第五話…… 『宮廷魔術師の後始末(おしごと) その5』
メルゥ~
長閑な田舎、 吹く風が干し草の匂いを運んでは鼻を擽る、 季節は秋の頃、 今年は実りのとても良いかった麦畑と、 ひざ丈程の残り草を、 家畜のメイサがむしゃむしゃと食べる、 高い空と降り注ぐ日差し、 ここは昔から変わらない……
《標高千メートル、 ヘルガソーナ山の麓、 酪農の村、 ヘルガ》
この時間、 自分には待ち遠しい事が有る、 空を見上げて息を吸い、 あの子の声を待ち侘びる………
……お~い ……お~い
……来た
「お~い! またお仕事サボって寝てるの~」
……ふっ、 サボって無いって ……
声の方を見れば、 薄緑色の二つ結びを揺らして、 幼げな少女がクルリ、 まるで踊る様に走り向かってくる……
陽の光をいっぱいに受けて、 彼女の瞳は、 本物の宝石と見間違う程に、 美しく、 鏡の様に反射し映る自分の姿が嫌になる程……
彼女は綺麗だ………
はぁ……
「休憩時間だって言ってんだろ? 毎日同じ様な事言いやがって……」
ちらりと見るとこの澄んだ空にも負けない程の笑顔を少しだけ、 例えるなら温めた甘く優しいメイサのミルクに、 ほんの少しだけ加えるスパイスのアクセントの様な、 彼女のイタズラな笑顔が心を射止める……
ふふっ
「え~ でも、 いっつも嬉しそうじゃん? 今も、 ほら、 笑ってる」
っ!?
「わっ、 笑ってねぇよっ!」
「笑ってるよ~ あっ、 ほら見る? これ、 じゃ~ん、 手鏡~」
! ………鏡?
それはよく磨かれた高価そうな鏡で、 彼女が向けるそこには、 確かに歪んだ顔の自分が映る……
バッ!
向こうを向く、 自分の顔なんて見たくもない……
「……それどうしたんだよ? イズリスさんのか?」
「違うよ、 お母さんのはもっと曇ってるもん、 これはね~ ザモスから貰ったんだ~ 私の誕生日? なんだって~ あのね、 街の子達は、 誕生日にお祝いをするの、 それでこうしてプレゼントをくれるんだ~」
そっか……… またザモスか……
その名前は度々聞く、 自分は全く知らないと言えば奇妙だが、 彼女の口からよく聞くのだ…… 彼女の通う学校のクラスメートだそうだ
このヘルガの村は裕福では無い、 殆どの村民が酪農や農業を手伝い、 取れた乳や肉、 野菜を市場に売りに出て生計を立てている、 学校に通うなんて贅沢をしている人は殆ど居ない
……でも彼女は特別だ、 それには経緯が有るのだが、 それがまあ何とも彼女らしい、 今から二年前、 彼女が両親に着いて市場へ出掛けた時の事だ、 その時丁度、 領主家のお偉い貴族もまたお忍びで市場を視察しに来ていたそうで、 その貴族の一人息子というのがそのザモスなのだ
だが彼には少しだけ問題があって、 生まれつき殆ど口を開かないし、 何か言ったとしても言葉にはならず、 癇癪を起こして怒ったり、 十になったという歳にも彼は自分では何も出来ない様だったと言う
領主はそんな自分の息子に、 当然だがそれでも懸命に接し、 天気のいい日は色々な物を見せて回った、 丁度その日は市場を見に来ていたのだった
しかし、 人の往来の激しい市場で、 不意に目を離した途端息子のザモスが姿を消し、 血相を変えて居た領主、 しかし息子を見つけた時に見た光景に領主は驚いた
