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第1話『裏社会最強の魔術師は、青春を知らない』

 夕日が差し込むビル街の路地裏で黒いスーツの男が殺気立った十人の男に包囲されていた。十人の男たちは、長短様々な杖や刀剣、斧や槍を手に黒スーツの男へ襲い掛かる。


 殺意剥き出しの多勢相手にも黒スーツの男は、怯まなかった。各部が金属板で補強された皮の指ぬき手袋をはめた拳を振るい、襲い掛かる者を叩き伏せていく。手袋越しに肉が弾け、骨が砕ける感触が響き、血生臭い音色が奏でられる。


 けれど男たちの勢いも衰えない。身の丈程もある杖を持った男が黒スーツの男の背後に立った。杖の先端が青白く輝き、眩い光が球形に凝縮される。青白い光の正体は、人の営みに欠かぬ礎にして人を害する猛毒でもある力――魔術だ。


「死ねや! 竜王サエヤマ・カズイチ!!」


 キィーンと甲高い音を鳴らしながら瞬く間に拳大の光弾が形成され、杖から放たれた。


 光弾が狙うのは黒スーツの男――サエヤマ・カズイチだ。背後から迫る光弾に対して、カズイチに焦燥はない。速度も威力も低レベル。脅威じゃない。


 振り返りざまに、魔力を込めた右の裏拳で光弾を叩いた。裏拳から赤黒い放電が発生し、光弾は水風船のように破裂して青白い光が飛び散る。


 飛び散った魔力がカズイチの裏拳から放たれる赤黒い放電に絡めとられた。魔力と共に赤黒い放電がうねり、拳へと吸収される様は、蛇が捕らえた獲物を巣へ引きずり込むかのようだ。その様を見た十人の男たちが一斉に驚愕の声を上げる。


