4 薬師の役目4
それは、夜更けのことだった。
風は止み、森は不気味なほど静まり返っている。 小屋の中には、ランプの淡い光だけが揺れていた。
「……はあ。どうしたら」
遥香は、薬瓶を並べながら呟いた。
手は動いているのに、頭の中は空っぽだった。
(どうやったら、信じてもらえるだろう)
同じ問いが、何度も何度も浮かんでは消える。
もう、誰も信じてくれない。
薬瓶を握る手が、わずかに震えた。
そのとき――
ドン、ドン、ドン。
小屋の扉が強く叩かれた。
遥香の肩がびくりと揺れる。
「……患者さん、でしょうか?」
遥香はエルダを見るが、エルダは何も答えない。
ただ、じっと扉を睨みつけていた。
――ドンッ!!
今度は、蹴りつけるような衝撃が走った。
ランプの火が大きく揺れる。
「……しっ」
そう言ったエルダの声は、低く、鋭かった。
その一言で、空気が一瞬にして張り詰めた。
「遥香」
その呼びかけに、ただならぬものを感じ取り、遥香は息を呑んだ。
次の瞬間、エルダにぐい、と腕を掴まれる。
「えっ、エルダさん――?」
「こっちだ!」
有無を言わせぬ力で手を引かれ、薬棚の前へ連れてこられる。
そして――
ギ、ギ、ギィィ……
エルダが棚を押すと、軋む音とともに、棚が開いた。
現れたのは、人ひとりがやっと入れるほどの狭い空間だった。
「えっ……なに、ここ……」
遥香は驚いてエルダを見る。だが、エルダは答えない。
そのまま、遥香の肩を強く押した。
「早く入りな!」
エルダは、焦りを滲ませた声で遥香に言う。
「え、で、でも――」
押されながら、遥香はエルダの方を振り向く。
「いいから!! 早く!」
エルダに強く押し込まれ、遥香はよろめきながら、その中へと入った。
「……絶対に、声を出すんじゃないよ」
エルダは、遥香をまっすぐ見据え、低く真剣な声で言った。
「エ、エルダさん……っ」
遥香は泣き出しそうな声で、その名を呼ぶ。
「……遥香、あんたは、捕まっちゃいけない」
エルダは、まっすぐに遥香を見つめて言った。
そして、ふっと優しく笑う。
「神の病を治せるのは、あんただけなんだからね」
エルダはそう言って、いつものようにウインクをしてみせた。
「そんなっ……エルダさんは……!?」
遥香は思わず手を伸ばした。
だが。
エルダは、その手をそっと避けてにっこり笑った。
「なぁに。これも、薬師の役目さ」
そう言って――
バタン、と扉が閉じられた。
光が消え、世界は一瞬で闇に染まった。
次の瞬間。
バンッ!!
扉が、内側へと弾け飛ぶような音が聞こえてきた。
「教会の命だ!!」
怒号とともに、男たちが雪崩れ込んでくる。
重い足音の中に、金属が擦れる音も混じっている。
「魔女・遥香。聖薬を偽り、人々を苦しめた罪で拘束する」
男の低く重い声が、小屋の中に響き渡った。
「なんだい? ここには、いないよ」
そう言ったエルダの声は、いつも通りで少しも揺れていなかった。
「ふっ……とぼけるな! この小屋にいたことは、分かっている」
男はドンッとエルダを押し除け、怒鳴った。
「探せ!!」
その声を合図に、床を踏み鳴らす音と、家具が乱暴に倒される音が響く
一人の男が遥香が隠れる棚の前に来た。
ーー近い。
すぐ、そこにいる。
(……見つかる)
自分の呼吸が、やけに大きく聞こえる。
遥香は両手で口を覆った。
(苦しい……息が、できない)
遥香は、必死に息を殺した。




