第14話『おっさん元魔術師とスカイブルーム部』
カズイチがユーリに連れられてきたのは、高等科用の演習場である。
今演習場に居るのはカズイチとユーリ、大量の箒を背負った空色のローブを着た女子生徒が一人の合計三人だ。
黒髪ボブカットの可愛らしい女の子である。大量の箒を背負った立ち姿は、一見すると滑稽だが、一周回って風格があるように見える。
気配からして魔術師としての腕も結構立つようだ。戦闘能力は、ユーリよりも数段上だろう。
「サエヤマさん、紹介します。彼女は、部員のソラウ・カーディスです」
ソラウは、桜色の唇に微笑みを浮かべてカズイチに会釈した。
「高等科二年のソラウです。よろしくお願いします」
「高等科一年のサエヤマ・カズイチだ。よろしくソラウ」
「さぁサエヤマさん、さっそく飛びましょう!! ソラウ、箒を貸してくれる?」
「はい、部長」
ユーリは、ソラウが背負っている箒を一本受け取ると、カズイチに押し付けてきた。
「さぁ! 飛びましょう!! 今年は星の魔力が特に濃くて絶好の飛行シーズンなんです! 上手く魔力に乗れたら最高の飛び心地ですよ!」
「お、おう。意外と押しがつえーな、あんた……」
ユーリは、好きなことになると豹変するタイプらしい。
気圧されつつカズイチは、箒にまたがった。
「じゃあ箒で空を飛ぶやり方ですけど」
ユーリの説明を聞く前に、カズイチは、箒に魔力を込めて魔術を構築する。
箒全体から魔力が勢いよく噴射され、カズイチは重力の枷から解き放たれた。
宙に浮かぶカズイチを見上げるユーリとソラウは、呆気に取られた様子である。
「す、すごい!! カズイチさん飛べるんですか!?」
ユーリが感嘆の声を上げると、ソウラがぱちぱちと拍手を送ってくれた。
「まぁ、理屈は知ってっからな」
飛行魔術は、箒などの触媒や身体の特定の部分から魔力を噴射して推進力を得る魔術だ。
実戦でも敵の攻撃で宙に打ち上げられた時、体勢を整えるために使うことはある。
しかし長時間の飛行となると常時大量の魔力を噴射するせいで、かなり燃費が悪い。
飛行魔術の達人は、空間中にある星の魔力に自身が噴射した魔力を上手くぶつけることで魔力の流れを作り、それに乗って魔力消耗を抑え、スピードも増すと聞く。
でも並の修練では、そんな領域に至れないし、その時間で別の魔術の修行をしたほうが有意義だ。改めて使ってみると、飛行魔術が廃れた理由が良く分かる。
ただ遊びでやる分には、存外楽しいかもしれない。箒の後方から魔力を噴射してゆっくり前進すると「カズさん飛んでる!」と地上から声が上がった。
下を見やると、いつの間にかクリス・エル・リリーの三人が演習場に来ていた。
三人に気付いたユーリの目が獲物を見つけた獣のように光る。
「あッ! 便利屋部のみなさんも是非どうぞ!! ソラウ箒を!」
「はい部長!」
ユーリは、クリスたちにも強引に箒を持たせ、結果的に便利屋部全員で飛ぶことになる。
エルは、手慣れたものでうまくバランスを取って浮かんでいる。飛行魔術を使うのは初めてとのことだが、乗りこなしているあたり抜群の魔術センスだ。
一方でクリスは、うまく飛べず、リリーの箒の後ろに乗せてもらうことになった。
「リリーちゃん、すごいじゃん!! 飛行魔術上手だって知らなかったよ!」
「昔スカイブルームをちょっとだけやってたのよ。お遊びレベルだけどね」
便利屋部全員が宙に浮かんだところで、カズイチは箒から魔力を放出して直進した。それを合図にしてクリスを後ろに乗せたリリーとエルがついてくる。
円形の構造になっている演習場の中を煉瓦の壁に沿ってゆっくりと飛行する。空の散歩というのは初めてだが、意外と楽しいものだ。
「エル! リリーちゃん! カズさん! これすっごく楽しいね!!」
「そうね、あたしも嫌いじゃないわ」
「うん、楽しい」
「ねぇリリーちゃん!! もっと速く飛べる!?」
「ええ。落ちないように腰にしっかり掴まって」
「うん! ていうかリリーちゃん腰細ーい! いいなぁ!!」
「あなたも十分スタイルいいでしょ」
「まぁエルよりはね」
「クリス失礼」
談笑しつつ便利屋部一同が演習場を一周したところで、地上で待機していたユーリとソラウが箒にまたがって宙に浮かんだ。
「みなさん、僕たちとレースしませんか? 演習場を時計回りに一周するんです」
「おお! いいじゃねぇか! 俺は乗ったぜ!!」
ゆっくり飛行するだけでも楽しいのだ。これを最高速度でやったら相当の快感だろう。
リリーの後ろに乗ったクリスも両手を振りながらはしゃいでいる。