ベンチで年頃の近い見知らぬ女の子と話をしているじゃないか、 暴れる様な様子も無く、 その笑顔は父親すら初めて見る彼の笑顔だった……
昔から人を笑顔にする才能を持った彼女に、 ザモスさえ惹き付けられ、 たどたどしく殆ど言葉にならない音を嫌がる様すら見せず頷く彼女、 それに領主はいたく感動したのだ……
彼女と居るとザモスは笑顔になれる、 彼女と会ってからザモスは自分の事をはっきり理解出来るようになり、 今では少し幼さを感じるも、 何処にでも居るような少年へとなったと言うから驚きだ
その恩と言うか、 領主からのお願いだが、 ザモスと共に彼女は毎日街の学校へと通っている、 ただでさえお金の掛かる学費の全てを負担していると思えばこれ程まで無い物だが、 何もそれだけではない
毎日彼女を迎えに来る馬車は領主が雇った者だが、 その道中を安楽にする為、 道は綺麗に整備され、 崖には柵が張られたので村人が市場へ降りる際にも、 以前よりずっと早く安全に向かえる様になったのだ
更に、 村の特産のミルクや肉、 野菜を領主は気に入り直接購入してくれる様になって、 値段も相場よりも高く購入してくれ、 それだけに留まらず、 ボロくなった協会の修繕や、 物資の積極的な支援……
果たして誰が文句を言えようか…… それが例え、 小さい頃から抱く彼女への気持ちを打ち明ける事のないまま、 このままきっと、 彼女が村を出て、 ザモスの元へ嫁ぐのだとしても……
…………
「……ねぇ、 ねぇ? どうかした?」
っ………
彼女の言葉に首を振る
「いや、 この後の仕事もかったるいな~ って思ってただけだよ」
「ふふっ、 やっぱりサボりじゃん~」
っ!
「サボりじゃねぇって! ……ただ、 お前が学校から帰ってくるのを待ってる…… 待ってろっ! 親父に言われてるだけだ!」
「……うん、 ふふっ、 いつもありがと、 一番に見れて嬉しいよ」
……頬を少しだけ赤く染める彼女、 どうせ消えていなくなってしまうなら、 どうしてそんな顔をするのだろう? 美しい花の、 誰もが目を逸らす残酷さ、 時々彼女からそれに似た物を感じてしまう……
っ
「……おかえり」
「……ただいまっ」
……………………………………………
っ
「い、 行くぞっ」
「あっ、 待ってよ~」
恥ずかしさに早歩きを始めると、 慌てて着いてくる彼女、 ゆったりとしたメイサの鳴き声、 変わらない、 今だけは変わらないこの日常……
「ねぇ、 今日は工房見に行っていい?」
「……だめ」
え~
拗ねる彼女の声、 工房とは家の事だ、 家は昔からメイサの革を加工した革製品を作る工房を兼業していて、 自分は父の跡を継ぎ見習いとして働いている
病気になったり、 歳をとったメイサは可哀想だが殺して、 肉を売り、 皮はなめして革製品に、 決して無駄にならない様感謝を込めて行う
最近では、 父に教えられ革をなめすまでの工程を任されている、 特に肉や骨をどれだけ綺麗に皮と剥せるかがとても重要で、 自分はその丁寧さを最近では褒められる様になって来た……
「ねぇ! 最近直ぐだめって言うじゃん! 前は毎日見に行かせてくれたのにっ! 私も皮なめすの見たい!」
「……でもだめ」
ぷんぷん!