「馬鹿な!? 俺の魔力を吸収だと!?」

「きょ、拒絶反応を起こすはずだぜ!! なんで無事なんだ!」

「まさかこれが噂の――」


 カズイチは、身体強化魔術の出力を上げて右拳を石畳で舗装された地面に突き立てる。


 拳を起点にして青白い光が葉脈のように周囲へ広がり、カズイチを包囲する男たちの足元を照らした。


「爆竜拳!!」


 カズイチが吠えた瞬間、男たちの足元から青白い爆炎が間欠泉のように噴き出した。


 山をも容易く砕く一撃が男たちの肉体に応えがたいダメージを刻み、十人全員が声を上げることも許されずひび割れた石畳に倒れ伏した。


 カズイチは、近くで倒れている男の傍でしゃがみこむ。


「ギルド炎帝のアジトの場所を言いな。これ以上痛い目遭いたくねぇだろ?」


 カズイチは、上着のポケットから人造精霊通信機器スピリットマギテックフォン――通称スマホを取り出して男に画面を向けた。


「地図を指差してアジトがどこか教えろ」

「こ、ここだ……旧市街の廃ビル……」

「ありがとよ。こいつはお礼だ」


 にかっと笑ったカズイチが男の顔面に右拳を叩き込んだ。


 強烈な一打が敵の意識を断ち切ったのを確認してからカズイチは、魔力を込めた左手で地面に触れる。


 石畳のひび割れから植物の蔦が無数に飛び出し、気絶した男たちを縛り上げて地面に固定した。


 十人全員を拘束したカズイチは、スマホの画面をタップして耳に当てる。


「ユナイティア軍第三十七小隊のウィル隊長に伝えてくれ。サエヤマ・カズイチが炎帝のアジトを見つけたってな。ついでに炎帝の構成員の回収よろしく」


 通話を終えたカズイチが大きく背伸びして両腕を下ろした瞬間、全身を虚脱感が襲った。


 両腕が鉛のように重い。背骨は体重を支え切れず、両足は直立を拒絶している。ふらついて倒れそうになるもなんとか堪えた。


「……ギルドのマスターってのも楽じゃねぇなぁ……」


 最後にベッドで眠ったのは、いつだろう。まともな食事はいつ取ったか。コービーと栄養ドリンク以外の水分を口にしたのは、どれぐらい前か。いずれもまったく記憶にない。


 上着の内ポケットからタバコを取り出し、オイルライタ―で火を点ける。肺一杯に紫煙を吸い込むと、わずかに命を縮める代償に、かすかな活力が生じた。


 タバコを咥えたまま路地裏を抜けると、最新のコンクリート造と伝統的な煉瓦造の建物が並ぶ大通りが姿を現した。


 ヨーリアス大陸西方に位置する世界第一の国力を誇る立憲君主制国家ユナイティア王国。その首都ドランツェンの街並みは、他国の主要都市の追随を許さない発展を遂げていた。


 アスファルトで舗装された四車線の道路を魔力稼働の車が走り、石畳の歩道を多くの人が行き交っている。


 路地裏でカズイチと男たちが繰り広げていた大立ち回りのことに誰一人気付いている様子はない。大都市の喧騒は、路地裏で起きた死闘の音をも容易くかき消すのだ。


 しかしそんな街を歩く多くの人々は、誰も彼もが疲れ切った顔をしている。世界でもっとも豊かな国で暮らす市民は、決して楽ではない。どんな分野の仕事についても競争に晒され、ついていけない者は地の底を這うことになる。


 そんな集団の中で唯一輝いているのは、学生服とローブに身を包んだ若者たちだ。服装からして魔術学校の生徒だろう。


 ある者は、歩道を並んで歩いて談笑している。


 ある者は、カフェで派手な盛り付けのパンケーキの写真をスマホで撮影していた。


 またある者は、カップル同士なのか人目もはばからず、いちゃついている。


 彼等に共通するのは、社会の辛さをまだ知らず、一人で生きる苦しみを味わったことのない者だけに許された純朴な笑顔だ。


 カズイチは前を通る学生たちを視線で追う。


 彼等は一瞬カズイチを見たが、すぐに目を逸らした。隠そうと努めているが、隠しきれない恐怖が学生たちの表情から滲んでいる。


 学生たちの反応をカズイチは、責めるつもりはない。己の風体が不審人物に他ならない自覚はあった。


 焦げ茶色の瞳が印象的な面和は整っているが、無精ひげが生えているせいで、だらしない印象のほうが強い。


 瞳と同じ色の髪は、前髪はボサボサで肩まで伸びた後ろ髪は紐で縛っている。背は東洋系の中では高い方で、鍛え上げた筋肉質な身体つきは、見た者に威圧感を与える。


 服装は、くたびれた黒いスーツ、緩く締めた黒いネクタイ、よれよれの白いシャツだ。


 これで恐怖を抱くなというほうが無茶である。


 笑いかけたりしても逆効果になりそうだから無表情でタバコをふかす。だけど、どうして学生たちの姿を目で追ってしまう。


 人として完成していないからこそ未来に希望が持てる。言うなれば熟す前の果実。どんな甘みの果実になるか無限の可能性が広がっている。


 青くて酸っぱさの残る、だけど瑞々しくて爽やか。それを現す言葉は――。


「青春だねぇ……羨ましいや」


 カズイチの学生時代は、あんなに輝いていなかった。


 飛び級に飛び級を重ねて若干十二歳で魔術師資格を獲得したカズイチは、年上の同級生から嫉妬と嫌悪の情を浴び続ける学生時代を過ごした。


 毎日一人で寂しく家に帰ると魔術の師であるリュウゼツ・ゴウが必ず出迎えてくれた。


 竜のような威厳に満ちた面立ちに優しい笑みを浮かべて「学校は楽しかったか? 友達は?」と必ず尋ねてきた。


 カズイチは「友達と放課後遊んでいました!」と答えた。孤児の自分を引き取って実の息子のように愛してくれた師匠に、心配だけはかけたくなかったのである。


 大好きな師匠に嘘をつくのは辛い。だけど本当のことを話せばきっと心配してしまう。


 そんな日々が続いて結局青春らしい青春を過ごした経験は、一度もない。


 胸の中に蘇った苦い思い出を紫煙と一緒に吐き出し、カズイチは歩き出した。

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