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第2話『裏社会最強の魔術師は、ブラック労働者』

 サエヤマ・カズイチが学生たちの行き交う歩道を歩いて十五分。

 大通りに並ぶ建物の中で一番古くて一番小さい煉瓦造の三階建てビルに辿り着く。ここの三階にカズイチのギルド〝リュウゼツ〟の事務所がある。


 ギルドは、魔術師が運営する民間組織の総称であり、いわゆる便利屋だ。

 護衛・護送・探偵の真似事――金次第でいかなる荒事も引き受ける。

 中には、殺しを請け負う者も存在する。

 世間では、警察では対処しきれない事態に対処する最後の砦と目されているが、非合法な手段を取る反社会的組織と百眼視されることも少なくない。


 カズイチがビルの三階まで階段で登った事務所の扉を開けると、小さなオフィスに四つの木製のデスクが置かれている。

 デスクでは、紺色のスーツを着た一人の青年とスカートスーツ姿の二人の女性がタイプライターを使って書類仕事をしていた。


「ただいま! どっこらしょっと!!」


 気力を振り絞って元気のよい挨拶をしたカズイチは、窓際にある自分のデスクに腰かける。

 デスクの上にもタイプライターが置いてあり、その周囲に何十枚と書類が積まれていた。さらに栄養ドリンクと缶コーヒーがいつでも飲めるように常備してある。

 この数十枚の書類をやっつければ今日の仕事は終わりだ。カズイチがペンを手にすると、紺色のスーツを着た青年が大量の書類をカズイチのデスクに置いて山を築いた。


「カズ。この書類全部、お前のチェックが居るんだ」

「……まじかよ、エリック」

「まじだよ、カズ……」


 エリックは、金色の髪をかき上げながら爽やかな笑顔を見せた。

 カズイチが頬を引きつらせていると、間髪入れずに化粧の濃い若い女性とふくよかな中年の女性が新たな書類の山を二つカズイチのデスクに作った。


「こっちもよろしくねー」

「お願いします」

「カリナにネリアさんも……」


 三人が持ってきた書類は、経費の精算や警察に出す報告書、業務中に起きた器物損壊の賠償請求――見ているだけで頭が痛くなってくる。

 肉体の疲労が限界なところに精神的なダメージが追い打ちをかけてくる。でも手を動かさなければ書類は、このままだ。

 それに辟易としている姿を仲間に見せるわけにもいかない。灰になりかけた心を無理やり燃やし、なけなしのやる気を捻出する。


「よっしゃ!! やるぜ!」

「カズさーん。じゃあこれからデートなんでお先にー」


 気の抜けた声を出したカリナは、すでに帰り支度を済ませている。


「私も子供の迎えがあるので今日はこのへんで」


 ネリアもちゃっかりバッグを持って退勤の意識を醸し出している。

 壁にかけた時計の時刻は五時を指していた。退勤時間になっているのだから行くなとも言えない。仕方ないので無理やり笑顔を作った。


「ああ、二人ともご苦労さん。それじゃあエリック二人でこの書類――」

「カズ悪い! 今日は俺もどうしても外せない用があって……」


 申し訳なさそうにしている親友の姿を見ると、やはり行くなと言えない。

 カズイチは、無理やり笑顔を維持したまま親指を立てた。


「おう。気にすんなっ。後はやっておくからよ」

「ごめんな!」


 ペコペコ頭を下げながらエリックは事務所を後にした。

 エリックの足音が聞こえなくなってから、カズイチはため息をつく。


「この後デカい仕事があるから手伝ってほしかったんだけどなぁ」


 今日は一人で残業確定だ。せめて話し相手が居てくれるだけでも気が紛れるのに。

 落ち込んでいても仕方がない。デスクの上の栄養ドリンクと缶コーヒーを開けて、一気に呷った。

 やたら長い名前の薬効成分とカフェインの相乗効果で倦怠感が和らぐが、代償に寿命を削っている感じがする。


「まぁ仕方ねぇ。よっしゃ!! やるぞぉ!」


 カズイチは、山のような書類に一枚一枚目を通し、処理していく。

 師匠のゴウもこうやって書類仕事をしていた。戦いの場では獅子奮迅の活躍を見せ、ギルドマスターとして多くの仲間から尊敬を集め、雑事も率先してこなしていた。

 カズイチがゴウのギルドを引き継いで十七年――あの頃に居たメンバーは、誰一人として居ない。裏社会でならした人間が子供に従うわけもなかった。

 若い頃は、積極的に新しく人を雇ったが、ギルドに入る魔術師の多くは社会のはみ出し者や荒くれ者。

 カズイチが若いからと舐めてかかり、リュウゼツの名を汚すような真似ばかししたので全員制裁を加えた後、解雇した。


 今居るメンバーは信頼できるが、孤児院の頃から親友だったエリック以外は、まだ入って数ヶ月だし、魔術師でもない。