怒る彼女、 それでもダメなのだ……
自分のせめてもの夢が有る、 それは自分が彼女の為にドレスを仕立てる事だ、 彼女との恋は叶わない、 彼女の笑顔を未来では、 今の様に傍では見られない
でも、 それで良い、 彼女の笑顔がこれからも輝くのなら、 願い、 最後の願望、 彼女に自分の仕立てたドレスで式を挙げて欲しい……
なめしたメイサの皮の革製品は、 何処か甘く優しい香りが特徴で、 彼女はその匂いが好きなのだが…… ダメなのは、 そのデザイン案が自分の部屋にはびっしりと貼られていて、 彼女にはまだ見せたくないから、 そんな所だ……
「帰ったら宿題が有るんだろ? やらなきゃまたイズリスさんの雷が落ちるぞ~」
「ぅっ…… はぁ、 分かったよぉ~ ……あ~あ、 もう家に着いちゃった、 また宿題か~ 明日までにやらなきゃ行けないって大変なんだよ~」
「……そうなんだな、 まあ俺は手伝ってはやれないけど………」
肩を落とす彼女に向き直る、 今、 この束の間の日常、 自分に出来る最大限の幸福、 それは……
「……じゃあ、 また明日な…… イブレイっ」
彼女…… 翡翠の瞳を持つ愛しいイブレイとのささやかな日々を願うだけ………
彼女が笑顔を向ける……
「うん! またねっ、 ゼンっ!」
……ああ、 長閑な、 メイサの鳴き声が聴こえる、 今はただ、 このゆっくりと流れる彼女とのささやかな時間が、 何時までも続く様な幻想が、 何時までも続けば良いと、 願うだけ………………
……………………………………
………
『……ねぇ、 ゼン、 私どうしようっ、 どうすれば良いのっ』
彼女の声が聴こえる、 震えた彼女の声だ……
………
『……公爵様がイブレイを養子として引き取るって言いだしたそうよっ』
『……公爵様? それって領主様とどっちが凄いの?』
バーカっ
『……公爵様ってのはお貴族様の中でもとんでもなく凄い人何だよっ! 領主様はこの一体を収めてるだけのいわば小さな池の主さね、 領主様も頭が上がらない様な人なんだとか……』
何でそんな人が突然……
『……学校だよ、 授業の一環で、 貴族階級とマナーを知る為に招いたそうで、 そこでイブレイを見つけてねぇ、 あの子、 瞳が綺麗だろ? それが気に入ったらしくてねぇ』
それは………
『……どうなんだ?』
『……どうもこうも無いよっ! 相手は公爵様だけど歳はもう直ぐ六十になろうって所のおっさまだよ? それでこれは噂だけど、 その公爵のイブレイを見る顔と来たら、 娘の様な年齢のあの子の事を、 まるで舌なめずりする様に見てたって、 養子って言うのはあくまでも綺麗事で、 本心では婚姻を望んでるとか何とか………』
っ!
『……そいつぁ! いくらなんでもイブレイが可哀想だぁ! あの子の笑顔は村の宝、 これからよぉ、 領主様の息子殿と結婚して、 幸せになるて皆思っとたがにっ、 勿論断るんだろ?』
『……それが、 どうもきな臭くて、 断ったら市場にこの村との交流を止める様に脅して来た様な事を聴いたよ、 市場に物が売れなくなったら、 うちの村は……』
何だ、 それは……………
『……何だよそれ』
!
『……ああ、 ゼン聞いてたのか…… イブレイちゃんが……』
そうか、 今日、 いつも道理迎えに行ったイブレイは泣いていた、 どうすればいいのって、 泣いてばかりで何があったのか全然分からなくて……
でも、 明日には良くなると思っていた、 それは自分の汚い願望だ、 笑顔のあの子が好きなのでは無くて、 笑顔のないあの子を受け入れられない醜い自分は、 特に何も言う事も出来ず、 ぐずる彼女にいつも道理の日常を押し付けて、 家の前で別れた……
自分は、 何をしているんだ………
『……イブレイはどうなるの?』
『……分からん、 でもイズリスもこれには怒って村長にも掛け合った、 領主様の雇の御者曰く、 この話はもう領主様にも届いてるから…… 何とかなってくれたら良いけどな……』
……………………
不安を抱えたまま、 眠れない夜を過ごす、 静かなこの村の夜は、 いつもと変わらない穏やかな、 眠るメイサも、 風に揺れる干し草の擦れる音も、 不安を忘れる程に、 いつも通りに…………
…………………………………
…………
ガラララッ………
『………ダメだ、 今日市場にミルクを売りに出たら、 もう既に市場がうちの商売を断ったそうだ、 市場の人も申し訳無さそうに、 でも門前払いだと……』
?
