表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/72

11 聖なる者2

 鳥がさえずり、風が木々を優しく揺らす。そんな、爽やかな朝だった。


「えっと……」

 遥香は、小屋の外を見たまま固まっていた。


「あの、これは?」

 小屋の外には、長蛇の列ができていた。

 それも、エルダの小屋が建つ森の入口にまで達するほどの行列だ。

 しかも、全員が全員、本気の目をしている。


「おお、聖女様だ!」

「私が先だ!  聖女様、これを……っ!」

 人々は、開いた扉から我先にと中へ入ろうとする。


「ま、待ってください。 順番に!」

 そう声を張り上げても、熱狂した群衆は一斉に訴え始めた。


「膝が痛いんです!」

「子供が熱を出して」

「この水に祝福を!」

「夜中にタヌキに噛まれて……」


(タ、タヌキィ!? それはもう、どうしたら……)

 遥香は思わず頭を抱えた。


 その時、横から声をかけられた。

「ああ、聖女様」

 苦しそうに顔を歪め、肩を押さえた男性だった。

「えっ、どうしたんですか!?」

「肩がっ! 昨日、森で転んで……ううっ」

 そう言うと、痛みに耐えるように目をギュッと瞑った。


(これは、早く痛み止めを)

「わかりました。この痛み止めをーー」

 そう言い、遥香はヤナギの樹皮を取り出した。


 すると。

「……おおっ!」

 男性が、突然目を見開き、背筋を伸ばした。

「匂いを嗅いだだけで、痛みが消えたぞ!!」

「…………」

 遥香は、何も言えなかった。ただ、樹皮を握ったまま固まる。

 全く、人の思い込みとは恐ろしいものである。


 その騒ぎの中、一人だけ静かな男性がいた。

 痩せ細った体に、青白い顔。咳をゴホゴホと繰り返している。

「すみません、私は"神の病"で……」

 男性が小声でそう言うと、ザザッと群衆が引いた。

「神官さまにもみてもらったのですが、治らなくて」


「"神の病"だと……」

「何をやったんだ」

 人々は男性を見て、ヒソヒソと囁き合っている。


(確か、抗菌薬がまだあったはず)

 遥香は静かに、男性の目を見て言った。

「"神の病"を治すには、抗菌薬という薬を飲まなければいけません」

「ですが、その薬は半年間、必ず飲み続ける必要があります」

「ここで毎日飲んだか確認するので、通ってもらえますか?」


 その言葉に、男性は涙を浮かべ何度も頷いた。

「はい、はい……っ! 聖女様!」


 遥香は苦笑し、心の中でそっとつぶやいた。

(聖女なんかじゃないけど、それでも助けられる人は、助けたい)

 そう思い、抗菌薬の入った瓶を握り締めた。


 そのとき。

 バキッ。

 小屋の屋根から、枝が折れる音がした。


「えっ!? まさか、屋根からも……!?」

 遥香は思わず天井を二度見する。



 笑いと不安が同時に押し寄せる――それが、エルダの小屋の朝だった。



 *******


 一方、その頃。

 教会の祈祷堂は、異様なほど静まり返っていた。

 風の音も、外の街のざわめきも、冷たい壁に吸い込まれてしまったかのようだ。


「……誰も、来ませんね」

 若い神官が、手元のろうそくを揺らしながら、戸惑うような声で呟いた。


「当たり前だ」

 神官の声は低く、冷たかった。


 祭壇の金属の十字架に目をやるその視線は、怒りと嫉妬で光っていた。

「“祈らなくても治る”などという噂が広まれば、誰が神に縋る?」


 寄付箱は空に近く、底が見えるほど軽い。

 信仰とは、不安と恐怖の上に成り立っていた。

 それを奪われたのだ。


「例の、薬師です」

 別の神官が、息を潜めるように低く呟いた。

「領主の病を治し、民が列を成しているらしい……」


 神官の口元が歪む。

「"神の病"は、神の領域だ」

「それを、薬で治すなど……許されぬ」

 その言葉に、祈祷堂の空気が重く、粘るように沈みこむ。


「邪魔だ。消せ」

「“聖女”という幻想ごと、な」

 神官は、冷たくそう呟いた。


「"かの者"にそう伝えろ」

 その瞬間風もないのに、ろうそくの火が揺れ、壁に歪んだ影を落とす。



 暗闇の中で、神官たちの瞳が怪しく光り、微かな笑みが浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