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【未来の将棋は暗記ゲーでした〜AIすら凌駕する300年後の『完全定跡』を丸暗記した元奨励会員、現代のプロ棋士を無双する〜】  作者: 月神世一


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EP 8

泥沼の反撃

パァァンッ!

パァンッ!!

特別対局室に響く駒音は、先ほどまでの「機械的な作業音」から、魂を削り合うような「生々しい激突音」へと変貌していた。

「……っ」

星野の息遣いが、明確に乱れ始めていた。

盤面を見つめる彼の瞳から、あの無邪気な光は完全に消え失せ、代わりに、未知の恐怖に対する焦燥感が浮かんでいる。

(おかしい……。僕の『直感』が、全部空振りしてる……!)

星野は、震える手でスポーツドリンクのボトルを握りしめた。

今まで、彼が「ここだ」と感じた急所を突けば、どんな相手も美しい形に崩れ去り、自分の思い描いた芸術的な盤面へと吸い込まれていった。

だから今回も、清麿の放った泥臭い手に対して、最も美しく、最も鋭い『桂馬の跳躍』を放ったはずだった。

しかし。

『和令、この歩の突き捨て! 5手後に自陣が崩壊するリスクはあるか!?』

『シミュレート完了……崩壊リスク・ゼロ! むしろ相手の桂馬の退路を完全に塞ぐわ! いけっ、清麿!』

パァァンッ!!

清麿がノータイムで叩きつけた『歩』。

それは、星野の華麗な桂馬の跳躍を、泥靴で真正面から踏み躙るような、醜悪極まりない一手だった。

「……あ」

星野の顔が、歪んだ。

理屈じゃない。将棋のセオリーから見れば、清麿の手は隙だらけだ。

なのに、星野がその隙を突こうと踏み込んだ瞬間、足元の泥沼が底なしの引力を発揮し、星野の攻め駒を次々と絡め取っていくのだ。

『信じられません……! 星野四段の猛攻が、全て空回りしています!』

配信スタジオの解説者が、頭を抱えるようにして絶叫する。

『加藤四段の陣形は、まるでスラム街のバラック小屋のように歪で、不格好です! しかし……なぜか、星野四段の美しい攻めが、そのバラック小屋の迷路の中で完全に迷子になっている!!』

画面の隅の評価値(勝率予測バー)が、激しく上下に揺さぶられながら、ついに【50:50】の互角へと引き戻されていた。

「はぁっ……はぁっ……!」

清麿の全身は、滝のような汗にまみれていた。

脳内では、自らの直感と、和令のスーパーコンピューターによる裏付け作業が、常人なら数秒で発狂するレベルの超高速で繰り返されている。

だが、清麿は笑っていた。

機械のフリをしていた時の空虚な顔ではない。

血の通った、泥臭くて、最高に楽しそうな男の顔だ。

「どうした、天才」

清麿は扇子で盤面を指し示し、挑発するように口角を上げた。

「お前の綺麗な羽は、泥水の中じゃ重くて動かせないか? 息が苦しいか?」

「……っ! ふざけないでよ!」

星野が初めて、感情を露わにして叫んだ。

「こんなの将棋じゃない! 美しくない! ただの……ただの泥仕合だ!!」

「ああ、そうだよ。俺たち凡人はな、そうやって泥水すすって、みっともなく這いつくばって生きてきたんだ」

清麿の瞳の奥で、10年分の悔しさが炎となって燃え上がった。

「天才が空から見下ろしてるだけのゲームなんて、糞食らえだ。……ここは、俺の泥沼だ。お前の綺麗な才能ごと、深海まで引きずり沈めてやる!」

パァァンッ!!!

清麿の放った『角』が、盤面を斜めに切り裂いた。

それは、星野が今まで見ようともしなかった、泥沼の底から放たれた必殺の一撃。

「あ……」

星野の手から、ポロリと駒がこぼれ落ちた。

彼の『神の直感』が、ついに完全に沈黙した。

盤面全体が、清麿の泥臭い執念と、未来の演算能力によって完全に支配されたのだ。

「……僕の、手が……見えない」

15歳の天才が、生まれて初めて「盤上の恐怖」を知った瞬間だった。

絶対零度のサイコパスではなく、感情を取り戻した一人の人間の熱に、天才の才能が完全に焼き尽くされようとしていた。

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