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第15話『おっさん元魔術師と決闘部』

 地上にいる男子生徒の杖から青白く光り輝いている。杖の先端が狙うのは箒で空を飛ぶユーリだ。


 まずい!


 カズイチは、乗っていた箒を足場にしてユーリへと跳躍した。


 飛行魔術を凌駕する速度でユーリの元へ辿り着くも、男子生徒の杖から青白い光弾が放たれてカズイチの目前に迫る。


 空中で態勢を整えたカズイチは、右の裏拳を繰り出した。手袋の甲の金属板で魔力弾を叩き、魔力弾が砕けて霧散する。


 カズイチは、ユーリを横抱きにして石畳の床に着地した。


 箒に乗ったクリスたちも着陸し、カズイチに駆け寄ってくる。


「カズさん大丈夫!?」

「おう、大丈夫だ」


 横抱きにしていたユーリを床に下ろし、カズイチは魔術を放った男子生徒へ近づいた。


「よぉ兄さん。言うことがあるんじゃねぇか?」

「すいません。的を外してしまいました」


 魔力弾を撃った男子生徒は、申し訳なさそうにしているが、本心ではないのが明らかだ。


 明確な害意を持ってユーリを撃った。直撃したら怪我をしてもおかしくない一撃である。


 こういう手合いの相手は、青春を生きる若者ではなく、擦れたおっさんの出番だ。


「気にすんな。あんなへっぼい魔術、鼻ほじってても止められっからよ」


 軽く敵意を乗せた視線で男子生徒を見ると、彼の頬を汗が伝い落ちた。自分とカズイチの実力差を理解したらしい。


 ここは念押しでビビらせよう。カズイチは、チンピラっぽい横柄な態度で詰め寄った。


「そう、ビビんなよ。てめぇらみてぇなガキ相手に本気出すほど――」

「本気出したら退学させるに決まってるでしょ?」


 カズイチの喉元に冷たい物が触れた。リリーが金属製の杖でカズイチの喉をぺちぺち叩いている。立場的に当然と言えば当然だが、もうちょっとカッコつけさせてほしかった。


「リリー先生。もうちょい俺にいいかっこさせてくれねぇか?」

「いいわけないでしょ? あんた馬鹿なのかしら?」

「……やっぱり?」


 退学になるのはごめんこうむりたい。カズイチが一歩下がると、リリーは杖を縮めて上着の懐にしまい、男子生徒を睨みつけた。


「アルト。決闘部の部長になったのなら相応の立ち振る舞いをしなさい。それとも部長になって思い上がっているのかしら?」

「そんな言い方しないでくださいよ、リリー先輩」

「今は先生よ。まぁ好きに呼んでいいけど」


 アルトと呼ばれた男子生徒と、彼と一緒に居る生徒たちは、決闘部のようだ。


 魔術師の決闘は、古くは単なる殺し合いだったが、今では厳格なルールの元、スポーツとして多くの魔術師に楽しまれている。有名選手の決闘ともなればネット配信やテレビ中継され、世間を大いに賑わせる。


