第16話『おっさん元魔術師の策略』
スカイブルーム部の部長ユーリと決闘部の部長アルトの決闘は、放課後に高等部演習場を貸し切って行われた。
演習場の中央で箒を持った空色のローブを着たユーリと、杖を持ったアルトが顔がつきそうな距離で向かい合っている。審判を務める男性教員が二人の間に割って入っていた。
三人の周囲をカズイチたち便利屋部一同と顧問のリリー、スカイブルーム部のソラウ、決闘部の部員全員と顧問のラッドマン、さらに噂を聞き付けた学生たちが取り囲んでいる。ギャラリーの数は、合計で百人以上だ。
審判は、ユーリとアルトから大きく距離を取ってギャラリーの方へ来ると手を上げた。
審判の合図と同時に、透明な防護魔術が円形に展開されて二人の選手と外部から遮断される。これで防護魔術の外側に魔術が漏れることはない。いよいよ決闘の始まりだ。
「ただ今より決闘を行う! 今回は特別ルールで普段禁止されている行為も行ってよい完全な実戦形式とする。ルールはただ一つ。ダウンして十秒のカウントを受けた者の敗北。以上!! では両者構えて――」
審判の合図でユーリとアルトは、箒と杖をそれぞれ構えた。
「始めっ!!」
審判が手を振り落とすと、ユーリのローブが翻り、懐から小さなものが複数飛び出す。二十センチほどの戦闘機の模型だ。形状は、最近実用化されたばかりの魔力式ジェット戦闘機を模している。全て金属製で数は十個だ。
「行けっ!」
ユーリが箒でアルトを指し示すと、十機の模型戦闘機が一斉に襲い掛かった。
模型戦闘機集団の先頭を狙って、アルトは杖を構える。青白い魔力弾頭が射出され、模型戦闘機の一機に迫った。
模型戦闘機は、宙返りして魔弾を回避、さらにアルトとの距離を詰める。十機相手にアルトは冷静な態度を崩さない。近い順に魔力弾での迎撃を試みるが、一発として模型戦闘機を捉えられなかった。
模型飛行機の速度は、魔力弾よりも遅い。被弾を許さないのはユーリの飛行魔術の練度の高さ故だ。弾幕を掻い潜って模型戦闘機が距離を詰め、遂にアルトに辿り着く。
アルトの胸を狙って模型戦闘機が突っ込んだ。
体当たりの直撃を受けたアルトは、衝撃によって退くもすぐさま杖に魔力を纏わせて振り下ろした。
刃のように鋭い魔力が放出されて模型飛行機を両断。空洞になった内部から魔力が溢れ出す。
アルトは、口角を上げて杖の先端をユーリに向けた。すかさずユーリが箒に飛び乗り飛翔すると、先程まで立っていた場所を青い閃光が矢のように射抜く。
空中に逃れたユーリを撃ち落とさんと、アルトの杖がユーリを狙う。ユーリは、額に汗を滲ませながら残り九機となった模型飛行機をアルトへ突撃させる。
「もう動きは読めたよ」
アルトは、ほくそ笑んで杖を振った。斬撃魔術と射撃魔術、研ぎ澄まされた魔力の刃と球形に形成された弾丸の競演がユーリの操る模型飛行機を撃墜していく。
瞬く間に最後の一機を破壊し、アルトが箒で飛ぶユーリを杖で指した。
「君の負けだ!!」
アルトが叫ぶと同時に――カラン! と乾いた音が演習場に響く。
「……え?」
茫然としたアルトが自身の手を見ると、持っていた杖が手から地面に落ちていた。
そればかりではない。アルトは小刻みに震え、けいれんを起こしている。
「どうしたのだアルト!?」
ラッドマンが問うも、アルトは強張った顔で何も答えず脱力し、床に両膝をついた。
ダウンを確認した審判がカウントを取り始める。
「ダウン!! 一! 二! 三!」
アルトは、膝をついたまま動かない。演習場をギャラリーの困惑が支配する中、ラッドランの焦燥が濃さを増していく。
「何をしている!? 早く立て! 立つのだ!!」
「四! 五! 六! 七! 八! 九!」
ラッドマンの呼びかけにアルトが一切の反応を見せず、カウントが無情に進み――。
「十!! 勝者! スカイブルーム部部長ユーリ!!」
審判の勝利宣言を受けて、ユーリは箒で空に浮かんだまま右手を振る。
ギャラリーから割れんばかりの拍手と歓声が上がった。決闘が終了して円形の防護魔術が解除されると、ラッドマンは膝をついたまま立ち上がらないアルトに駆け寄った。
