12 聖なる者3
太陽が高く昇り、昼になっても行列は途切れなかった。
もはや病気かどうかも怪しい者が混じっているが、その中に“神の病”の患者が少なからずいるのも事実だった。
(困ったな)
遥香ひとりでは、この人数分の抗菌薬を管理しきれない。
(他に、任せられる人は……)
そう頭を抱えた、そのとき。
「遥香さん!」
行列に揉まれながら、ぴょんぴょんと跳ねる茶色の頭が見えた。
「……え?」
「私です! ティナです!」
その瞬間、遥香の脳裏に一人の人物が浮かんだ。
(そうだ、ハンス先生!)
遥香はティナの手を掴み、人混みから一気に引きずり出した。
「はぁ……はぁ……っ。ここも、すごいですね」
げっそりした顔で、ティナが言う。
「……“も”?」
「実は、うちの医院も行列なんです」
「……!」
遥香は目を見開いた。
なんでも、遥香がハンスの医院に出入りしていると知った街人が、押し寄せているのだという。
「しかも、神の病の患者さんが大半なのですが、医院には薬がなくて……」
患者は来るが、打つ術がない。困り果てたハンスがティナをここへ派遣した、というわけだ。
(ちょうどいい!)
遥香は即断した。
(ハンス先生の医院でも、抗菌薬の管理をお願いしよう)
遥香は思い、ハンスの医院へ向かうことにした。
しかし、小屋の行列はまだまだ続いている。
遥香は、エルダを申し訳なさそうに見た。
「あの、エルダさん。ちょっと出掛けてきてもいいですか?」
「えええっ! わたしを殺す気かい?!」
「すすす、すみません!」
謝るが早いか、遥香はティナの手を引いて小屋を飛び出した。
――が。
それに気づいた群衆も、ぞろぞろと後を追ってくる。
こうして大行列は、そのままハンスの医院へと移動を始めた。
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「遥香くん! 見てくれよ、この列を!」
ハンスが扉をバンっと叩き、叫ぶ。
「いえ、先生。小屋の前は、これの三倍でした」
遥香は苦笑いで答えた。
「えっ!?……しかも、なんかまた増えてないか?」
ハンスは鼻が潰れそうになるほど窓に張りつき、外を覗いた。
当然だ。遥香が“元の列”を丸ごと引き連れてきたのだから。
「ああ、もう。どうしたらいいんだ」
ハンスは、その場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
「あのぉ、お願いがあって……」
遥香は言いづらそうに切り出す。
“神の病”には抗菌薬が必要であること。
そして、その薬は一度飲み始めたら、半年間、決して途切れさせてはいけないこと。
途中でやめれば、治らないばかりか、さらに危険な状態になる可能性がある――。
遥香は、言葉を選びながら、丁寧に説明した。
「……分かった」
ハンスは、しばらく黙り込んだ後、深く頷いた。
「責任をもって管理しよう。患者にも、きちんと説明する」
その即答に、遥香は胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
断られたらどうしよう――そんな不安を抱えていたが、さすがは医療従事者だ。
事の重大さを理解した上で、迷わず引き受けてくれたのだ。
(どうか、皆がちゃんと飲んでくれますように)
遥香は、胸の奥で静かに祈った。
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一方、街の外れ。
レオニスはフェルナンド、クリスと共に巡回していた。
聖女騒動以降、街の空気にはどこか緊張が漂っている。
そのとき
ハンスの医院の前の、異様に長い列が視界に飛び込んできた。
咳き込む老人、顔色の悪い若者、包帯を巻いた者、中には瞳がうつろで、視線の定まらない者もいる。
「聖女人気は、すごいですね」
クリスが小さな溜息を漏らす。
「どこに行っても、列を作っているな」
レオニスは苦笑した。
だが、その視線は、鋭く周囲を捉えていた。
その列の中に、一人だけ異質な男がいた。痩せこけ、顔色は青白い。揺れる視線、落ち着かない手つき。袖の中の、何かを隠すように触れている。
そして、次の瞬間。
男は列を押しのけ、医院の中へ飛び込んだ。
「おい、なんだ?!」
「順番守れよ!」
行列から抗議の声があがっても、お構いなしに突き進む。
そして、刃物を引き抜くと、遥香を見据えた。
――刃物が、閃いた。
「聖女ぉぉぉっ!」
叫び声と共に、男が遥香へ突進する。
「……っ!」
遥香は、あまりの出来事に体が動かない。
――ダダダッ。
足音が迫る。
(もう、ダメだ……っ)
ギュッと目を瞑り、痛みを覚悟したその瞬間。
「きゃあああっ!」
ティナの悲鳴が響いた。
――カンッ!
金属がぶつかる音。
だが、いつまで待っても、痛みは来ない。
(……?)
遥香は、恐る恐る目を開けた。
目の前にあったのは――
彼女を庇うように立つ、紺色の背中だった。