「私もやりたい! いいよねリリーちゃん?」
「あたしは構わないわ。エルもやる?」
「うん。やる」
「よっしゃあ! 便利屋部とスカイブルーム部の対決だ!!」
レースが決まったところで、全員が同じ高度で横並びになった。
「じゃあソラウ、スタートの合図に遅延起爆弾とあとゴール用の蛍光弾を」
「はい。部長」
「あ、よかったら俺が使うぜ?」
「でしたらサエヤマさんお願いします。合図の設定は十秒で」
「任せな」
カズイチは箒にまたがったまま愛用の手袋を両手にはめて、右手に小さな青い光球、左手に赤い小さな光球を作った。
二つの光球が手から離れると蛍のように空を漂い、天井付近で動きを止める。光球が滞空してから十秒が経過すると、青い光球のみが破裂音を伴って小さな爆発を起こした。
爆発を知覚すると同時にカズイチは、箒から魔力を噴射、一気に加速する。スタートダッシュは成功。一位に躍り出るも、後方から二つの疾風に追い抜かれた。ユーリとソラウだ。先頭はユーリ、その後をソラウが追っている。
ユーリのリードは、十センチ程度。いつソラウに追い抜かれてもおかしくはない。
そのはずなのに、ユーリとソラウの距離は一向に縮まらない。むしろどんどん差が広がり始めた。
飛行魔術の素人であるカズイチの目にも二人の技量の差は明らかだ。ソラウの腕も相当のものだが、ユーリがはるかに上を行っている。
ユーリの箒や肉体から噴射されている魔力には、無駄が一切ない。さらに噴射した魔力に空間中に漂う星の魔力を巻き込むことで推進力を増しているのだ。ここまでの飛行魔術の使い手をカズイチは知らない。
もしカズイチとユーリが戦ったとして撃ち落とすのは容易ではないだろう。現代の魔術師がここまで飛行魔術を極めた例は恐らくない。
戦闘では限定的な状況でしか役に立たないし、物資輸送や宅配などでも積載量や航続距離の関係で飛行機のほうが優れているからだ。
何故飛行魔術をここまで極めたのか。何故こんなに熱意を持っているのか。
カズイチが困惑していると、追いすがるソラウを確認するためかユーリが後ろを向く。ユーリは笑っていた。至福の時を噛み締めるような笑みだ。
ユーリの表情を見て、カズイチはようやく理解する。
ユーリは、飛行魔術が好きなのだ。役に立つとか立たないとか、魔術師としての才能云々ではない。飛ぶのが好きなんだ。飛ぶのが好きだから飛行魔術を極めたのだ。
そしてソラウもユーリに追いつこうと唇を噛んで飛んでいる。こんな二人に勝てるわけがない。カズイチが苦笑すると、後方からエルに抜き去られてしまった。
「カズイチ遅い」
「あっ!! くそぉ!」
その直後、ユーリがゴールの赤い光球を一位で通過する。続いてソラウが二位、少し遅れてエルが三位で到着。カズイチが四位で、クリスを乗せたリリーが五位でゴールする。
レースを終えたカズイチたちは、飛行速度を徐々に落として演習場の中央に集合した。
「あたしたちが最下位か」
「リリーちゃんは、私を乗せてるからしょうがないよ。でも楽しかった!」
「そうね。やっぱり楽しいわ。またやろうかしら。クリスも一緒にどう? 教えるわよ」
「ほんとに!? ねぇねぇエルも一緒やろ!」
「うん。これ楽しい。カズイチにも勝った」
盛り上がる便利屋部の女子たちに、ユーリが目を輝かせた。
「それなら僕たちが練習している時に来てください!! なんなら掛け持ちでスカイブルーム部にも入部されては!? 部員はいつでも大歓迎です!」
「部長……便利屋部の皆さんはそちらの活動もお忙しいでしょうし、無理の誘うのは」
「何を言っているんだいソラウ! 部員が増えるのは、とてもいいことじゃないか!」
「……それは、そうですけど……」
ソラウは、口をもごもごとさせて煮え切らない態度だ。
「ソラウ? なんで不機嫌そうなんだい?」
「……なんでもありません」
どうやらユーリは、ソラウの気持ちに気付いていない。若者たちが共に汗を流し、甘酸っぱい気持ちを抱き、和気あいあいとしている。きっと世の中では、これを青春と呼ぶ。
カズイチの知らない世界。カズイチが過ごすことを許されなかった時間。二度と手に入らない光景を目の当たりにして、ほんの少しだけ寂しさを覚える。
「羨ましいねぇ……」
ぽつりと呟いた直後、地上から殺気を感じた。下を見ると、地上で十数名の学生がカズイチたちを見上げ、集団の先頭に居る男子生徒が杖を構えている。
杖が狙っているのはユーリだ。
カズイチが標的を認識した瞬間、男子生徒の杖の先端が青白く輝いた。