「ば、馬鹿な!? 一体何が起きた――」
アルトの肩に触れた瞬間、ラッドマンがハッとした顔になる。
「この感覚……麻痺魔術!? 馬鹿な、ユーリは麻痺魔術なんて使えないはず! そもそもどうやって? やつは麻痺魔術を起動しては……」
ラッドマンは、激しく狼狽えつつ床に散らばった模型飛行機の残骸を拾い上げた。
「この気配……こいつに麻痺魔術を仕込んでいたか。破壊されたら散布されるように!」
流石ベテランだ。手品の種に気が付くのが速い。気づいたのなら、そろそろ仕上げをしよう。そう判断したカズイチが、にやにやしてラッドマンに近付いた。
「俺たちの勝ちっすね。それじゃあここは。俺たちにも使わせてもらいますよ」
「……貴様だな? 貴様ならば麻痺魔術も使えるだろう!?」
ラッドマンは、憤怒を剥き出しにして模型飛行機の残骸をカズイチに突きつけた。
「へへっ。戦闘中に使えるほどは、得意じゃねぇっすけどね」
「ふざけるな!! 貴様が手を貸し、あまつさえ決闘を愚弄するこの方法……認めるわけにはいかん! 麻痺魔術や毒魔術の決闘場への散布は、ルール違反だ!!」
予想通りの反応だ。カズイチは、笑顔で非難の声を受け止めた。
「だから最初に言ったじゃねぇか。ルーム無用、何でもありの実戦形式でやろうぜって」
「なっ!?」
そう。今日の勝利を得るための作戦は、あの時から始まっていた。
「俺は、念押ししたぜ。その上であんたは、それに応じた。学生同士のルールのある決闘じゃねぇ。実戦形式の何でもありの決闘だ。ならそもそもルールなんてねぇんだ」
ここで畳みかける。一気に押せ。カズイチは、舌を躍らせる。
「あんた昨日こうも言ってたな。飛行魔術なんて実戦じゃ何の役にも立たねぇって。だが結果はどうだい。飛行魔術の応用戦法で自慢の生徒はやられちまったじゃねぇか」
「ば、馬鹿を言うな! こんな卑怯な手段は断じて認められん!!」
「あんた、実戦に卑怯もくそもあると思ってんのか? 飛行魔術は、実戦で何の役にも立たないとあんた言ったがよ、俺から言わせれば決闘の経験も実戦じゃ大して役に立たねぇぜ。実戦は、お互いに向かい合って合図を待って始めるわけじゃねぇ。どんな手段使ってでも生き残った方が勝つ世界だ」
ラッドマンは、アルティシア魔術学園で教鞭を取る優秀な魔術師だ。
ギルドマスターを十七年務めたカズイチが語る実戦の重みを否定出来ない。
魔術の世界の厳しさを知るが故に言葉を飲むしかない。こうなればカズイチの独擅場だ。更なる種明かしを続ける。
「それに今回の戦法はよ、実は実戦じゃ通用しねぇんだ。麻痺魔術は、麻痺ガスに変換した魔術を呼吸で相手の体内に取り込ませる。密室なら効果的だが自分にも効果があるから自爆する。反対に開けた場所じゃ麻痺ガスが分散しちまって効果を発揮しにくいんだ」
「ま、まさか」
「外に魔術が漏れない防護魔術の中で戦う決闘でしか有効じゃねぇ。そもそも実戦経験豊富な魔術師なら麻痺魔術が散布されていたら気配で気付く」
麻痺魔術を戦場で食らうのは、致命的だ。密室でなければ効果が薄いと言っても常に警戒し、気配を感じたら即座に汚染地域から距離を取るのが定石である。
「だがルールでガチガチに守られた戦いしか経験してねぇ決闘部の連中は、その感覚が鈍い。要するに実戦派の魔術師には、まず通用しねぇ戦術だ。でも飛行魔術との相性は抜群。自分が使った麻痺魔術の効果範囲から逃げちまえばいいからな」
カズイチがユーリに授けた戦術はシンプルだ。模型飛行機を飛行魔術で操作し、それでアルトを倒しきれるならよし。もし一機でも破壊されたら即座に飛行魔術で麻痺魔術の効果範囲外に逃げ、残りの模型飛行機で攻撃。模型飛行機が全て撃墜された場合でも麻痺魔術でアルトを無力化。実戦形式での決闘という特殊な状況だからこそ成立した戦術だ。
これが本当の実戦の場だったらユーリは、なす術もなくアルトに倒されていただろう。
カズイチが種明かしを終えると、ラッドマンは顔を真っ赤にして震えていた。
「ぐっ……そんな……ことが」