 以前カズイチが通っていた王立魔術学院にも決闘部は存在していた。


 興味があって入ろうとしたが、他の生徒よりも歳が幼いからと門前払いを食らったのは苦い思い出である。


 決闘部の登場と部長であるアルトの行動。そしてユーリが便利屋部を頼った理由。カズイチの中で点と線が繋がった。


「ユーリ。こいつら決闘部があんたの相談理由ってわけか」

「……はい。実は、決闘部が演習場を独占して使わせてもらえないんです。今日も僕たちが使用申請して学園側にも許可を得たんですけど」

「なぁリリー先生、学校が許可してんのに連中が勝手に使うってのはどういう状況だ?」

「……決闘部は、この学校でも特に実績を上げている部活よ。だから教師も彼等を優遇してるの。あたしは、全ての部活に平等に使わせるべきだって意見はしてるけど……」


 リリーが悔しそうに唇を歪めた。新任教師の意見が通らないのは想像に難くない。


 それに学園側も何の意味もなく、決闘部を優遇しているわけではないだろう。


 アルティシア魔術学園の決闘部と言えば、カズイチでも名前を知っている名門だ。


 優秀な魔術師を多く輩出しており、実績という意味では国内でも有数である。


 対するスカイブルーム部はと言えば、若者に人気はあるのだろうが、歴史の深いスポーツではなさそうだ。


 それでも何らかの実績があれば説得材料になるかもしれない。


「なぁユーリ。スカイブルームって大会とかないのか?」

「ありますし、優勝もしてます。でも学園側は、実績として認められないって」

「当然だろう。あんなものは単なる遊びだ」


 嘲笑するアルトをユーリは睨み付けるが、反論の言葉を口にすることはなかった。


 ユーリのことだからスカイブルームの素晴らしさを学園側には伝えているに違いない。現状が変わっていないということは、学園側の認識もアルトと同じなのだ。


 こうなると学園側の意識を変えてスカイブルーム部の肩を持ってもらうよりも、決闘部の意識を改革したほうが手っ取り早そうだ。


 カズイチは、隣に立つリリーに目配せした。手を出すつもりはないから話だけでもさせてくれ。そんな思いを込めて見つめると、リリーはため息をついてから小さく頷いた。


「サンキュー先生。なぁアルトさんよ。俺は、便利屋部のもんでサエヤマ・カズイチだ」

「存じています。入学試験でリリー先生に勝利したとか……ご用件は?」

「スカイブルーム部のことで来た。演習場、こいつらにも使わせてやってくんねぇか?」

「ならん」


 アルトとは別の男の声が拒絶の言葉をぶつけてきた。


 声の下の方を見やると、老年の男が演習場の出入り口に立っていり。ぎょろっとした目の男であり、茶色いローブの下に教員の白い制服を着ていた。


 男は、ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてくる。


「吾輩たちは、この学園の花形。お遊びの場に演習場を使わせることなどありえないことだ。そう言ったはずだな、リリー先生」


 リリーは、鋭い目つきで老年の男を見つめ返した。


「ラッドマン先生、教師がそんな言い方をするものじゃないと思います。この学園の生徒は、教師にとって全員等しく生徒ではないのですか?」


 リリーの主張をラッドマンと呼ばれた老年の男は、せせら笑った。


「リリー先生。貴様こそ教師ならば生徒の将来を考えるべきではないかね? 飛行魔術なんぞお遊びだ。実戦では何の役にも立たない。魔術師は実力主義の世界だ。優秀な成績を収めることが生徒の将来にも繋がるのだ」


 ラッドマンの言うことは正論だ。リリーも言い返すセリフが思いつかないのか、口を開かない。


 そんな中カズイチは、ある考えを抱いていた。ラッドマンのこの正論、使える。


「……俺も同感だぜ。たしかに飛行魔術は、戦いじゃ役に立たねぇな」


 わざとカズイチが同意すると、便利屋部とスカイブルーム部一同の視線が一斉にカズイチを刺す。けれどカズイチは、怯むことも止まることもなく、語り続ける、


「人体ってのは、そもそも空を飛ぶのに適した形状じゃねぇ。そいつを無理やり飛ばす飛行魔術は魔力消費量が多いし、制御も難しい。完璧に使いこなしても空を飛ぶ速度よりも地面走ったり、魔術弾が飛来する速度のほうが圧倒的に速いから目立って的になるだけだ。空飛びてぇなら飛行機使えばいい。そのほうが効率的だよ」

「ほう。さすが裏社会で最強と言われる竜王だな。貴様は話が分かる。そう、飛行魔術など現代では、ほとんど役に立たない。それなのにそこのユーリは、我が部のエースを、ソラウを奪ったのだ。その娘は、我が部の副将を務めていた。それがこんな遊びにかまけてしまい……嘆かわしい。まったくもって理解に苦しむ」


 ラッドマンが失望の念を込めた眼差しをソラウにぶつけた。おどおどとしたソラウが箒を握りしめて俯くと、ユーリがソラウとラッドマンの間に立ちふさがった。


「ソ、ソラウは、飛ぶのが好きなんです!」


 ユーリの叫びは、普段の気弱な印象とは打って変わって力強い。


「ラッドマン先生!! ソラウの好きな気持ちを……ひ、否定しないでください!」

「黙れユーリ!! そもそも貴様のせいでソラウは!」


 ユーリとラッドマンの口論のおかげで、カズイチにもスカイブルーム部と決闘部の対立の軸が見えた。ソラウだ。彼女が問題の根本であり、ねじれた事態を解決する要である。


 カズイチは、頭の中で事態解決のための絵を描き、完成と同時に両手を打ち鳴らした。


 音に驚いたのかユーリとラッドマンの口論がぴたりと止んだ。


「ラッドマン先生、賭けをしねぇっすか? スカイブルーム部のユーリ部長と決闘部アルト部長の決闘。ルール無用、何でもありの実戦形式での特別な決闘です。決闘部が勝ったらソラウは、決闘部へ戻る。スカイブルーム部が勝ったら演習場をこっちにも使わせる。これでどうです?」


 カズイチが条件を突きつけると、怒り顔のリリーが目の前に飛び込んできた。


「あんた何勝手なことを!!」

「カズさん!? さすがにそれは!」

「うん。カズイチ独断先行」


 クリスとエルも非難の声を上げ、スカイブルーム部の二人も顔を青くしている。


 一方のラッドマン率いる決闘部は、全員したり顔で微笑んでいた。


「吾輩たちはそれで構わんが、よいのか?」

「ええ。問題ねぇっすよ。念押ししますが、通常の決闘とは違ってルール無用、何でもありの実戦形式でいいっすね」

「構わんが?」


 上手く釣れた。内心の喜びが外に漏れないように蓋をして、カズイチは平静を装った。


「それじゃあ決闘は、明日の放課後だ。みんな行こうぜ」


 カズイチは、決闘部に後ろ手を振りながら演習場を去ると、便利屋部とスカイブルーム部全員が後を着いてきた。


 そして黄昏に染まった便利屋部の部室に帰ってきた途端、カズイチへの一斉口撃こうげきが開始される。


「カズさん何考えてるの!?」

「クリスの言う通りよ! あんた協調性ってもんがないわけ!?」

「うん。カズイチ勝手」

「ぼ、僕には無理ですよ!! 相手は決闘部です!! 絶対に勝てるわけがないっ!」

「ぶ、部長は空を飛ぶのはすごいけど、戦いは……いまいちなんです!!」


 抗議の声を右から左に聞き流してカズイチは、決闘のルールをスマホで読む。決闘の中継を見ることはあるが、本格的なルールを調べるのは初めてだ。


「へぇ、禁止行為結構あるんだな……ユーリ、普段使ってる触媒は?」。

「え? えっと、この箒です。飛行魔術に特化してるんですが、通常の魔術も一応使えます。でも僕は普通の魔術は全然ダメダメで」

「でも飛行魔術の腕なら誰にも負けない。そうだろ?」

「え? それは……はい……決闘部の人には負けません」

「なら明日勝つのもお前だぜ。俺に秘策がある」


 カズイチは、親指を立てて破顔した。

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