 かつてゴウがマスターを務めていた頃のギルド・リュウゼツに戻したい。活気に満ちて人々に役立つギルドに。そのためにもカズイチが先頭に立って努力しなければならない。

 どんなに辛くても歯を食いしばれ。疲れから目を逸らせ。限界なんて無視しろ。

 脳が過熱して蕩けていく感覚に苛まれながらペンとタイプライターを動かし続ける。


 気が付くと、時刻は深夜〇時を過ぎていた。

 路地裏で十人相手に戦った時よりも一層身体が重く感じる。

 椅子にもたれかかると、事務所の扉が開かれ、藍色の軍服に身を包んだ男が入ってきた。ユナイティア軍第三十七小隊ウィル・ベネットだ。

 歳は、四十代後半。歴戦の風格を漂わせる険しい面立ちで髪は、白髪が混じっている。


「ウィルさん。あんたが直接来るとはね」

「炎帝の情報は、スマホでやり取りしたくないのでな。お前が倒した構成員も回収した。連中からも今情報を絞ってる」


 ギルド炎帝。今回カズイチが受けた仕事のターゲットだ。

 構成員の数も素生も一切不明。噂では相当な達人も在籍していると聞く。

 カズイチは、スマホをデスクの上に置いて地図を表示する。


「場所はここ。旧市街の廃ビルだ……まぁ、今まで正体不明で通ってた連中にしちゃ情報が簡単に取れて逆に怖いぜ」

「連中が表立って動き始めた証拠だ。何より万全を期すため、あの竜王に依頼したのだ」

「光栄だねぇ。それにしても軍が自らギルドの討伐なんて珍しいじゃねぇか」


 今回カズイチが依頼されたのは、ギルド炎帝のアジトの特定と討伐作戦への参加だ。

 ギルドには、違法行為に手を染める者も少なくない。カズイチも仕事の時は、いくつかの法を犯すのが常だ。だがギルドの違法行為は、行きすぎなければ黙認されることも多い。

 法令順守が求められる警察や軍と比較して、ギルドは良くも悪くもフットワークが軽い。市民を守るため法を犯す。そういったある種の必要悪なのだ。

 もちろん悪質なギルドは取り締まりの対象になるが、警察が動くことが多く、軍が出張るのは異例だ。何故今回軍が動くのか。訝しさを覚えたカズイチの目つきが鋭くなる。


「炎帝って連中は、よっぽどまずいことでもやってんのかい?」


 詰められたウィルの顔が険しくなった。


「……実は、炎帝が魔術式大量破壊兵器を所持しているとの情報が入ったのだ」


 魔術式大量破壊兵器は、空間中の魔力を大量吸収して起動する兵器で、大陸の地形を変える破壊力を持つ。各国が魔術師と並ぶ抑止力として保有しているが、無論ギルドが所持していい物じゃない。そもそもそんなものが出回っているなんて聞いたことがない。

 カズイチは、眉間にしわを寄せた。


「おいおい。それ確かかよ?」

「間違いない情報だ。今年は、この惑星から生じる魔力が数年ぶりに高まる時期。先月から首都一帯の魔力濃度は、例年の倍に達している。魔術式大量破壊兵器の威力も比例して上がるというわけだ。もし使われたら首都が地図から消えるのだ。情報によれば炎帝は、反国王思想の過激派。連中は、この時期に乗じて革命を起こそうとしているのだ」

「大量破壊兵器で暴力革命って、今時反政府思想の学生でも考えねぇだろ」

「襲撃は、今日の午前三時。作戦開始の一時間前にここへ迎えをよこす」

「了解した。どうせならデカくて豪華な車を頼むぜ。酒入れる冷蔵庫がついてるやつ」


 ウィルは、冗談を華麗にスルーして事務所を出て行った。

 眉毛を小指でかきながらカズイチは、デスクに詰み上がっている書類の山を見る。


「……時間までにこいつを片付けねぇとな」


 誰も居ない事務所で書類仕事。寂しくなってきたので壁にかけたテレビを付ける。

 石造りの城のバルコニーで背中まで伸びた金色の髪と宝石のように美しい緑色の瞳が印象的な美しい女性が手を振っている映像が流れた。

 質素だが仕立てが良いと一目で分かる青いドレスを纏っている姿は、輝くような気品に満ちている。

 彼女は、この国の女王アルティシア・ユナイティアだ。二十年ほど前から体調を崩していて公の場にほとんど姿を見せないが、最近は公務に復帰してきている。


「前より顔色良さそうだな。よかった」


 カズイチは、アルティシア女王が運営する孤児院で育った。

 子供の頃に面倒を見てもらい、ゴウという素晴らしい養父と出会わせてくれた大恩のある人物だ。

 彼女に恩返しするためにも、もっとギルドを大きくしなくては。軍からの依頼は絶好のチャンスだ。これが成功すれば国からの依頼がもっと舞い込む。


「やる気出していくしかねぇな! よしッ」


 カズイチは、テレビからタイプライターに視線を移し、一心不乱にキーを叩いた。

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