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【未来の将棋は暗記ゲーでした〜AIすら凌駕する300年後の『完全定跡』を丸暗記した元奨励会員、現代のプロ棋士を無双する〜】  作者: 月神世一


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EP 9

絶望の『答え合わせ』

「勝ちは見えた、だと……?」

佐伯の顔が引きつった。

余裕の笑みは消え去り、その瞳には明らかな動揺が走っている。

「ハッ、ハハハ! 虚勢を張るなよ、加藤! この泥沼の盤面で、勝ちが見えるわけがない! 俺の玉はまだ安全圏だぞ!」

佐伯が扇子を荒々しく閉じ、駒を強く打ち付ける。

「8六歩」

玉の守りを固めつつ、清麿の攻め駒を牽制する、アマ名人らしい手堅くも鋭い一手。

だが。

パチリ。

佐伯が駒から指を離した瞬間、清麿の手が伸びていた。

「同歩」

「……は?」

佐伯は息を呑んだ。

ノータイム。考慮時間ゼロ。

まるで、佐伯がその手を指すことを、100年前から知っていたかのような即答。

「な、なんだその速度は……」

「遅いぜ、佐伯」

清麿は無表情のまま、佐伯を見据えた。

その視線は、もはや佐伯という「人間」を見ていなかった。

盤面の奥底にある、ただ一つの真理ルートだけを見つめている。

「清麿、ルート固定ロックオン完了よ」

背後でステルス状態の和令が、興奮気味に囁く。

「残り38手。佐伯の玉は、未来のデータベースに完全捕捉されたわ。ここからは、ただの『処刑』よ」

「ああ、分かってる」

佐伯が次の手を指す。

長考の末にひねり出した、絶妙な受けの手。

しかし、清麿は再びノータイムで返す。

パチリ。パチリ。パチリ。

会場が、異様な静けさに包まれていた。

響くのは、清麿が駒を打つ、冷たく正確な音だけ。

佐伯の考慮時間は5分、10分と伸びていくのに、清麿は常に1秒未満で指し返す。

それは対局というより、清麿が佐伯に「詰将棋の問題」を出し続けているような、一方的な暴力だった。

「くそっ……! なんでだ! なんで俺の手が全部読まれてる!?」

佐伯の額から、滝のように汗が流れ落ちる。

仕立ての良いブランドスーツは汗で体に張り付き、整えられた髪は振り乱されていた。

自分が罠を張れば、清麿はそれを踏み潰して前進してくる。

自分が逃げ道を作れば、清麿はそこに先回りして壁を作っている。

息ができない。

盤上が、見えない蜘蛛の巣で覆い尽くされていくような絶望感。

(こいつは……本当にあの加藤なのか……!?)

佐伯の脳裏に、奨励会時代の清麿の姿がフラッシュバックする。

不器用で、プレッシャーに弱くて、いつも泣きそうな顔で盤に向かっていた男。

「才能がない」と笑い捨てたはずの男が今、神のような高みから自分を見下ろしている。

「……これで、終わりだ」

佐伯が、震える手で最後の勝負手を放った。

「3三角成」

大駒である角を切り飛ばし、一縷の望みをかけた王手。

これなら、どう応じても清麿の陣形に隙ができるはずだ。

だが、清麿の表情はピクリとも動かなかった。

「……俺の泥沼に付き合ってくれたことだけは、礼を言うぜ。佐伯」

清麿は、手駒から「飛車」をつまみ上げた。

そして、佐伯の玉の眼前に、容赦なく叩きつける。

「2二飛車。……打込うちこみ

「なっ……!?」

佐伯の目が極限まで見開かれた。

タダ捨ての飛車。

将棋界の常識では絶対にあり得ない、狂気の一手。

しかし、佐伯には見えてしまった。

その狂気に見える一手が、自分の玉の逃げ道を完全に塞ぐ「死の扉」であることに。

「同玉なら、3一銀成から5手詰め。……逃げれば、3手で終わる」

清麿の冷ややかな声が、静まり返った会場に響き渡った。

「……あ、あ……」

佐伯の口から、乾いた音が漏れる。

指が震え、駒を持つことができない。

どれだけ考えても、どれだけ足掻いても、逃げ道はなかった。

300年後の絶対的な「正解」が、現代のアマ名人を完全に押し潰した瞬間だった。

「…………負け、ました」

ガクン、と。

佐伯の首が垂れ下がり、その両手が盤に崩れ落ちた。

完全なる敗北。

プライドも、過去の栄光も、すべてがこの一局で粉砕された。

「……ありがとうございました」

清麿は短く頭を下げると、ゆっくりと席を立った。

膝が震えていた。

だが、それは恐怖ではない。

過去の自分を縛り付けていた鎖を、自らの手で(そして未来の力で)断ち切ったことによる、強烈なカタルシスだった。

「ふふっ、あっはははは!」

和令が清麿の背中をバシバシと叩いて歓喜の声を上げる。

「最高! 最高よ清麿! あんたの評価値、今ストップ高よ! これで借金も大幅に減額されるわ!」

「……うるせえよ。痛えな」

清麿は口では文句を言いながらも、その顔には、10年ぶりに憑き物が落ちたような、清々しい笑みが浮かんでいた。

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