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【未来の将棋は暗記ゲーでした〜AIすら凌駕する300年後の『完全定跡』を丸暗記した元奨励会員、現代のプロ棋士を無双する〜】  作者: 月神世一


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EP 2

味のしない高級寿司

プロデビュー戦での圧倒的な勝利。

その対局料と、プロ入りに伴う契約金が振り込まれたことで、加藤家の口座残高は劇的な変化を遂げていた。

「……借金、残りあと200万ね」

アパートのちゃぶ台で、和令がホログラムの数字を見ながら呟いた。

数ヶ月前まで3億円という絶望的な数字だった負債が、未来の歴史変動タイム・アップデートと清麿の勝利によって、ついに完済のゴールが見えるところまで減っていたのだ。

「これなら、次の対局で勝てば完全にチャラよ。……やったわね、清麿」

「……ああ。目標達成まで、残り1タスクだ」

清麿は感情の乗らない声で返し、スマートフォンを操作した。

今日は、プロ入りを果たした『お祝い』として、妹の千代と食事に行く約束をしていた日だ。

          ◇

銀座の路地裏にある、完全予約制の高級寿司店。

白木のカウンターに、静かな琴のBGMが流れるその空間は、かつてスーパーの半額弁当で命を繋いでいた兄妹には不釣り合いなほど眩しかった。

「わぁ……っ!」

目の前に出された『大トロの炙り』を見て、千代が目を輝かせる。

「すごいよお兄ちゃん! 私、回らないお寿司なんて初めて!……いただきまーす!」

千代は一口でそれを頬張ると、両手で頬を押さえ、花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

「んん〜っ! とろける! すっごく美味しい! お兄ちゃんも早く食べてみて!」

「…………」

清麿は無言のまま、箸で寿司をつまみ、口に運んだ。

そして、数回機械的に咀嚼し、飲み込む。

「……どう? 美味しい?」

千代が期待に満ちた瞳で覗き込んでくる。

「……ああ。良質なタンパク質と脂質だ。カロリーの摂取効率が極めて高い」

「えっ……?」

千代の笑顔が、少しだけ引きつった。

冗談を言っているようなトーンではない。清麿の瞳はガラス玉のように濁ったままで、口角は1ミリも上がっていなかった。

「お、お兄ちゃん……? どうしたの、体調悪い? それとも、プロの対局で疲れちゃった?」

「不要な心配だ。私のコンディションは現在、常に最適化されている」

「私……? お兄ちゃん、自分のこと『俺』って……」

千代は箸を置き、不安げに兄の顔を見つめた。

目の前に座っているのは、確かに大好きな兄の顔をしている。

けれど。

奨励会時代、負けて帰ってきてはポロポロと涙を流し、「ごめんな、次は絶対勝つから」と泥臭く笑っていた、あの不器用で優しい兄の『体温』が、微塵も感じられないのだ。

「ねえ、お兄ちゃん……笑ってよ」

千代は縋るように、清麿の袖を掴んだ。

「プロになれたんだよ……? ずっとずっと、お兄ちゃんが命がけで追いかけてきた夢が叶ったんだよ? 借金だって、もうすぐ無くなるんでしょ? なのに……なんでそんな、死んでるみたいな目をしてるの……?」

「……笑う? 何故だ」

清麿は、本当に意味がわからないというように首を傾げた。

「プロ入りも、借金の完済も、すべては計算されたプロセスに過ぎない。感情の起伏は、脳のメモリを無駄に消費するノイズだ。盤上で最適解を出力するために、私はすべての感情を『切除』した」

「せつ、じょ……?」

「そうだ。お前が笑っているなら、それでいい。私はこのまま作業(対局)を継続するだけだ」

淡々と告げられるその事実に、千代の目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……違う」

千代は震える声で呟いた。

「違うよ……っ! 私は、お兄ちゃんにプロになってほしかったわけじゃない! 借金を返してほしかったわけでもない……っ!」

カウンターに、千代の涙がシミを作っていく。

板前も、周囲の客も、異様な空気に息を呑んで硬直していた。

「私と一緒に、笑って生きてほしかっただけなのに……! なんで……なんで将棋にお兄ちゃんの『心』を食べられなきゃいけないの……!?」

「千代」

「こんな空っぽのバケモノになるくらいなら……一生、借金まみれで泥水すすってる方がマシだったよ!!」

バンッ! と椅子を蹴立てて、千代が店を飛び出していく。

「あ、お客さん……!」

板前が慌てて声をかけるが、千代の姿はすぐに夜の銀座の喧騒に消えてしまった。

残された清麿は。

追いかけることもなく。

悲しそうな顔をすることも、戸惑うこともなく。

「……大将」

「は、はいっ!」

「次。アジを頼む」

ただ無機質に、次の寿司カロリーを要求した。

静まり返った店内で、清麿の隣でステルス状態になっていた和令だけが、悲しげに目を伏せ、小さく唇を噛み締めていた。

「……バカね。あんたの目標は、あの子を泣かせないことだったはずじゃない」

和令の呟きは、システムと化した清麿の耳には届かず、ただ空しく夜気の中に溶けていった。

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