何で、 まだ断ってないのに………
『……イブレイが困って答えを直ぐに出さなかった事、 領主が公爵に苦情を入れた事、 これが気に入らなかったみたいだ…… 養子に出す事を決めれば、 不利益分の十倍の値で商品を買い取ると賜って居るらしいっ』
グッ!
『……安く見積もられたもんだなぁっ! 村のモンはみんな徹底抗戦する構えだ! 何があってもイブレイは絶対に汚い公爵なんぞに渡さん!』
……ああ、 そうだよ、 そうだよ! 勝手に終わらせない、 終わりを決めさせない、 この日常が壊れる時は、 自分が仕立てた、 あの子の花嫁ドレスと太陽の様な笑顔、 そしてその手を引く領主息子のザモスの姿、 それを見て明るい光の中砕け散るのだから……
…………………………
………
『……今朝、 崖が崩れて道が封鎖された、 この村は孤立してる…… 俺達は山に住んでんだ、 こういう事が有るのも分かってる…… でも山に住んでるからこそわかるっ、 あの崖崩れはっ、 自然じゃねぇ! 意図的にっ! 公爵の野郎が夜中の内に崩しやがったんだっ!』
……何故、 そこまでして………
『……本当にこのままじゃ村は終わりだ、 夜中の内だから巻き込まれた人は居ねぇけど、 こんな嫌がらせが続いたら、 いつ誰かが怪我するか分からねぇ…… イブレイが決断すれば、 公爵の派遣した者たちが瓦礫を撤去して道を作り直すそうだ……』
『……! 何男が気弱な事言ってんだ! それじゃあイブレイちゃんに諦めて行けって言っているようじゃないかっ!』
っ
『……言ってねぇ!』
……………………………………………
……きっと、 どこの家も似た様な話をしているのだろう、 市場に物を下ろせなくなり、 街にも降りれない、 小さい所で既に影響は出始めている
絶対に諦める訳には行かない、 でも諦めなくては自分達に未来は無い…… 先行きがまるで見えない影のような暗闇……
自分はもっと、 この烈火の様な状況に、 ただ一人押し潰されるイブレイを、 もっと、 彼女にもっと気を回してあげられたら良かったのに………
……………………………
………
あくる晩…… その日の昼間、 昨日の父母の会話から間もない様に感じるこの日、 早くも、 初めての村人の被害が出た、 朝方一軒の家が突如火を吹いて燃え上がったのだ
理由は不明だが、 なかなか鎮火しない炎は、 誰からどう見ても魔法による炎上であり、 この村にそんな魔法を扱える者が居ない事を思えば、 これは遠方からの魔法攻撃、 そんな事が可能な魔法使いを雇える人物、 また、 態々こんな無意味な事をする理由がある人物は不思議と一人しか思い浮かばなかった
この火災により、 この家の隠居が逃げ遅れ亡くなった、 また牧草地が燃えただけに留まらずメイサ五頭も焼死している……
……この日、 村人は誰も何も言わなかった、 何も言えなかった、 かくいう自分も放心し、 とても彼女の事を考える余裕は無かった……
……そうして、 とにかく風の強い夜の事、 やけに騒がしいメイサの様子を見に行った帰り道、 ふと彼女の家の方角に人影が見え気になって向かった
……夜だと言うのに、 そこにはイブレイが庭先、 井戸の傍にて立っていた、 喉でも乾いたかと思ったのだが様子が変だ、 それに、 彼女のぼんやりと浮かぶ輪郭は見覚えがない様相だった……
……………
『……イブレイ? 何してんだこんな夜中に』
声に彼女が揺れた、 フワリと、 それはドレスだった、 とても繊細で細やかな装飾がいくえにも施された質の良いドレス、 しかし、 彼女はそのスカートの裾を踏んでいる、 サイズが大きいのだ……
『……ゼン? ……ねぇ見て、 どう? 似合っている?』
?
