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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第3章

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4 祈りの薬4

 遥香は、城を飛び出すように後にした。


(もう、時間がない)

 血を吐く量が増えている。 それは、病が確実に進行している証拠だった。


 きっと今夜が峠だ。

 間に合わなければーー考えたくもない言葉が頭をよぎる。

 抗菌薬の完成まで、あと一歩。 

 だが、その一歩が致命的に遠い。


「はぁっ、はぁっ」

 息を切らしながら、遥香は小高い丘を駆け降りる。


 視界が揺れ、足がもつれた。

(立ち止まるなっ!)

 膝を叩き、自分に言い聞かせる。


 止まったら、終わる。


 *******


「アコニッムさん!!」


 ――ドンッ!ドンッ!


 扉を叩き、遥香は叫んでいた。


 次の瞬間、扉が内側から乱暴に開いた。

「うるさい!  今何時だと――」

 怒鳴りかけたアコニッムは、遥香の顔を見るなり言葉を切った。

「……城か」

「はいっ」

 遥香は息も整えられず、必死に頷いた。

「喀血が増えてます! もう今夜が……!」

 アコニッムは、舌打ちをした。

「思ったより早いな」

 そう言って、背を向けた。

「立っておる暇はない、早よ入れ」


 作業台の上には、器具と瓶がすでに並んでいた。 乾燥させた培地に、すり潰された薬草、散乱しているが、まだ温かかった。


「前に失敗したのは、どこじゃ」

 アコニッムは、作業台の器具を手で雑にどかしながら、尋ねた。

「精製です」 

 遥香は即答した。

「有効成分が安定しないんです。時間が経つと、どうしても分解して」

 アコニッムは鼻を鳴らす。

「ふむ……では、問題は温度じゃな」

 アコニッムは、火鉢の位置をずらした。


 遥香ははっと息を呑む。

(そうか! 冷却が、足りなかったんだ)


「水を持ってこい。冷やす」

「はい!」

 遥香は走った。手がカタカタと震える。

 焦るな、焦るな、と自分に言い聞かせながら、トレイを掴む。


 失敗は許されない。 次は、もう、ない。


(お願いだから、成功して!)

 遥香は、指が白くなるほど握った。



 *******



「……よし」 

 遥香は、手に持つガラス瓶の底を下から見上げて頷いた。中には、きめ細かな白い粉末が残っていた。


(あとは、効果を確かめるだけ)

 遥香は、二つある培地の一つにだけ、ゆっくりそれを落とした。菌を育てるための培地だ。

 もう一つには、何も加えない。比較のためだ。


(これで、菌の増殖を抑えられたら)

 遥香は、それを見下ろしながら、喉を鳴らした。


 そっと蓋を閉め、二つを並べる。

 あとは――待つしかない。


(どうか、効いて)

 拳を握りしめ、ただ祈った。


 やがて。

 遥香は、無言で培地を手に取った。 光に透かし、じっと見つめる。


 何も加えていない培地は、わずかに濁りが増していた。 だが―― 抗菌薬を加えた方は、ほとんど変化がない。


「……効い、てる……」

 ぽつりと遥香は呟く。

「……っ! 効いてる! 効いてますよ!」

 遥香は円形のガラストレイを手に、アコニッムを振り返る。

 後ろで羊皮紙と睨めっこしたいたアコニッムは、ぱっと顔をあげた。

「ほう」

 アコニッムはガラストレイを覗き込み、しばらく黙った。


 そして、

「効いとるな」

 アコニッムは、はっきりと頷いた。

「や、やったー!! やりました! アコニッムさん!」

 ガラストレイを手に遥香は喜んだ。


 しかし、それを制するようにアコニッムは低い声を出した。

「……いいか」

 遥香をじっと見据えて、言う。

「この薬を使ったら……もう、戻れないぞ」

 アコニッムは釘をさすように言った。


 遥香は、その言葉に唾を飲んだ。

 そして、はっきりと頷いた。

「それでもっ!」

 その目には決意が刻まれていた。


 アコニムは、目を閉じ深く息を吐く。

 そして、ゆっくり目を開けると、遥香の背を押した。

「よし! 行け!」


「はい!!」

 遥香は、瓶を胸に抱いて走り出した。


 その背に、アコニムの言葉が重く追いすがる。

 ――戻れなくなる。 

 その本当の意味を、遥香はまだ知らない。

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― 新着の感想 ―
拝読いたしました。 現代の技術専門職に就いている女性が異世界で活躍する、というオーソドックスな物語で、戦う相手が迷信そのものという構図も珍しいものではありません。 しかし、活躍すればするほどヒロインが…
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