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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第4章

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5 薬師の役目5

 すると。

「神官様、いません」

 男が振り向き、神官に報告する。


「いない……だと?」

 神官はイライラと足を踏み鳴らした。


 だが、やがて薄ら笑みを浮かべた。

「まあいい。ならば、この女も、同罪だ」


(そんな……っ!)

 遥香は汗でぬるぬる滑る手を、口から離した。


「魔女隠匿の罪で、この女を拘束する」

 神官がエルダの腕を掴み上げ、そう宣言した瞬間ーー


「……ははは!」

 エルダが、突然笑いだした。


「なにが、可笑しい?」

 神官が歯軋りしながら、エルダの腕を締め上げる。


「あんたら、ほんとに馬鹿の一つ覚えだね」

 エルダは心底おかしそうに言った。


 次の瞬間、バシッと乾いた音が響いた。


「連れていけ!」

 神官は苛立ちを隠さぬ声で、部下に命じる。


「エルダさーー」

 こらえきれず、ついに遥香は声を漏らしてしまった。


 だが、それに被せるようにーー

「聖女に嫉妬かい!? みっともないねぇ。恥ずかしくないかい?」

 エルダの叫びが、小屋に響き渡る。


 ガッと鈍い音がした後、ドサッと何かが倒れる音がした。

 遥香は自分の口を必死に押さえた。

 涙が、止まらない。

 自分の鼓動だけが、やけに大きく耳の奥で鳴り続ける。


 やがて、足音が遠ざかり、静寂が訪れた。


 それでも、遥香の体は動かなかった。

 どれだけ時間が経ったのか、分からない。

 ただ、震えが止まらない。


(私の、せいだ)

 その言葉が、頭から離れない。


(私が、ここに来なければ……私が、薬なんて作らなければ……)

 思考が、ぐちゃぐちゃに絡まり、ほどけない。


(エルダさん……)

 あの時の光景がなんども蘇る。


 自分を押し込み、笑って扉を閉めたエルダの背中。

 庇うように張り上げられた、あの声。


 遥香はぎゅっと目を閉じた。

 その拍子に涙が頬を伝い、ぽたりと手の甲に落ちた。



 その時だった。

「……遥香!!」

 切羽詰まった声が、小屋に響いた。


(……え?)

 遥香は、はっと顔を上げだ. 聞き間違いではない。


「どこだ! 返事をしろ!」

 今度は、はっきりと聞こえた。


(レオニスさん……!)

 声を出そうとしたが、喉が震えるだけで音にならない。


「……くそっ、ここにもいないか」

 その声には、焦りと苛立ちが滲んでいた。

 足音が、遠ざかっていく。


(……ダメっ! このままじゃ、帰っちゃう……)

 遥香は必死に声を出そうとする。

 だが、喉から漏れるのは、かすれた空気だけだった。


 遥香は震える手で、前の棚を叩いた。


 ーートン、トン。

 小さな、小さな音だった。


「……今の音は」

 足音が、ぴたりと止まる。

 そして、ゆっくりと近づいてくる。


 遥香はもう一度、今度は少し強く叩いた。

 ーートン、トン。


「……そこか?」

 次の瞬間、重いものを引きずる音がして、棚が軋む。


 ――ギ、ギギィ。

 隙間から光が差し込んだ。

 その眩しさに、遥香は思わず目を細める。


「……遥香」

 覗き込んできたのは、見慣れた紺色の影。


(レオニス、さん……)

 その姿を見た瞬間、張り詰めていたものが一気に崩れた。


「……無事か」

「っ……」


 遥香は何度も、何度も頷いた。

 次の瞬間、強い腕に引き寄せられた。


「……遅くなって、すまない」

 レオニスが遥香の耳元で呟いた。


「……エ、エルダさんが……! エルダさんがっ!!」

 遥香の目からは、堰を切ったように涙が溢れた。

「連れて、行かれて……私の代わりに……っ」

 遥香は震える声で、必死に言葉を紡ぐ。


 レオニスは何も言わず、ただ静かに遥香の背に手を添えた。

「……もういい。分かっている」

 レオニスの拳が、ぎり、と音を立てた。

 その瞳には、抑えきれない悔しさが、滲んでいた。


「……行くぞ。今はお前の安全が1番だ」

 そう言うと、レオニスは遥香の手を引いた。


「でも……!」

 遥香は足を踏ん張る。


「……お前がいなければ、“神の病”は誰も治せない」

 その言葉に、遥香ははっと目を見開いた。


 ――同じだ。

 エルダが、あのとき笑って言った言葉と。


「……行くぞ」

 レオニスは、もう一度遥香の手を取る。

 その手は、力強く――そして温かかった。


「しばらく、身を隠す」

 遥香は一瞬だけ小屋を振り返った。


 荒らされた室内に、倒れた家具。

 あれほど暖かかった場所は、見る影もなく壊されていた。 

 ――もう、どこにも。

 エルダの姿は、ない。



 その日、遥香は――この世界で唯一の家族を失った。


 もう、朝叩き起こしてくれる人はいない。


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