切な家族のために力を求め、自分を犠牲して戦う。かっこいいやつだ。こういう覚悟を見せられると絆される。カズイチは、触媒の手袋を両手にはめて拳を打ち合わせた。


「そうか。じゃあ今から俺と一緒に行くか? スカーレットの本部によ」


 カズイチの提案に、この場で一番驚いたのはコウジであった。


「連中の勢力はかなりのもんです! いくらアニキでも……まさか切り札を――」


 カズイチが自身の唇に人差し指を当てると、コウジはそれ以上何も言わなかった。


「行くぞ、ガルド」


 カズイチが歩き出すが、ガルドは、ついてくる気配がない。どうやらまだ信頼されていないようだ。ガルドは、混乱を露わにしながらもカズイチを見据える。


「……なんで助けてくれんだよ? たった今知り合ったばっかりじゃねぇか!!」

「お前の男気に惚れちまっただけだ」

「アニキそっちの趣味があったんすか!? 俺じゃダメなんすか!?」


 かっこよく決まって感動のシーンになるはずが、全部コウジがぶち壊した。

久しぶりにカチンときたカズイチのこめかみに青筋が立つ。


「男気に惚れるの意味を辞書で引け!! なんだ俺じゃダメかって、気持ちわりぃ!」

「ひどいっすよアニキ! とにかく俺も行きますからね!!」

「いや、おめぇは来んな。ブラックドッグが出張るとギルド同士の抗争になっちまうよ」


 盛り上がる男性陣を尻目に、リリーは腕を組んでため息をついた。


「何よ。ギルドって全員揃いも揃って馬鹿ばっか。カチコミしなくても警察を頼れば?」

「頼ったよ!! でも相手にしてくれなかった!」


 リリーの吐いた正論に、ガルドが噛みついた。


 しかし警察が動かなかったというガルドの証言に、リリーは訝しげだ。


「そんなことあるわけが……」

「リリー先生よ、それがあるんすよ。勢いのある連中なのに、あんたはやつらの名前を知らねぇ。いや、世間じゃ知ってるやつは居ねぇだろうな。勢いあるのに無名、だからおっかねぇんだ。スカーレットクラスのギルド規模のなら国家権力が監視をするはずが、それをしていねぇ。ようするにそこを取り仕切るやつが連中の接待を受けてるってことさ」

「そんな陰謀論みたいなこと……」

「スカーレットのシマの辺りを管轄にしてる警察の連中は間違いなく取り込まれてんだ。だからガルドの訴えも取り合わない。連中にゃ警察頼るよりもカチコミのが早い」


 カズイチが一歩踏み出すと、リリーが立ち塞がった。


「襲撃なんて許可しないわ。あんた自分が学生の立場だって忘れたの? 魔術師資格がないのに魔術を行使するのは重罪よ」

「そうっすね」

「魔術学校の生徒は、教師が許可すれば魔術を使用することも出来るわ」

「あんたの許可を取れって?」

「あたしが許可を出せばね」

「出す気がねぇなら構わねぇ。俺は行くぜ」


 リリーの脇をすり抜けようとすると、腕を掴んで制止された。


「退学になるだけじゃすまないわよ!!」

「構わねぇ」


 カズイチがそう言い切ると、リリーは怪訝な顔をした。


「あんた、魔術師資格を一週間で取るんじゃなかったの?」

「ああ。けど、ここで困ってるやつを助けに行かないって選択肢はねぇな。それにあんたも見過ごすつもりはねぇだろ?」


 ガルドの助けになってやりたい。それが嘘偽りのない今の気持ちだ。


 カズイチが笑いかけると、リリーは舌を打ってからカズイチの腕から手を放した。


「……いいわ。好きにしなさい。その代わり、あたしも一緒に行くわ」

「俺も行くぜ!!」


 ガルドは、スラックスのポケットから白い封筒を出してコウジに差し出した。


「ボス、退団届けです。受け取ってください! みんなに迷惑はかけられません。このギルドと俺は無関係な人間ってことで」

「ガルド……お前……」


 コウジは、封筒を受け取ると即座に破り捨て、ガルドの胸倉を掴み上げた。


「馬鹿野郎!! お前簡単にギルドから抜けられると思ってんのか!? ギルドってのは気まぐれに出たり入ったり出来るものじゃねぇ!!」


 声を荒らげるコウジだが、今回に限ってはガルドは微塵も怯んでいない。まっすぐにコウジの目を見ていた。


「分かってます! でもカズイチさんの言う通り、俺がブラックドッグのままだと抗争になります。みんなを巻き込めないんです!!」

「この馬鹿野郎!」


 コウジがガルドに拳を振り上げた。コウジの気持ちは、痛いほど分かる。ギルドの仲間は家族も同然なのに、可愛い弟分が迷惑をかけたくないと自分の元を離れようとする。


 家族に頼りにされず寂しい。そんなに頼りなく思われていたのかと悔しい。だが、ギルドのマスターだからこそ通すべき筋がある。カズイチは、コウジの拳を掴んだ。


「ガルドの心意気を組んでやれ。一度ギルドのメンバーになったら家族、何が何でも守ってやりてぇお前の気持ちは分かる。けどよ、こいつの心意気を無駄にしちゃいけねぇ」

「けどアニキ!!」

「男が男の覚悟を汲んでやらねぇでどうすんだ。お前もギルドマスターなら筋を通せ」


 コウジの面輪にありありと苦痛の色が浮かび、カズイチの腕を強引に振り払った。


「……くっ!! ガルド、お前は追放だッ! に、二度と顔を見せるな!!」


 歯を食いしばりながらコウジは、アジトのビルに引っ込んでしまった。


 ガルドは、アジトに一礼をしてカズイチの隣に立った。


「よく堪えたなコウジ。先生、俺はガルドを連れて行く。あんたがどう言おうとな」

「ちっ……分かったわよ」


 さすがのリリーもガルドの覚悟を見せられて何も言えないのだろう。


 三人は、ギルド・スカーレットを目指して歩き出した。

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