『……えっ、 ああ、 いや、 採寸を間違えた? いやいや、 そのドレスは? って言うか…… どうして背中を向けているんだ? こっち向けよ』
彼女は奇妙な間を取り揺れた、 風が打ち付ける、 彼女は振り向かない、 彼女の背中は震えている様に見えた………
『……あのねゼン、 このドレスはプレゼント何だって』
『……えっと? ぁぁ、 あれか? ザモスからの……』
違うよ……
彼女の声は大きく聞こえた………
『……今朝の火事、 そのすぐ側の小屋から見つかったんだ~ 手紙が入ってて、 公爵様が私の為に送ったドレス何だって……』
…………は?
何、 言って、 だとしたらなんでそんな物を着て………
……まさか ……
『……行く気じゃないよな? イブレイ、 まさかっ、 公爵の所に……』
………………
『……今夜、 公爵様が迎えに来る、 ドレスを纏って待っていて、 そう書いてあったよ…… 捨てられる前に、 村長の家から持ち出して来たの』
おい、 おい待てよっ、 行くなよっ………
『……行かないよ』
っ………
声にならない心の中を、 まるで見られた様に感じた、 彼女の声は震えて居なかった……
それよりも、 行かない………
『………ねぇゼン、 私知ってるよ、 どうしてゼンが恥ずかしがって家に呼んでくれなくなったのか…… ふふっ、 私のドレスを仕立ててくれているんでしょう? ……嬉しいな、 どう? 完成しそう? この公爵様が送ってくれたドレスとどっちが綺麗?』
っ…… えっ………
不意に、 彼女の手に目が行く、 スプーンを持っている、 何で? 洗い物……
ベチャッ……
何か黒い物がスプーンから落ちる………
ふふっ………
『……私は何処にも行かないよ、 ゼンはさ、 酷いよね、 だって、 私が居なくなる事をずっと願ってるでしょう?』
っ!
『……違うっ! イブレイっ! 俺はお前に、 公爵の所に何て行って欲しくない……』
……う~ん ……
『……違うよ~ ゼンは、 私がザモスと幸せになれば良いと思ってるでしょって言ってるの』
……………え?
『……酷いなぁ、 酷い、 ねぇ? いつからそうなったの? 私達って、 昔から一緒でさ、 ずっと一緒で…… ねぇ? 私の夢は知っている?』
それは些細な彼女の夢……
『……私はゼンの仕立てたドレスを着て未来を誓うのが夢だった』
……? それなら………
彼女がため息を着く、 彼女らしくない、 深い……
ねぇ
『……そんな私の手を引くのは、 ゼン、 私にとっては貴方なんだよ?』
っ……
まさか、 自分だけだと思っていた、 自分がとっくに諦めた夢は、 まさか………
『……私はゼンが好きなの、 ゼンとの時間を奪った学校も、 ザモスや、 領主様に感謝はしているけれど、 私の未来を奪おうとする公爵と同じくらい、 私は嫌いなの、 嫌いなのよ……』
鏡が落ちている事に気が付いた、 その鏡面にはヒビ入っている……
『……それもこれも、 全部この瞳のせいっ、 この瞳が人を狂わせるっ、 ザモスだって口を開けばずっと瞳の事ばかりっ、 その瞳を何時でも見られる様にプレゼントが鏡って、 流石にセンスが欠片も無いとは思わない?』
……イブレイ?