「ラッドマン先生よ。分かっただろ。ルールに守られた決闘ってのが、型にはまった魔術の攻防しかしてねぇ連中が、実戦じゃ何の役にも立たねぇってことが」
これで言いたいことの半分をカズイチは言い終えた。
だけどまだ終わっていない。一番大事なことを伝えなくてはならない。
「けどよ、別に実戦で役に立たなくていいじゃねぇか」
「な、なに!?」
狼狽するラッドマンにカズイチは、畳みかける。
「実戦で強い魔術師が一番偉いのか? 俺はそうは思わねぇ。たしかに魔術は人殺しの技術でもある。そいつは否定出来ねぇ。けどよ、人を助けたり、楽しませたり、生活を豊かにしてくれるもんでもあるんだ」
もう一度学生の立場になったことで学んだ。魔術は、闘争のためだけの手段ではないのだと。人々の役に立ち、楽しませ、青春を助ける素晴らしい側面を持っている。
「魔術を遊びに応用する、大いに結構じゃねぇか。箒に乗って空を飛ぶのも、ルール守って決闘すんのもどっちも楽しいスポーツだ。どっちも素晴らしいことだと俺は思うぜ」
スカイブルーム部と決闘部は、結果的にぶつかり合ってしまった。だけどそれは、お互いがお互いの競技に誇りを持っていたから起きたことだ。大切なものに誇りを持つからこそ譲れない時がある。カズイチは、若い魔術師たちを羨望の眼差しで見つめた。
「スポーツや遊びによ、優劣なんかねぇんだ。学生で居る間ぐらいはよ、青春して楽しんでいいじゃねぇか。俺も社会に出てたから辛さは知ってる。大変なことばっかりだぜ。そんな時に、学校で過ごした青春時代ってやつが辛い時の支えになったりしてくれるんじゃねぇか? 大人になってからもスカイブルームや決闘っていう趣味があれば社会の辛さを乗り切るための支えになってくれるんじゃねぇか?」
きっと青春の思い出は、色褪せない。どれほど歳月を経ても鮮明に思い出せる輝かしい人生の一ページだ。若者にしか手に入れられない宝物は、きっと人生の支えになる。
「学生で居る間ぐらい、勉強して遊んでダチとバカ騒ぎしてよ、楽しんだっていいじゃねぇか。俺は、スカイブルーム部も決闘部もどっちも羨ましいぜ」
カズイチは、青春らしい青春を過ごすことが出来なかった。自分の選んだ生き方だ。後悔はしていない。過去に戻れたとしてもきっと同じ選択をする。
だけどクリスたちを見ていると、つい羨ましくなってしまった。
「俺は、青春ってやつを過ごせなかった。だからよ、どっちの部活の連中にも俺は楽しんでもらいてぇ。俺と同じ思いはしてほしくねぇんだ。だからよ、貴重な青春時代を下らない争いで浪費すんな。ここらで終わりにしようや。こっちの要望は、演習場の独占じゃねぇ。みんなで共有して使うことだ。無茶なことは言ってねぇはずだぜ?」
決闘部、ひいてはラッドマンがスカイブルーム部に固執する理由は分かる。
優秀な魔術師であるソラウを奪ったスカイブルーム部が許せないのだ。
それでも大人ならば通すべき筋がある。カズイチは、ラッドマンの肩に手を置いた。
「ラッドマン先生よ。あんた、ちゃんとソラウと話し合ったのかい? あいつがスカイブルーム部に入った理由とかちゃんと聞いたのかい?」
「ぬぐぅ……それは……」
ラッドマンは、目を伏せてしまった。
カズイチは、ラッドマンの背後に回って両肩を掴んで強引にソラウの方へ向かせる。
「ソラウ。話してやんな。おめぇの本当の気持ちをよ」
ソラウは、戸惑いを見せて中々口を開こうとしない。そんな彼女の元にユーリが降り立ち、微笑みかける。ソラウは、頬を赤く染めてゆっくりと口を開いた。
「……私、決闘も好きでした。だけどスカイブルームのほうがもっと好きになったんです! 空を飛ぶのすごく気持ちよくて、風と一つになれる感じがして……それに隣を見ると、いつも部長が楽しそうに笑ってて……」
ソラウがユーリを見つめる。頬の赤みが顔全体に広がり、大きく息を吸い込んだ。
「私、部長のことが好きですっ!!」
「えっ!? 僕ぅ!?」
ソラウの告白に、ユーリが耳まで真っ赤になる。ソラウがあれだけ露骨に好意を示していたのに気が付いていないとは、相当な朴念仁だ。
ユーリに対して溜め込んでいた欲求を吐き出すように、ソラウの語調が熱を帯びる。
