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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第4章

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3 薬師の役目3

 

 翌朝も、小屋の前には患者たちの列ができていた。

 いつも通り、エルダが扉を開け、遥香が薬を手渡していく。

 穏やかな朝――の、はずだった。


(……あれ?)

 ふと、遥香は違和感を覚えた。


 列は途切れていない。患者の数も、ぱっと見では変わらないように思える。

 だが――


(昨日より少し、短い……?)


 いつもなら森の入口付近まで伸びているはずの列が、今日はその手前で収まっている。

 気のせいかもしれない。

 そう思いながらも、遥香は無意識に列へと視線を向けた。


(……あれ)

 いつも最初に並んでいるはずの顔が、見当たらない。


「どうしました、聖女様?」

 女性に声をかけられ、遥香ははっと我に返る。


「あ、いえ……なんでもありません」

 笑顔を作り、薬を差し出す。

「これ、今日の分です。途中でやめると効かなくなりますから、頑張りましょうね」


「……はい」

 だが、返ってきた声には、どこか戸惑いが滲んでいた。


(……気のせい、だよね)

 胸に残る小さな違和感を振り払うように、遥香は次の患者へと向き直った。


 **********


 翌日、小屋の前に並ぶ人影は――明らかに少なかった。


(……え?)

 遥香は、扉の前で足を止めた。


 昨日までは、森まで続いていた列。

 それが今は、小屋の前に収まりきるほどの列になっていたのだ。

 患者は目を伏せ、どこか気まずそうに頭を下げた。


(え? なんで……?)

 その様子に胸がざわついたが、遥香はなんとか笑顔を作った。


「お、おはようございます。今日も順番にお渡ししますね」

 瓶を手に取り、一人ひとりに抗菌薬を渡していく。


「毎日飲んでくださいね。途中でやめると、効かなくなりますから」

 何度も繰り返してきた言葉。

 だが――


「……はい」

 返ってくる声は小さく、患者達は遥香と目を合わせようとしない。


(どこか、おかしい)

 そう思った、そのとき。

「聖女様……!」

 列の後方から、悲鳴のような声が上がった。


 人々がざっと振り返る。

 そこにいたのは――若い男だった。 だが、その様子は明らかに異常だった。


「どうしましたか!?」

 遥香は慌てて駆け寄る。


 男は、必死に何かを訴えようと口をパクパク動かしている。

 やがて、異様に大きな声で叫んだ。

「き、聞こえない……!」


「え?」

 その言葉に、遥香は眉をひそめる。


「耳が……音が、全然……!」

 男はそう言うと、遥香の腕に縋りついた。


 その姿に、周囲が一斉にざわめいた。

「耳が……?」

「まさか、薬のせいか?」

 ひそひそとした声が、波紋のように広がっていく。


「いつからですか!?」

 遥香は男の肩を掴み、強い口調で問いかけた。


 「全然聞こえない! この薬のせいだ! この薬の……っ」


 会話が噛み合わない。

 男は問いに答えることなく、ただ同じ言葉を繰り返している。

 その声はどこか音程がずれていた。――自分の声が聞こえていない証拠だった。


 (これは、副作用だ)

 遥香は男の様子を冷静に観察する。


(量を調整して、耳の治療を優先しないと)

 そう判断し、口を開こうとしたその時。


「本当に大丈夫なのか……!?」

「耳が聴こえなくなるなんて!」

 患者達が口々に叫び始めた。完全にパニックを起こしている。


「落ち着いてください! これは薬の副作用で、きちんと調整すれば――」

 遥香は必死に声を張り上げ叫んだ。

 だが、その言葉は混乱する患者達には届かなかった。


「こんな薬、飲めるか!」

 一人の男が怒鳴り、薬を地面に叩きつけた。


「わ、私もやめておくわ」

 老婆は薬を机に置くと、そのまま背を向けて去っていく。


「え、あの……待って!」

 遥香が声をかける。だが――誰も振り向かない。

 次々と患者たちはその場を離れていく。


「……お願い、待って……」

 か細い声は、もう誰にも届かなかった。

 その背中を、遥香はただ見送ることしかできない。


「教会に行ったら、祈ってもらえるよな?」

「ああ。やっぱり、そっちの方が安心だ……」


 患者たちはそう口にしながら、薬を捨て、森の外へと去っていった。




 ********


 一方、教会では、祈祷堂に再び人が集まり始めていた。


「神官様……どうか、お救いください」

 跪く人々と、差し出される手。


 ――それは、かつての光景そのものだった。

 神官はゆっくりと手をかざし、満足げに目を細める。


「安心しなさい。神の加護は、常にあなた方と共にある」

 神官は低く、穏やかな声で言った。


 その言葉に、人々の表情がほっと緩む。

 恐怖と不安に満ちた心に、“答え”を与える声。

 それは、何よりも甘美なものだった。


 祈りを終えた後、神官は静かに口を開いた。

「だが――気をつけなさい。最近、“偽りの聖女”を名乗る者がいる」

 ざわり、と人々が顔を見合わせた。


「薬で病を治すなどと、神を冒涜し、民に害を与え、耳が聞こえなくなった者もいると聞く」

 その言葉に、あちこちで息を呑む音がした。


「偽りの聖女に従う者は、神の罰を受けるだろう」

 恐怖が、人々の顔に浮かぶ。


「やっぱり偽聖女だったのか」

「騙すなんて、許せない……」


 人々の間に渦巻いていた疑念が、確信へと変わっていく。


 神官は、その様子を見て、ほんのわずかに、口元を歪めた。


 **********


 夕方。

 小屋の前には、もう誰もいなかった。


 静まり返った小屋の中で俯く遥香に、エルダがそっと声を掛ける。

「……やられたね」


 遥香は、何も答えられなかった。

 手の中の薬瓶が、やけに重く感じる。


(効くのに……ちゃんと、治るのに)

 それでも、“信じてもらえない薬”は――ただの水と変わらない。


 遥香の胸の奥に、じわじわと無力感が広がっていく。

 外では、人々が鳴らす教会の鐘の音が絶えず響いていた。



 その日を境に、

 “聖女”と呼ばれていた薬師は――

 静かに、その座から引きずり下ろされ始めた。


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