ぁ~ぁ………
『……小さい頃は良かった、 前までは良かったの、 この村は変わらず長閑で、 みんな優しくて、 大変だけど、 ゼンが居て、 一緒にメイサの世話をして……』
『……きっとこの先未来でも、 同じ様な時が進んで行く、 ゼンがそばに居て、 私が隣に居る、 素敵…… 過去も、 未来も、 美しく、 綺麗でっ』
でもっ!
『……醜いっ! 今が醜いっ! 醜いっ、 醜いっ! 飾ることの出来ない今この瞬間がっ! 苦しいっ! 苦しいっ!!』
……イブレイ ………
『……………ザモスも、 公爵も、 ただこの瞳が欲しいだけ、 私思ったの、 ああ、 瞳は丁度、 二つあるのよ……』
? ……何を ………
ベチャッ……
っ、 なんだ、 この血生臭さ、 この不快な気配……
彼女が、 期待に応える様に、 遂にコチラを振り向く、 月光を背に、 たなびくドレスが彼女を飾り、 まるで物語の中のお姫様の様な彼女の姿は…………
…………
っ!?
血濡れで、 両の目玉がくり抜かれ落ちていた…… スプーン、 血に汚れたスプーンで、 まさか、 自分の目を抉って………
……あははっ
彼女の笑い声は狂っていた………
『……どう? ふたつの宝石を渡すの、 これでみんな元通りよ、 ゼンは私の事、 宝石扱いしないでしょ? ちょっと目が見えなくなるけど大丈夫、 私たちの未来は、 美しいセピア色の思い出を乗せて、 何処までも行けるのよ……』
ふふっ、 あはははっ……
くるんっ……
彼女が回る、 狂気の舞、 ダメだ、 声が出ない……
血走り、 内出血にドス黒く染まった瞳はもう既に翡翠色では無いし、 こんな事をして、 どうにもならない……
闇夜に狂い笑うイブレイの事は、 ああ、 本当に、 理解が出来ない、 全く分からない、 彼女は何故………
………………………………………………………
…………………………
………
何故………………
ッ
眩い光、 破裂寸前の魔力弾、 『魔王』固有領域内で放たれる高出力のそれが、 炸裂するっ!
ビッ!
………………
ッ、 ボ、 ガァアアアアアアアアアアンッ!!!
ドォオオオンッ!!! ………………
……………………
……
ああ、 何故……………………………
……………
「……驚いた、 まさか急に支配を抜け出して動く何て、 凄いわ、 私の中の『魔王』としての力が弱まったのか? それとも……」
人の想い故か………
ビジャッ………
ぁぁ……
「何故、 俺を助けた、 イブレイ…………」
美しい彼女が小さく笑う……
「……寂しい事言うのね? ゼン、 当たり前でしょう? 私達は互い想いなんだから………」
ああ、 だからこそ……
「……ごめんなさい ………」
イブレイ、 先程まで宮廷魔術師・リザに隷属されていた彼女、 所詮は『魔王軍残党』、 リザの中の『魔王』の力に、 敵味方の考え等無く、 彼女はリザを守る前衛として牙を剥いていた……
そして、 リザの扱う、 『魔王』の力、 その最も強力な力、 魔国式結界・閉透唱掾鬼による完全体の魔王顕現の下に行われる、 絶対的な領域術、 魔国浮顕……
魔国浮顕内にてリザの放った魔力弾は、 イブレイを除く、 ゼンを含めた全ての『魔王軍残党』へと確実に降り注いだ、 攻撃内にイブレイを含めなかったのは、 隷属下の置いた彼女を殺すのに派手な魔力弾による破壊をする必要が無いから、 初めから誰も無抵抗なら、 綺麗に優しく葬ってやった所だ……
なんにせよ……
しかしその中、 一人の魔王軍残党の扱う業魔刑の能力による拘束が、 リザの領域内で崩れた時、 今際のゼンを見たイブレイがとった行動こそ、 ゼンを抱えての離脱……
