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火刑台の薬剤師〜いや、それ呪いじゃなくて病気です〜  作者: 大棗ナツメ
第3章

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2 祈りの薬2

 遥香とレオニスは、父ゲオルグの部屋を出て、再び廊下を歩いていた。

 静まり返った廊下には、コツン、コツンという二人の足音だけが響いている。


「あの、"神の病"って……」

 遥香は街で聞いた、その名を口にした。


「教会が勝手につけた名だ。神に背いた者が罹る病だと、そう吹聴している」

 レオニスは歩みを止めず、前だけを見て言った。


「だから、治すには神官に触れてもらわなければ、なんて言ってたんですね」

 街で耳にした噂を思い出し、遥香は小さく頷いた。


 そして、ふいに遥香は足を止めた。

 レオニスもつられて歩みを止め、遥香を振り返る。


 遥香は一度俯き深呼吸をすると、顔を上げレオニスを見た。そして、きっぱりと言う。

「あれは、"神の病"なんかでは、ありません」


「……」

 レオニスは口を閉じたまま、次の言葉を待っている。


「薬があれば、ちゃんと治る結核けっかくという病気です」

「治るのか?」

 レオニスはハッと目を見張った。

「はい。ただ、薬が……」

 そこまで言うと、遥香は悔しそうにギュッと手を握った。


 すると

 ーーカサッ

 何かが手に触れた。


「…………あっ!!」

 遥香は突然大きな声を上げる。

 右手に、カゴいっぱいの草を持っている事に気付いたのだ。

「ど、どうしよ……すっかり薬の配達忘れてたっ!」

 遥香はカゴを手にあたふたと言う。

「す、すみません! 私、ちょっと」

 そう言うと、ガバッとレオニスにお辞儀して、遥香は走って行った。


「…………相変わらず、だな」



 *******


(やばい! すっかり忘れてた)

 遥香は街の酒場まで来て、周りをキョロキョロと見回す。

 すると、酒場の向かいに古びた石造りの家が見えた。小さな木の扉の取っ手は、使い込まれて黒ずんでいる。


「ここ、かな?」

 遥香は一度深呼吸をしてから、控えめに扉を叩いた。


 ――コン、コン。

 反応がない。

(どうしよう)

 もう一度叩こうか迷っていると


 急に、ドアがバーンッと音を立てて開いた。


「わっ」

 顔を真っ赤にした老人が、片方の靴だけ履いたまま、扉の向こうから飛び出してきた。

「この……っ! バッカモオオォォォオン!!!!」

「え、え、えっ!?」

 突然の怒号に、遥香は思わず一歩後ずさった。


 怒鳴り声の主は、白髪混じりの長い髭を蓄えた腰が曲がった老人だった。 

 片足は裸足、もう片方だけが擦り切れた靴を履いている。

「あ、あの……アコニッムさん、ですか?」

「だったらどうした!!」

「えっと、エルダさんに頼まれて、お薬を」

 遥香が恐る恐るカゴを差し出すと、老人はぴたりと動きを止めた。

 じっとカゴの中を覗き込み、ふん、と鼻を鳴らす。


「まったく、今何時だと思っとるんじゃ!!」

「お、遅くなって……すみません」

 そう言って遥香は頭を下げた。

「近頃の若いもんときたら」

 アコニッムは踵を返すと、何やらぶつぶつ言いながら家の中へ戻っていく。

「入れ! 立ち話は嫌いだ!」

「えっ、あ、はい!」

 遥香はビクリと身体を震わせ、アコニッムに続いた。


 家の中は、薬草の匂いと、乾いた紙の匂いが混じり合っていた。

 棚には瓶や古い羊皮紙が雑然と積み上げられている。

「で、何をしていた」

 アコニッムは腰掛けながら言った。

「……え?」

 遥香は口の端を引きつらせながら、聞き返す。

「こんな時間まで、な•に•をしていたのじゃっ!!」

 アコニッムは顔を真っ赤にしながら、遥香を問い詰めた。

 とはいっても、まだ昼の15時だ。


「え、いやー、ちょっと……その……」

「なんだ!! はっきりしろ! はっきりぃ!!」

 遥香は話しても良いものか迷ったが、話さないと許してはもらえなさそうだ。

 ごくりと喉を鳴らして言う。

「じ、実は……」

「実は?」 

 アコニッムの片眉がつり上がる。


「……城に行ってました」

「城ぉ!?」 

 アコニッムの声が一段跳ね上がった。


「何しにじゃ!」

「……領主さまの、具合が悪くて」

 そこまで言った瞬間だった。


 アコニッムの動きが、ぴたりと止まった。

「……血を、吐いたか」

「え?」

 遥香が目を見開く。


アコニッムは、遥香の顔をじっと見つめて聞いた。

「どうじゃ」

 そう聞くアコニッムの声は、今までの感情的な声ではなく、低い声だった。

「……な、なんで」

 答えを待たず、アコニッムは舌打ちする。

「やはり、か」 

 老人は立ち上がり、棚から一冊の古い羊皮紙を引き抜いた。

 それを遥香の前にポンと放る。


「“神の病”の末路じゃな」

「血を吐く。痩せる。夜に咳き込む」 

 アコニッムは指を折りながら言う。

「長年、わしは研究しとった。そこまで進むと、生きて帰れる者はおらん」

「え! アコニッムさんは、お医者さんですか?」

「薬師じゃよ、お前さんと同じ……な」 

 アコニムは、呟くように言った。


「で、薬は出来たのか?」 

 アコニッムが遥香に鋭い目を向ける。

「なんで、それを……」

 遥香は目を見開き、アコニッムを見た。


 遥香は、一瞬だけ迷い——決めた。 

 ここで誤魔化しても、意味はない。

 小さな瓶を、そっと机の上に置く。

「いえ、まだ」

「……ほう」 

 アコニッムは瓶を手に取り、指先で粉を擦る。 そして、口角をわずかに上げた。

「いいところまで、いっとるじゃないか」

 遥香は息を呑んだ。


「な、なんで……」

「昔な、ワシも似たようなものを作ろうとしたことがある」 

 そう言うと、アコニッムは片靴の足で床を鳴らした。

「完成は、しなかったがな……」

 目を伏せ、ぽそっと呟いた。


(この世界で、抗菌薬の相談を出来る人がいるなんて!) 

 遥香は、目を見開いた。

「あと一歩なんですけど、どうしてもうまくいかなくて」

 遥香は悔しさを隠すように、手をギュッと握った。


 アコニッムはしばらく黙り込んだ後、ふん、と鼻を鳴らした。

「一人でやるからじゃ」

「え……」

「薬作りは目と手が二つでは足りん」

 老人は棚から器具を引っ張り出す。

「ワシが手伝ってやる。条件付きでな」

 そう言うと、アコニッムは目を閉じた。


「条件?」

 遥香は首を傾げた。

「絶対に、口外するな。薬のことも……ワシのことも、な」

 アコニッムの鋭い目が、遥香を射抜く。


 正直なところ、この偏屈な老人の意図は読めない。味方かどうかも分からない。

 しかし、今は頼らざるを得なかった。


 遥香はギュッと目を閉じ、覚悟を決めた。

「わかりました」


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