7 祈りの薬7
「――なくなった?」
状況を聞いたレオニスは即座に理解した。
「はい。鍵はかかっていました」
手の平に載せた鍵を見せ、遥香は唇を噛む。
「何者かが侵入した、ということか」
レオニスは一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「あっ……!」
遥香は、はっと顔を上げた。
「今日の分! 今日、領主さまが飲む分の抗菌薬が!」
城に置いてあった抗菌薬は全て盗られてしまっていた。
ここには抗菌薬は、一滴もない。
「私、小屋に戻って予備を取ってきます!」
踵を返した、その瞬間。
「待て」
レオニスが低く制した。
「一人で行くな」
「でも……」
「小屋の薬も、狙われている可能性がある」
レオニスは外套を掴みながら言った。
「――一緒に行く」
*****
小屋に着くと、エルダが出迎えてくれた。
「あれ?どうしたんだい?」
薬草を片手に不思議そうに遥香とレオニスを交互に見る。
「ちょっ、ちょっと、大変なことになって……」
遥香はそれだけ言うと、二階へ駆け上がった。
息を切らしながら、木製の棚を開ける。
――あった。
奥に隠していた、小さな瓶。遥香は思わず、その場に膝をついた。
「よかった」
振り返り、階段を上がってきたレオニスに瓶を見せる。
「こっちは、無事でした」
レオニスも、わずかに肩の力を抜いた。
「……ひとまず、な」
だが、その表情は硬いままだった。
*******
城へ戻ったレオニスは騎士から報告を受けていた。
騎士達は、入れ替わり立ち替わり報告をする。
「昨日城へ出入りした者を洗い出しましたが、特に怪しい者はいませんでした」
「薬剤室のドアには、傷一つなくこじ開けられたような形跡はありませんでした」
「窓も施錠されており、侵入経路とは考えられません」
騎士達は敬礼して、そう報告する。
薬剤室の鍵は2本あり、1本は遥香が所持していた。
「もう1本の鍵で開けたって、ことでしょうか?」
遥香はレオニスを見る。
レオニスは少し考えるように、下を向く。
「だが、鍵が保管されている守衛室には常時5人の騎士が詰めている」
レオニスは、抗菌薬が盗まれた当日、守衛室で当直に就いていた騎士五名を呼び出していた。
執務室の中央。
五人の騎士が横一列に並び、背筋を伸ばして立っている。
二十代前半の若い騎士が三名、経験を積んだ中堅騎士が二名。いずれも素行に問題のない、信頼のおける者たちだった。
「あの日、変わったことはなかったか」
レオニスは机に手を置き、問う。
「いえ、普段通りでした」
「鍵の確認は?」
「はい。三回確認しています。いずれも、その時点ではありました」
守衛室では、当直開始時、中間、終了時の三度、鍵の所在を確認する決まりになっているという。
「守衛室を空けたことは?」
「ありません。必ず二人以上が残るようにしていました」
短いやり取りの後、レオニスは頷いた。
「分かった。職務に戻れ」
一斉に敬礼し、騎士たちは部屋を後にする。
「守衛室には常時二人以上……三回の確認でも鍵はあった」
隣に立つクリスが、ぽつりと呟いた。
「外部の犯行ではないな」
レオニスの声は低い。
三回の確認時間を把握していた者――
それが意味するのは、騎士団の中に犯人がいる可能性が高い、ということだ。
(騎士団の中に、黒髪の女の仲間が?)
遥香は胸の奥に、嫌な冷たさを覚える。
レオニスの表情も、同じ結論に辿り着いたかのように険しかった。
遥香は執務室を後にし、薬剤室へ向かった。
(身内を疑うなんて……気が重いな)
思わず、大きくため息がこぼれる。
騎士団員たちは多少粗野なところはあるものの、皆明るく親切だった。誰か一人を疑うなど、遥香にはどうしてもできなかった。
階段を降り、角を曲がろうとした――その時だ。
ひそひそとした声が耳に届いた。薬剤室の前からだった。
角からそっと覗くと、五人の騎士が集まっている。
昨夜の当直者たちだ。
「三回の確認で、城内のスペアキーの本数は間違いなく合っていた。23本だ」
中堅の騎士が、念押しするように言う。
「開始時、中間、終了時。その都度、鍵はすべて揃っていた」
「なのに、薬剤室の鍵は、確かに使われていたんですよね?」
若い騎士が眉をひそめて言う。
「ああ、問題は、そこだ」
別の騎士が低く言った。
「いつ使われた?」
騎士たちは、揃って口をつぐんだ。
「確認と確認の“間”しかないだろ」
「いや、常時二人は詰めてた。盗むのは無理だ」「……もしかして」
誰かが、言いよどみながら続ける。
「最初から、すり替えられていた可能性は……?」
その瞬間、空気が張り詰めた。
「確かに。俺たち、数しか見てなかったな」
「色や形までは確認していない」
「ああ」
「つまり――」
中堅の騎士が、重く言葉を継ぐ。
「薬剤室の鍵は、当直に入る前から、すでにすり替えられていた?」
「薬剤室の鍵なら、分かりますよ」
全員が、はっとして振り向いた。
そこに立っていたのは、フェルナンドだった。
「柄が細くて、銀色です。そして……先端が少し欠けている」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「……お前」
中堅の騎士が、ゆっくりと問いかける。
「確認のたびに、それを見ていたのか?」
「ええ、そうですよ」
フェルナンドは即答した。
「職務ですから」
あまりに迷いのない声だった。
「お前……よく、そこまで覚えていたな」
中堅の騎士の視線が、探るようにフェルナンドを見る。
「万が一、何かあってはいけないので」
そう言うと、フェルナンドは薄く笑った。