でも、 結果は芳しく無かった………
ゼンの下半身が吹き飛んで居る、 それでも未だ喋るのは流石は一度死んだ身、 『魔王軍』の者のしぶとさだが、 もう間もなく死ぬ、 イブレイは間に合わなかった……
リザは周りを見渡せば、 他の『魔王軍残党』は全て消滅した反応を感じる、 この世に残った『魔王軍』は、 死にかけのゼンと、 ゼンを抱えるイブレイだけ………
はぁ…………
(……やっぱり、 魔国浮顕は魔力消費が激し過ぎる、 無理をしたしここまでか……)
やっぱり、 同じように力は扱えないな………
フッ……
パリィンッ! ……………
領域の壁に亀裂が走る、 操作を破棄したため結界術同様に崩れ壊れるのだ………
キラキラキラ………
崩れ落ちる領域の、 魔力の残骸がガラス片の様に輝いて消えて行く、 そんな中、 見下ろす先の二人は…………………………
………………………
……
「……随分、 汚したな、 そのドレスも ………」
「……うん、 でも、 あの夜、 迎えに来た公爵の前でメイサのフンの中に飛び込んで突き返すつもりだったから、 別にいいんだ、 こんなの」
それも叶わなかった、 あの夜招かれざる客が、 公爵以外にもやって来たからだ…… 本当に一瞬の事で記憶が無いが、 深い、 混沌の様な冷たい声の老人だった様に思う………
瞬く間に殺され、 気が付けば互いに、 物語で聞く所の恐ろしい『魔王』の手下と来た物だ…… 大勢殺した、 互いに、 沢山壊した……
自分達が願った些細な、 誰もが抱く夢を、 知らぬ間に壊す側に立ったと知り嫌になる、 公爵と同じ、 いやそれ以上の悪に、 自分達はなった……
もう止める事の出来ない破壊衝動を、 ぶつける先をずっと探して居た、 その相手が、 かの『魔王』の生まれ変わりであるリザだと思えば、 起承転結、 なるほど悪くないストーリーだったと思う……
……ぁぁ、 もう目が開かない、 今度はゼンが彼女の事を見れなくなってしまったけど、 そうか…… そうだな、 彼女には似合わない格好だと思っていたのだ……
自分なら採寸を間違えたりはしない……
うっ………
スッ……
暗闇の中で伸ばした手をイブレイが掴む、 そう、 天真爛漫で、 眩しい程の彼女には過度な装飾も光り物も要らない、 ただ彼女を引き立たせる様に仕立てればそれで良いのだ……
勿論……
(…………その隣に立つのは、 自分が良いに決まってる、 その隣に立つのは、 自分ならばとデザインした……)
………メイサの皮で仕立てた、 甘く優しい香りは無いけれど、 君に抱いた過去の、 抱くはずだった未来の、 そして何より、 今確かに思い出して、 強く感じるこの想いを、 込めて仕立てるよ………
っ……
業魔刑・帯断妖技……
……思い出せ、 丁寧に骨を抜き、 肉を剥がして行く、 これを着る彼女の姿を思い浮かべて、 丁寧に革をなめして行く……
これは………
「……イブレイ、 俺から送る、 プレゼント、 だ……」
バギンッ!
グジャッ!!
音が鳴って、 ゼンの体から骨がねぶり取られる、 肉が剥がれ、 血抜きされていく、 彼が最後に紡ぐ想いの形………
彼の抱いた夢…………
………
丁寧に仕立てる、 ああ、 親父に教えて貰った様に、 ガチャンと、 裁断機が鳴り、 針に糸を通して縫うんだ……
遠くで、 メイサが鳴く………………
ぁぁ………
……
イブレイ…………
「………俺の仕立てたドレスを着て、 俺達の過去今未来を共に生きてくれ……」
っ……………………
………
領域の崩壊、 眩い光に目を閉じる、 これから始まるのは、 始まりを告げる、 戦いなのだ




