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【未来の将棋は暗記ゲーでした〜AIすら凌駕する300年後の『完全定跡』を丸暗記した元奨励会員、現代のプロ棋士を無双する〜】  作者: 月神世一


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EP 5

天才の遊戯と、崩壊する機械

『な、なんだこの盤面は……!? 両者ともに玉の守りが一切ありません! たった一手のミスが即座に死に直結する、まさに綱渡りのノーガード戦法です!!』

配信スタジオの解説者が、裏返った声で叫ぶ。

プロの公式戦、しかも竜将戦の予選という大舞台において、かつて見たこともない異様な光景が広がっていた。

「……っ」

盤面を見つめる清麿の額から、一筋の冷たい汗が滑り落ちた。

完全に感情を殺し、盤上のサイコパスとして自陣を崩壊させた清麿。

だが、星野はその狂気を恐れるどころか、自らの陣形すらも喜々として破壊し、清麿と同じ「底なしの泥沼」へと飛び込んできたのだ。

「あははっ! すごいすごい! この形、どうやったら詰むか全然わかんないや!」

星野はスポーツドリンクを一口飲み、楽しそうに足をブラブラと揺らしている。

彼にとって、この常軌を逸した盤面は、見たこともない新しいアスレチック広場でしかない。

(……計算しろ。未来のデータベースと照合しろ……!)

清麿は濁った瞳の奥で、必死に『和令の端末』にアクセスを試みた。

このカオスな盤面からでも、必ず未来の必勝ルート(基本図)に繋がる道があるはずだ。

システムよ、答えを出せ。俺は出力装置だ。感情はいらない。

パチリ。

清麿は、微かに震え始めた手で、AIの弾き出した「最善手」を指した。

いかに星野が天才だろうと、300年後の演算能力から逃れることなど――。

「うんっ、そっちね! じゃあ僕はこっち!」

パチン!

星野の手が、ノータイムで盤上を跳ねた。

「……な」

清麿の呼吸が、ヒュッと止まった。

星野が指したのは、清麿が指した「未来の最善手」の意図を完全に無力化するだけでなく、さらに盤面を複雑怪奇にねじ曲げる『神の直感』による一手だった。

『ピーーーッ!! 警告ワーニング! 警告!』

ステルス状態の和令の端末が、清麿の脳内でけたたましいエラー音を吐き出し始めた。

『ルート再構築……失敗! 該当データなし! 勝率予測、30%……15%……低下中!!』

「……馬鹿な」

清麿の口から、無意識に乾いた声が漏れた。

未来のAIが、現代の15歳に読み負けている?

いや、違う。

「……星野の奴、定跡やロジックの『外側』で将棋を指してるのよ!」

和令が焦燥に駆られた声で叫んだ。

「未来のAIは、あくまで『論理的な最善手』を追求するシステム。でも星野の手は論理じゃない! 『この方が美しい』とか『この方が面白い』っていう、AIには絶対に計算できない【芸術的直感】でルートを書き換えてるのよ!!」

機械は、理不尽な芸術を計算できない。

清麿が「盤上のサイコパス」というシステムになり果てたからこそ。その無機質な論理の糸は、星野という純粋な『遊びの天才』の前に、いとも容易く絡め取られ、切断されていく。

パチリ。

パチリ。

手が進むごとに、清麿の脳内チャートは次々と焼け焦げ、消滅していった。

(……どうすればいい。わからない。正解が見えない)

清麿の指が、空中で完全に停止した。

感情を捨て、妹を泣かせ、人間をやめてまで手に入れた『最強のシステム』が、全く通用しない。

「……加藤さん?」

星野が、不思議そうに清麿を覗き込んだ。

「どうしたんですか? もう終わり? ……なんだ、やっぱり加藤さんの将棋、全然楽しくないや」

かつてプロ編入試験で心をへし折られた時と、全く同じ言葉。

純粋で、残酷な才能の宣告。

その瞬間。

清麿の脳裏に、寿司屋を泣きながら飛び出していった千代の後ろ姿が、強烈なノイズと共にフラッシュバックした。

『こんな空っぽのバケモノになるくらいなら……一生、借金まみれで泥水すすってる方がマシだったよ!!』

「あ……ああ……っ」

清麿の胸の奥で、押さえつけていた『バグ(人間の心)』が激しく暴れ出した。

激しい後悔と、惨めさが、システムを内側から食い破っていく。

俺は、何のために人間を捨てた?

千代を幸せにするためだ。

なのに、千代を泣かせて、自分は空っぽのバケモノになって。

その結果が、才能の前での無様な敗北なのか?

『清麿!! ダメよ、勝率が2%を切ったわ! もう未来のチャートは完全に崩壊した!』

和令が悲痛な声を上げる。

『これ以上はシステムがもたない! 投了しなさい! 負けを認めるのよ!!』

盤上には、星野によって美しく、そして残酷に整えられた「死の包囲網」が完成しつつあった。

逃げ場はない。

システムは死んだ。

盤上のサイコパスは、天才の前に処刑される運命にある。

「……負け、ま……」

清麿の震える唇が、降伏の言葉を紡ごうとした。

かつての凡人のように。才能の前にひれ伏す、無力な敗北者のように。

だが。

(……ふざけるな)

その時、濁りきっていた清麿の瞳の奥で。

消え去ったはずの泥臭い『熱』が、チロリと、小さな火花を散らした。

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