「私、部長と空を飛んでいたい! だから私は、スカイブルーム部にこれからも居ます! それと部長……好きですっ!! 私とお付き合いしてください!!」
「えっと……あ、え……」
ユーリはしどろもどろになっているが、嫌な気持になっているわけじゃないのは明らかだ。想定外の告白に戸惑っているだけ。カズイチは、背中を押してやることにした。
「ユーリよ! お前も男だろ!! 付き合うも断るもどっちを選んでもいいぜ。でもはっきりと気持ちを伝えてやんな!」
カズイチに一押しされたユーリは、茹でられたような赤い顔のままソラウを見つめた。
「……僕もあなたが好きです。よろしくお願いします」
ユーリが右手を出して握手を求めると、ソラウはユーリに抱き着いた。言葉を発さず、歓喜に震えながら愛する人を抱く両手に力を籠める。
最初は、固まっていたユーリも意を決したようにソラウの背中に手を回した。
二人の顔は、発火してしまいそうなほどに赤く火照っている。
新しいカップルが誕生したところで、カズイチはラッドマンと向き直った。
「ラッドマン先生よ。演習場、これからはスカイブルーム部にも使わせてくれよな」
ラッドマンは、俯いて言葉を発さなかった。カズイチも催促することはしない。
しばし静寂が流れ、ラッドマンは顔を上げて微笑んだ。
「いいだろう。こちらが彼等から学べることもありそうだ……なぁサエヤマ・カズイチ」
「なんすか?」
「吾輩は、決闘が大好きだ。ルールのある決闘がな。今度手合わせ願いたい」
ラッドマンの提案に、カズイチは笑顔で右手の親指を立てた。
「いいっすよ。俺でよければいつでも相手になります」
「ありがとう。それと一つ頼まれてくれないか?」
「いいっすよ。任せてください」
カズイチの答えに、ラッドマンは呆けてしまった。
「……内容を聞いていないのにか?」
「なんか悩みあるんでしょう。俺も悩み解決に進退かかってるんで焦ってんすよ。だからお悩みは大歓迎なんすよ」
カズイチがウィンクを送ると、ラッドマンは咳払いしてリリーに目配せした。
「……貴様は、元ギルドマスター。裏社会にも精通していると聞く。決闘部のエースは三人居た。部長アルトと副将ソラウともう一人。だがそのもう一人もやめてしまったのだ」
「そいつの名前は?」
「ガルド・ウィーズだ。先月退学届けを出して、学校に来ていない。しかもギルドと関わりを持った噂も……リリー先生と一緒にガルドへ連絡はしたのが、返事がないのだ」
「リリー先生と?」
カズイチがリリーを横目で見ると、彼女は赤い髪を指に巻き付けてため息をついた。
「あたしとガルドの姉のマチルダはね、この学園の中等部でクラスメイトだったのよ。だから彼女の弟を何とか助けたかったんだけど……」
「現状上手くいっていないのだ。吾輩は、警察にも相談したのだが、ガルドの行方はまだ掴めていない。貴様のやり方でガルドを救ってもらえないか?」
「ギルドの名前は、分かってんすか?」
「分からんのだ。吾輩も探しているのだが……」
確かにこれはカズイチが役に立てそうな案件だ。しかも学生がギルドとかかわりを持って失踪なんて穏やかじゃない。
ギルドには、地下に潜って素生を掴ませないようにしているものも少なくない。カズイチが追っている炎帝もそういう手合いだ。やばいギルドと絡んでいたら危ない目に合っている可能性もある。一刻も早く動く必要がありそうだ。
「俺が探してみせます。任せてください」
「吾輩に出来ることがあれば言ってくれ。では失礼する」
最敬礼したラッドマンは、決闘部の生徒を連れて演習場を去っていった。
カズイチが見送っていると、クリスが兎のようにぴょんと跳ねて隣に立つ。
「カズさん、次の依頼は決まりだね!」
「ああ。早く助けてやらねぇとな」
「ぼ、僕のこともついでに助けてくれ」
決闘部部長のアルトが床に膝をついたまま痙攣している。
そういえば麻痺魔術をかけたまま放置してしまっていた。
「……わりぃ。忘れてた。今麻痺緩和の薬やるからな」
「よろしく頼む……」
カズイチは、アルトにかわいそうな思いをさせたことをちょっぴり後悔した。




