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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第3章

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15 聖なる者6

 夜の医院は、深い静けさに包まれていた。

 室内に響くのは、遠くで鳴く虫の声だけだ。


「はぁ……」

 遥香は、もう何度目かわからないため息をついた。

 不安で胸がいっぱいで、吐き出さなければ涙が溢れてしまいそうだった。


 レオニスは意識を失ったまま、硬い寝台の上で微かに呼吸を繰り返している。

 遥香はそっとその傍らに腰を下ろし、布で額の汗を拭った。

 手のひらで額を包み込み、少しでも体温が戻るよう、静かに撫でる。


 夜は、暗く、長かった。

 何度も時計を確認し、その度に彼が生きているかを確かめずにはいられなかった。


「頑張って、レオニスさん」

 呟きながら、遥香はその手が離せなかった。

 自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。ただ、彼の呼吸一つ一つに、耳を澄ませ続けた。


 やがて――東の空が、わずかに白み始める。


 朝の光が窓から差し込むころ、レオニスの胸の上下は穏やかになり、ゆっくりとまぶたが開いた。

「遥香……?」

 かすかに震える声。まだ混乱が残る目で、彼は彼女を見つめる。


「…………生きてる……か……?」

 弱々しい声だったが、確かに命が戻ってきていた。

 遥香は、涙をこらえきれず、何度も頷いた。

「……はい。峠は、越えました……!」

 その言葉に、レオニスの肩から力が抜ける。


「よかった」

 次の瞬間、遥香は堪えきれず、診察台の上のレオニスに抱きついていた。涙が、止まらない。


 レオニスもぎこちなく手を伸ばし、彼女を受け止める。

「すまなかったな……」

 小さな声で言う。

「本当にっ……良かった!」

 遥香は彼の胸に顔を埋め、安堵の涙を流した。


 長い夜の不安も、恐怖も、救えた喜びも――すべてが、静かな朝の光の中で溶けていく。


 抱き合ったまま、レオニスはそっと耳元で囁いた。

「もう、大丈夫だ……」

 弱く微笑み、彼女の髪に手を添える。



「…………はっ!」

 遥香は、突然我に返った。

「すすす、すみません! つい……」

 真っ赤になりながら、後ろに飛びのく。


(やっちまった)

 心の中でそう呟くが、もう遅い。


 その拍子に、壁に背をぶつけて倒れそうになる。

 手でバランスを取りつつ必死に踏みとどまるが、どう見ても挙動不審だ。


「……くっ」

 レオニスは、その様子に笑いを堪えていた。


 そして、少しだけ口角を上げて遥香を見つめる。

 「そんなに慌てて、どうした?」

 短く、からかうように言う声に、遥香はますます赤面する。


「いいい、いえ、なんでも……ありません!」

 顔を隠し、体勢を整えようとするが、焦りは隠しきれない。

 静かに見つめるレオニスの目には、いつもの冷静さの中に、どこか楽しげな色が混じっていた。


(お、お、落ち着け、落ち着け、私!)

 必死で自分に言い聞かせる。



 まだ恋愛と呼ぶほどではない。

 だが、互いを意識し始めた微妙な距離が、朝の空気をほんの少しだけ、熱くしていた。



 *******


 数日後。

 すっかり回復したレオニスは、執務室にいた。


 ――コンコン。


 扉を叩く音とともに、クリスが静かに入室する。手にした小箱を慎重に机に置き、低く告げた。

「副団長。刃からは、毒は検出されませんでした」


 レオニスは書類から目を離さぬまま、わずかに目を見開く。

「そうか」

 声は淡々としており、感情の揺れは読み取れない。


「え……?」

 遥香の口から、小さな声が漏れた。

(刃には、毒がなかった?)


 クリスは視線を落としたまま、続けた。

「最初の刃は、ただの刃物だったようです。命に関わるものではありません」


 レオニスはようやく顔を上げ、窓の外の朝の光を一瞬だけ見やった。

「なるほど」

 冷静に状況を受け止める声だった。

 だが、その瞳の奥では、事態を慎重に整理するよう、鋭い光が揺れていた。


「そんな……」

 遥香は、信じられない思いで呟く。


 刃物に毒が塗られていると、誰もが疑わなかった。

(じゃあ、一体いつ毒を?)

 眉をひそめた、その時。


「……実は」

 クリスが、さらに声を落として続ける。

「解毒剤から、毒が検出されました」


「え……」

 遥香は息を呑み、頭の中が真っ白になった。


 レオニスは書類に手を置いたまま、静かに口を開いた。

「刃には毒はなかった。だが、解毒剤に――命を狙う意思があった、ということか」

 落ち着いた口調の裏には、怒りが滲んでいた。


 剣に仕込める毒の量には限界がある。

 だが、飲ませるのであれば――大量に摂取させることができる。


「確実に、殺すつもりだったな」

 レオニスが腕を組み、低い声で言った。


 遥香の背筋が、ぞくりと震えた。

(一体、誰が……)


「考えられるのは」

 クリスが静かに続ける。

「誰かが、ハンスの医院に忍び込み、解毒剤をすり替えた可能性です」


 レオニスは書類を整え、短く命じた。

「解毒剤の流れを、洗い直せ」


「はっ」

 クリスは一礼し、静かに退出した。

 扉が閉じ、静けさが戻る。



 犯人は――すでに、二人のすぐ背後にいる。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

とりあえずレオニスは助かりました……!

ですが、「解毒剤に毒」というちょっと厄介な展開に……。

誰が、いつ、どうやってすり替えたのか。

そして、“聖女”としての遥香を巡る状況も、少しずつ不穏になってきました。

この先も波乱が続きますので、ぜひ引き続き見守っていただけたら嬉しいです!


もし、少しでも面白いと思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります!

それでは、第4章もどうぞ宜しくお願いします!

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